シリーズ「人事はなぜ機能しないのか」(4)人事制度が形骸化する瞬間 —運用が壊れるのではない。構造がそうさせている— |コラム|株式会社トランストラクチャ(東京都)

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シリーズ「人事はなぜ機能しないのか」
(4)人事制度が形骸化する瞬間
—運用が壊れるのではない。構造がそうさせている—

制度はある。評価もしている。面談もやっている。
それでも、現場からはこう聞こえてくる。「正直、意味がないと思っています」と。

このとき多くの組織は、原因を「運用」に求める。マネージャーの意識が低い。評価が甘い。面談が形だけになっている。だから研修を増やし、ルールを厳しくし、チェックを強化する。
しかし、その結果として何が起きるか。現場はさらに疲弊し、制度への信頼は一層低下する。

結論から言う。運用が悪いのではない。運用が壊れるように設計されている。

 

現場は怠慢ではない。合理的に動いている

現場は、怠慢だから制度を守らないわけではない。むしろ逆だ。現場は極めて合理的に振る舞っている。

あるマネージャーAは、毎回の評価面談を丁寧に準備していた。部下一人ひとりの行動を記録し、フィードバックの言葉を考えた。しかしある時、気づいた。自分が伝えた「次に挑戦してほしい役割」が、そのまま異動申請に反映されたことは一度もない。配置は別のところで、別の論理で決まっていた。

翌期から、Aの面談準備は変わった。30分で終わるようになった。

これを「手を抜いた」と言うのは簡単だ。しかし正確には違う。Aは学習したのだ。時間をかけても、何も変わらないことを。評価を丁寧に行っても、その結果が配置に反映されない。面談でキャリアの話をしても、異動や機会につながらない。育成計画を立てても、次のアサインで活かされない。

この状態で、誰が真剣に制度に向き合うだろうか。

現場は制度を壊しているのではない。制度が意味を持たない環境の中で、合理的に最適化している。これが形骸化の出発点だ。そして重要なのは、この「合理的な最適化」を引き起こしているのが、個人の意識ではなく構造だという点である。

 

「話す」と「決める」が分断されている

では、なぜ制度は意味を失うのか。
「話す」と「決める」が分断されているからだ。

評価面談では、期待や課題が語られる。しかしその内容が、昇格や配置の意思決定に接続されない。1on1でキャリアの希望を聞いても、実際の異動には反映されない。育成の議論は行われるが、次の機会設計にはつながらない。現場で行われているすべての対話が、「意思決定の外側」に置かれている。

もう一つの場面を挙げたい。
あるメンバーBは、1on1で上司に「プロジェクトマネジメントの経験を積みたい」と伝えた。上司は「わかった、機会を探してみる」と答えた。3ヶ月後、Bは別の定型業務に配置された。理由の説明はなかった。

Bはその後、1on1でキャリアの話をしなくなった。「どうせ変わらない」という言葉は語られなかったが、行動がそれを示していた。

この構図が示しているのは、Bや上司の問題ではない。「話す場」と「決める場」が構造的に切り離されているという問題だ。対話がどれだけ誠実でも、意思決定に接続されていなければ、やがて儀式になる。儀式は形式だけ維持されながら、意味を失っていく。

 

分断は「構造的に」必ず起きる

ここで重要なのは、この分断が偶然ではないという点だ。多くの組織では、構造的に必ず起きるようになっている。

第一に、意思決定の主体が分散している。評価は上司が行う。配置は人事や経営が決める。育成は現場や研修部門が担う。それぞれが独立した部分最適で動いており、全体を一貫して設計する主体が存在しない。「評価と配置の接続はどこが担うのか」と問えば、多くの組織で答えが返ってこない。

第二に、時間軸が一致していない。評価は半期ごとに行われる。育成は中長期のプロセスだ。配置は欠員や事業都合で突発的に決まる。この三つが異なる時間軸で動いている限り、評価結果が育成に反映され、育成の成果が次の配置に活かされるという流れは、設計しなければ生まれない。偶然に任せていれば、まず接続されない。

第三に、責任の所在が曖昧だ。評価はするが、その結果に責任を持たない。配置は決めるが、その後の成長には関与しない。育成は行うが、成果との接続は問われない。誰もが自分の担当範囲を誠実にこなしている。しかしその誠実な仕事が、全体として「流れ」を持てていない。

この三つが重なると、意思決定は「点」で終わる。評価も、配置も、育成も、それぞれが独立したイベントとして処理される。流れにならない。接続されない。現場が感じる「意味のなさ」は、この点の孤立から生まれている。

 

組織は「回路」である

この構造を理解するために、比喩を使いたい。
組織は「回路」に似ている。回路とは評価・配置・育成を接続する意思決定の流れとしての構造である。評価や面談、研修はスイッチだ。しかし回路がつながっていなければ、どれだけスイッチを増やしても電流は流れない。

重要なのは、スイッチ自体は壊れていないという点だ。面談は実施されている。評価シートは提出されている。数字の上では機能している。しかし電流は流れない。現場は何度かスイッチを押し、何も起きないことを確認すると、やがて押すのをやめる。あるいは、押すふりをしながら、押したことにするようになる。管理側はスイッチの数を数えて「制度は機能している」と認識する。現場はスイッチを押す作業を「儀式」として処理する。この認識のズレが、形骸化を不可視にする。

 

施策を増やすほど、なぜ機能しなくなるのか

この問題に対して、多くの組織は新たな施策を追加する。1on1を導入し、サーベイを実施し、研修を強化する。しかし結果は変わらない。むしろ悪化することさえある。

理由は単純だ。既存の回路と接続されていないからである。

1on1を導入しても、評価や配置につながらなければ雑談になる。研修でスキルを身につけても、それを活かす配置がなければ定着しない。新しいスイッチを増やしても、回路が断絶したままでは電流は流れない。

それどころか、スイッチが増えるほど現場の負荷は上がる。意味のない行為が積み重なることで、制度全体への信頼が失われていく。「また新しい施策が始まった」という諦観が組織に広がるとき、その組織はすでに回路の断絶を文化として内面化している。

ここに皮肉がある。
施策を増やした側は「改善に取り組んでいる」と認識している。現場は「また増えた」と受け取っている。この認識のズレ自体が、回路の断絶の証拠だ。改善の努力が、信頼の低下を加速させる。誠実さが逆効果になる構造——これが、断絶した回路の中で施策を打つことの本質的な問題だ。

 

形骸化とは何か——再定義する

ここで改めて定義する。

形骸化とは、制度が守られていない状態ではない。意思決定に接続されていない活動が増えた状態だ。

この定義は重要だ。なぜなら、形骸化した組織の多くで、制度は「守られている」からだ。面談は実施され、評価シートは提出され、研修への参加率も高い。数字の上では機能している。しかし内実では、誰もそれが意思決定に影響するとは思っていない。

形骸化を「守られていない」と定義する限り、対策は「守らせること」になる。ルールを厳しくし、チェックを強化し、未実施者に注意を促す。しかしそれは、断絶した回路のスイッチをより強制的に押させることだ。電流は流れない。現場の疲弊だけが増す。

問うべきは「守られているか」ではない。「意思決定につながっているか」だ。

この問いの転換は、診断の深さを根本から変える。「なぜ面談の実施率が低いのか」と問う組織は、面談を守らせることに向かう。「なぜこの面談が昇格につながらないのか」と問う組織は、回路の設計に向かう。同じ現象を見ながら、到達する場所がまったく違う。

 

構造を変えない限り、何も変わらない

制度はある。運用もしている。
それでも機能しないとき、問うべきは「やり方」ではない。
構造だ。

具体的には、三つの問いを持つ必要がある。評価の結果は、どの意思決定に、どのタイミングで使われるのか。配置の決定には、誰の情報が、どのように入力されるのか。育成の成果は、次の機会設計にどう接続されるのか。

これらを問われて即答できる組織は、ほとんどない。「評価結果は配置に参照される」という建前はある。しかしそれがどの会議で、誰によって、どのように使われるのかは曖昧なまま放置されている。建前と実態の間にある、この「設計されていない空白」こそが、回路の断絶の正体だ。

その空白は、誰かが意図してつくったわけではない。評価を設計した人事、配置を決める経営、育成を担う現場——それぞれが自分の役割を誠実に果たしてきた結果として、空白が生まれている。悪意がないからこそ、問題が見えない。誠実さが、断絶を覆い隠す。

これらが設計されていない組織では、評価・配置・育成はそれぞれ誠実に行われながら、全体として「流れ」を持てない。誠実な仕事の積み重ねが、意味のない儀式として結晶化していく。

人事がやるべきことは、制度を増やすことでも、運用を厳しくすることでもない。問題は制度の有無ではなく、流れが設計されているかである。評価が配置に接続され、配置が育成に接続され、育成が次の評価に接続される——その流れを設計することだ。流れができて初めて、スイッチは機能する。

この問いに向き合うとき、人事は初めて「制度を管理する側」から「回路を設計する側」へと立場を変えることができる。

制度は壊れていない。
現場は合理的に動いた。
その結果として、回路が死んでいる。

==シリーズ「人事はなぜ機能しないのか」===

(1)評価制度はなぜ納得されないのか

(2)優秀な人材ほど辞める会社の構造

(3)キャリア支援が機能しない本当の理由

(4)人事制度が形骸化する瞬間

 

 

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