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人材アセスメント

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タレントマネジメントの導入 | 人材アセスメント

タレントマネジメントの導入

 最近、クライアントの担当者との会話で、タレントマネジメントについての話題になることが増えた。このタレントマネジメントは、多様な人材が在籍する大手企業を中心に導入が進んでいるが、タレントマネジメントを行う理由とは何だろうか。  タレントマネジメントは、自社のタレント(社員)に、自身が保有している能力やスキルを最大限に発揮してもらうことにより企業成長につなげていく取組みで、採用~配置、育成、評価等々の人事施策を戦略的に行うことを指す。人材の流動化が激しいアメリカで、優秀な人材の定着を目的として1990年代に考案されたと言われている。  かつて日本は大量採用が主流で、企業はできるだけ多くのポテンシャル人材を獲得することに注力していた。入社すれば定年までその企業に在籍する終身雇用制度が一般的であったため、入社後にじっくりと時間をかけて企業が求める人材へと育成していく余裕があった。  しかし現在は、労働人口の減少により、企業が求める経験やスキル、素養を備えた人材を採用することが必要になってきている。このタレントマネジメントを活用すれば、募集するポジションの人材要件や配属先のタレントの傾向を確認できるため、採用活動を今までより円滑に行うことができる。また、個々人のスキルや思考、価値観を把握することで、誰をどのポジションに配属すれば生産性が上がるのかが分かり、最適な人材配置が可能になる。  また、雇用形態や働く環境の多様化も導入理由の一つだ。今は転職することが普通になり、ひとつの企業のために働くという考え方が薄れ、業務委託やフリーランス、あるいは副業なども普及してきた。企業はいっそう自社の方向性や経営ビジョンに共感し、成長を支えてくれる人材を確保することが必須となっている。そこで人的資本となる社員の思考や価値観を把握し、企業が求める人材の発掘や定着に生かすため、タレントマネジメントに注目が集まるようになっているのだ。  一方、タレントマネジメントシステムを導入してもうまく機能しない、期待した効果が得られないと悩む企業も少なくない。 タレントマネジメントを行う際に注意しなければならないことは何だろうか。何よりも重要なのは、「タレントマネジメント」を自社に取り入れることによって何をしたいのかを明確にしておくことだ。社員をデータベースで管理するからと情報だけ蓄積しても、活用しなければ宝の持ち腐れとなってしまう。また、その目的を理解できなければ、個人情報を集めるということに不信感を持つ社員、なかなか情報を提供しない社員も出てくるだろう。そのため、タレントマネジメントの目的をできる限り開示して、社員にアナウンスする必要がある。自社の組織課題を整理した上で、取得した情報を何に活用するのか、データを蓄積し、どのように管理していくのかを考え、それによって何を成し遂げたいのかを明らかにする。そして人事、現場、特に経営陣としっかりと事前にコンセンサスを取り、計画的に実施していくことが大切だ。

昇格審査では遅すぎる | スマートアセスメント®

昇格審査では遅すぎる

 管理職への登用を決める際には「昇格アセスメント」を行うことが多い。人事評価や部門長推薦によって選定された昇格候補者に対して、テストや論文、役員面接などといった社内での審査に加えて、外部アセッサーによる審査=アセスメントを行う。たいていは「アセスメントセンター方式」と呼ばれる手法が使われ、1~3日の研修形式で管理職能力の発揮可能性が測られる。  この手法は、まだ非管理職である対象者全員が同一のシミュレーション環境(=管理職の業務環境)のなかに置かれ、そこでの行動を観察することで、保有能力(=潜在的管理職能力)を測定するもの。約50年前から欧米企業で使われ、日本でも約40年の歴史があり、その評定の信頼性はすでに確立されている。管理職への入学審査として総合的な管理職能力レベルがわかること以上に、個別の強み弱みが能力項目の言葉で明らかになる効用がきわめて大きい。  つまり、一人一人の管理職たりうるための能力課題が、非管理職の段階で明確になる。しかし、昇格審査では、序列化された総合点結果が選抜だけに使われ、個別育成に資する結果は個人の自己啓発の参考としてフィードバックされるだけである。残念ながら、審査の合否段階で、自身の能力課題がわかっても、もはや遅い。宝の持ち腐れだ。  個々人の強み弱みという貴重な情報がもっと早く、例えば、管理職手前の等級にあがった時点で得られれば、3年なり5年なりの期間、本人も上司も業務遂行のなかで管理職へ向けての自己研鑽や成長のための指導を効果的にはかれるに違いない。このことは、管理職スキル先行教育にほかならず管理職候補者群の能力底上げとなり、量的にも質的にも管理職能力の向上につながる。  実際、管理職手前の等級のエントリー時点で全員にセンター方式アセスメントをきっちりと行い、管理職昇格審査をむしろ簡素にする運用を仕組化している企業もあるが、まだまだ少数派だ。  どう考えても有効なこの手の施策が広がらないのは、センター方式アセスメントの手間と費用の負担レベルが多人数実施に向かないからである。しかし、センター方式アセスメントは、必ずしもコストのかかる1日や2日の集合研修形式(5人程度の専門アセッサーが稼働)を必須とするわけではない。大事なことは、「何を診るか」に応じて、適切なシミュレーション環境(=「刺激」)が設計され、評定構造(=「認知」「判断」「行動」)が理論的専門的に正しく組まれること。  たとえば、インバスケット演習だけをテストとして設計したり、用途ごとに作成したケースを使った方針策定演習だけを実施することだけでもディメンション(=評価項目)は限定されるが、十分な能力課題把握ができる(ちなみに当社の『スマートアセスメント』はWeb診断で簡易に多面的な診断ができる)。昇格審査だけではなくむしろ人材育成にこそ、アセスメントセンター方式は、自由な発想で多様に活用すべき手法なのである。  管理職先行教育はもちろん、若手対象の選抜型経営人材育成も、個々人の(経営人材としての)能力課題の測定があって初めて、効果的個別的な育成が可能になる。あるいは、中途採用対象者が自社で能力発揮できるか、なにが課題になりそうか。新卒採用対象者のなかで自社の事業開発業務に適する人材がいるか、どのような能力特徴か。  そうした将来可能性と個別特性が、シミュレーション環境で測定する手法ゆえに掴めるから、全社で鍵となる人材の活用・育成を個別効果的に実践するには必須のツールなのである。

必須のリーダー要件 | スマートアセスメント®

必須のリーダー要件

 管理職の昇格アセスメントでは、複数のディメンション(=評価項目)で評点をつけ、総合点の降順で候補者を序列化するのが常である。それを見ながら「合否」を判断していくのだが、ある合格点ラインで単純に合否を分けるのは得策ではない。総合点がはっきり高い、あるいは低い人たちについては、能力適性判定の限りではその高低に従ってよい。あとは、社内評価や個別の期待事情を含めて総合的に判断していくことになる。問題は、ボーダーラインの前後あたりに並ぶ人々をどう評価するか、である。  アセスメントとは入学評価である。まだ経験していない管理職業務における能力発揮可能性をみる。将来管理職としてちゃんとやっていけるかどうかを、複数のディメンションで評定する手法だが、個々のディメンションには「濃淡」がある。誰しも、ディメンションごとの評点に高低のメリハリがあるものだが、これだけは低い評点であってはマズいというディメンションがあるのだ。  ディメンションは通常、①思考面、②対人面、③資質面の3カテゴリーで構成されるが、この資質面カテゴリーの項目群のなかにそうしたクリティカルなものがある。例えば、「達成指向」、「自律一貫性」」といった項目が低い評点であるなら、まず候補からはずしたほうがよい。ひらたくいえば、達成に向けてブレずにやりぬく――こうした資質は、人を率いて組織成果を出すうえでの前提要件だからである。他に際立って高い評点の項目がない、つまり総合点でギリギリのポジションにいて、これら姿勢を持たないなら、そもそも管理職に向いていないといってよい。  思考面や対人面の能力には、経験や教育によって高めていけるものがある。なかには変えることが難しい能力もあるが、その弱みは、管理職になってからの限定的アサインやサポートする上司やナンバー2の配置によって補完することもできる。つまりは、能力課題はあるけれどもそれをわかったうえで、管理職登用後の成長期待や組織的配慮を併せ合格判断をすることもできる。その場合あくまでも、資質面がOKであれば、ということである。資質というくらいで、この手の姿勢はなかなか変え難いからだ。  では、思考能力や対人能力において、マストとなる必須能力はあるか。ディメンションにはなかなか分解できないが、管理職としての優劣を分けるベース能力としては、「概念化力」と「自己認識力」のふたつに特定できるだろう。概念化つまり本質を掴み表現できれば、課題解決や方針策定から日常の業務遂行まで的確に行えるし、自己認識つまり自身の内面も外面(=行動)も客観視できれば、自分をコントロールし、周りの人々を的確に動かすことができる。  というようなことはしかし、我々がいろいろな場面で見てきた優れた経営者、管理職者、ハイパフォーマの方々を思い浮かべれば、あまりにも当たり前のことなのである。

人事評価の限界 | スマートアセスメント®

人事評価の限界

 客観的な能力評定の手法として使われるヒューマンアセスメントは、正確には「アセスメントセンター方式」と呼称される。この手法は第二次大戦中、将校(一説には諜報員)の選抜手法として生まれ、各地にアセスメントセンターが設置されたことが呼称の由来と言われる。アセスメントセンター方式を特徴づけるのは、シミュレーションによる能力測定ということであり、その有効性は、社会心理学者クルツ・レビンが以下の方程式で示した原理を前提としている。  レビンいわく、個人がとる行動は、個人特性と環境との関数である。ゆえに、環境を職務シミュレーションとして固定することで、その環境下の行動発揮を観察・分析すれば個人特性を評定できる。対象者が経験や職場の異なる人々であっても共通環境で評定できるし、シミュレーションだから経験したことのない職務環境での行動発揮も診れる。例えばまだ経験したことのない管理職環境をシミュレーション演習とした評定は、管理職の昇格審査にきわめて多く使われているから、アセスメント=管理職昇格審査という理解が一般的になっている。  この方程式からは、通常企業内で行われる人事評価の限界もまた、見えてくる。業績評価は結果や目標達成なので明快だが、能力評価や行動評価では、個人能力の正確な把握は原理的に難しい。レビンの式でいえば、職場での能力発揮行動は、職務の慣れ具合や長くともに働いてきた良好な人間関係、上司との相性などなどといった「環境」と個人が有する「能力・資質」の両方が相まっての結果として発揮度合が決まるからだ。  そうであっても、貢献度合いを評価するという意味では何ら問題はない。能力評価とは保有能力ではなく発揮能力、発揮行動を問うのだという評価原則はつまり、貢献に結果しているかどうかを評価することに他ならないからだ。「環境も含めた能力」の発揮を評価するのが、企業内で行われる能力評価、行動評価ということである。 問題になるのは、個別育成や組織的活用の基盤となる個人能力・資質を、人事評価では正確には把握できないことだ。もちろん、環境変数に惑わされず、個人特性を見極め得る慧眼のマネジャーはいるかもしれないが、その彼彼女とて、部下の未経験職における能力発揮可能性を見極めるには、特殊なトレーニング(アセッサー養成訓練のような)抜きには難しいだろう。社内の適材を探し出して配置する、あるいは能力開発を個別的に効果的に行う――そうしたタレントマネジメントの起点情報としての個人特性把握には、人事評価情報は使えない。 かくして、管理職よりも下の階層に対して網羅的経年的にアセスメントセンター方式による測定を行う取り組みやリスキリング施策へのアセスメント組み込みのニーズが増えてきた。あるいは、イノベーションをにらんで事業開発型人材の発掘のためのアセスメント仕様設計などの要請もある。その採用局面への展開の事例もある。タレントマネジメントとは現有人材の保有能力の最大活用を目指すものだとすれば、必然的に、こうした正確な能力測定機会をさまざまに設けざるを得ないということである。

二刀流人材 | 人材アセスメント

二刀流人材

 有名な方なので、詳細な説明をする必要はないと思いますが、投打二刀流の大リーガーの大谷翔平さんについて少しだけ説明させてください。プロフェッショナルな世界というのは、ある特定の領域を極め、研ぎ澄まされた才覚をもった人材が更なる努力を重ね、しのぎを削っております。だからこそ、その領域でトップレベルに君臨することに最大限の価値があり、賞賛されます。大谷翔平さんは、本来1つしか勝ち得ないトップレベルの領域を2つもっていることで、注目を集め、また唯一無二の存在として君臨しています。まさに「二刀流のプロ」と言えます。単純に2倍頑張れば、実現できるわけでなく、いずれも追及しつつ、相互の刀を磨きあっているかのようにさえ思えます。二刀流を実現するための技術を持っているに違いありません。  この二刀流の技術はビジネスの中でも大変参考にすべきと思います。スキルや適性などの特徴面から対極にある相容れないであろう概念を組み合わせることで、新たなる価値や相互の機能および全体の効果の最大化を果たせるのではと思います。単なる人事ローテーションやジェネラリストとは一線を画す必要があります。対極にある相容れない領域を2つ極めるという点が重要です。  最大の効用は万能さが高まる点です。人事領域おいていうならば、人事制度などのハード面の仕組みしかつくれなかった人が、組織開発など働く人と人との関係性を高め、組織を活性化させるソフト面の施策までできるようになるようなことです。守るために攻める、攻めるために守るなど、この柔軟性は魅力的であり、対極となる相容れない二つの価値観を受け入れることの謙虚さ、視野の広さ、視座の高さなども磨かれるはずです。人間性も高まるかもしれません。  失敗しがちな人事の施策の特徴として、この対極にある相容れない領域に対する取り組みのバランスの悪さがあげられます。人事システムは作ったのだが、活用ができなかった。新しいビジネスを担う人材を適切に採用はしたのだが、外部環境に転職したほうが活躍できる人材の退職勧奨ができなかったなどです。この二刀流を極めたときにこそ、真の目的を達成が最も効果的に得られるはずです。  また大切なことは役割分担ではなく二刀流人材であるということです。どうしても効率さを追求すると組織を分け、担当を分けるなど体制をとるのが一般的ではあります。ただおそらく対極にある相容れない人材どうしだからこそ、連携の難しさが生まれてしまいます。二刀流人材がたくさん存在することで、この心配はとても少なくなります。二刀流人材が行う施策は効果的であり、組織のパフォーマンスが最短で高まるということです。そしてそうそう容易には実現はできないであろう二刀流を極めるこのわくわくするチャレンジングな体験は、エンゲージメントを追求していくひとつのトレンドにさえなるかもしれません。

上司は振り返る力・観察する力を高めたい | 人材アセスメント

上司は振り返る力・観察する力を高めたい

 ある日のこと、上司A氏は人事からメールされてきた部下の人材アセスメントのレポートに目を通していた。ある部下のレポートにはこう記してあった。 「基本的な志向は周囲と業務に関する情報を共有し、協働的に目の前の仕事をすすめることと考えられる。・・・」 このコメントを読んだときにA氏は違和感を覚えた。それは、彼は「情報共有?情報は自分の業績UPのために使っているような・・」「誰かと協働?結構暴走するけど・・」「あれっ?」という明らかな違和感であった。  実はこれ、私が過去の報告会など見受けた出席者のリアクションであるが、このような違和感を覚えたかたも少なからずいらっしゃるのではないだろうか。 人材アセスメントのレポートの内容と皆さんの実感との間に齟齬がある主な原因は、下記の3つがあるように思える。   ・外部評価上の課題   ・その企業独自の専門性の有無   ・業績評価と行動評価の混同  1つ目は、外部から評価できることには限りがあるということである。アセスメントでは姿勢、対人、思考、業務遂行の4つの能力について評価するが、アセスメントで行われる職務シミュレーションでは、どうしても意思決定のプロセスなどの思考面の観察が中心になる。とくに対人面においては観察できる範囲があるため、そういった点では、部下の日常に関する情報は上司のほうが多くもっているはずである。そのため、アセスメントのような外部評価との齟齬が生まれるのかもしれない。  2つ目は、部下のもつ企業独自の専門性の高低が部下に対する評価に無意識に入りこむことである。専門性を評価することは必要なことだが、アセスメントでは個人のもつ専門性は一切考慮されないため、専門性の評価を切離した外部からの評価は、自身の日常的な実感との違和感を覚えるのかもしれない。  3つ目は、よくあることだが、売上や利益の予算を達成できるから、マネジメント能力もあるという誤解である。売上、利益予算の達成度に対する評価はあくまで業績評価であり、業績を得るにいたるプロセスは行動評価を行う。そこを切り分けて評価していないと、「業績をあげる人=マネジメント能力が高い人=アセスメントの評価の高い人」という考えをもってしまう。そのため、出てきたアセスメント結果に対して違和感を覚えるのかもしれない。  人材アセスメントは、社内人材で判定し切れないであろう能力を外部の視点で観察、評価し、現状分析や将来への提言をレポートの形で示す。評定・レポートを部下の指導、育成に生かすのは上司である。  だからこそ、上司は、アセスメント結果を読み、自分の部下の日常の行動に、レポートにあるような行動がなかったかを誠実に振り返る。振り返ることができなければ、改めて部下との関わりかたを変えてみて、観察できるようにしてみるのである。 アセスメント結果と部下の日常の行動への認識との距離を縮め、自身の心に抱く違和感を小さくしていくために、部下の成長支援のために、上司の任たる者こそ、振り返る力、観察する力を高めたい。

破壊的イノベーション | 人材アセスメント

破壊的イノベーション

 知り合いである経営者は、クレイトン・クリステンセン(ハーバードビジネススクール教授)の「イノベーションのジレンマ」で提唱された破壊的イノベーションを起こすようなムーブメントが社内に欲しいと言います。  この破壊的イノベーションとは、その市場における既存のルールを根本的に覆して、まったく新しい価値を創出するイノベーションのことで、ローエンド型と新市場型の2種類があります。ローエンド型は、高価格で高機能な製品が溢れている市場において、低価格でシンプルな製品を提供することでローエンドを支配すること、新市場型は、新しい技術を用いてそれまで市場になかった新しい価値を提供することでシェアを獲得するイノベーションのことです。  どちらの型においても、これまでその市場で当たり前だった概念を覆し、新しい製品を流通させることにより、競争のルールを変更し、当該市場で隆盛を誇っていた企業パワーバランスを変えてしまいます。この競争ルール変更によって、たとえスタートアップの企業であっても大企業の脅威となり、時にはその企業に取って代わり市場トップの地位に躍り出ることも可能になります。大企業としては、この脅威を真剣に受け止め、自らが破壊的イノベーターとなることで市場に新しい価値を提供し続ける必要があるのです。  前出の経営者は、そもそも自社が確立したい本質的価値は何なのか、目標としているあるべき姿に向かって進んでいるのかのプロセスを定期的に検証することだけが大事と考え、例えば新製品を開発する部署には、KPI数値の目標はいらないと言います。  今まで全社の目標設定は、SMART&SUREを使って設定してきたわけですが、    ・Stretched (背伸びした目標である)    ・Measurable (成果が測定可能である)    ・Achievable (達成可能である)    ・Reasonable (合理的である)    ・Time-related (期限が定められている)    ・Specific (具体的である)    ・Understood (理解されている)    ・Realistic (現実的である)    ・Easy to evaluate (基準が明確で評価しやすい)  こういった目標は開発部署が設定していても、短期業績を求めるだけで破壊的イノベーションが起きることはないだろうと言い切ります。 確かに破壊的イノベーションを起こすような企業では、KPI以上に独自のカルチャーが実行をドライブします。ピーター・ドラッカーは「カルチャーは戦略をも凌駕する(Culture eats strategy for breakfast)」と言っていますし、カルチャーは変革の過程でポジティブに力を発揮すると、数値目標を超える成果を生み出します。  また、破壊的イノベーションでは、さまざまな部門・知識・経験を持った多様な人財が一同に集まり問題課題を考え、その解決策を議論することが重要です。既存の枠組みにとらわれることなく、論理的に分析するより創造的に思考しなければなりません。人間の五感だけでなく第六感から霊妙までも必要なのです。霊妙と聞くと何か違和感を覚えるかと思いますが、人間の五感の枠をも取り払ってこそ、創造的思考を探求し、論理だけでは難しい「閾値」を超えるディスラプター(破壊的企業)になるヒントがそこにあるかもしれません。 以上

対人能力は必須か | 人材アセスメント

対人能力は必須か

 社会で働くために必要な能力=就業スキルとして、コミュニケーション能力は必須のものとされる。社会人基礎力には、「チームで働く力」として発信力、傾聴力、柔軟性などがあげられ、社員教育では早い段階からビジネスコミュニケーションのスキルが教えられる。管理職昇格アセスメントの評点が、「思考能力」、「対人能力」、「資質/姿勢」の3領域で測られるように、マネジャーのスキル要件にもコミュニケーションスキルは欠かせない。  ゆえに、どの会社でも、きわめて高い思考力や高度な専門的スキルをもっていても、コミュニケーションが不得手な人はなかなか肩身が狭いことになる。人との関係形成が苦手だったり、対人感受性に欠け人の気持ちがわからない人(=私です)は、職業人として課題あり、とされる。とくに、人を動かして組織成果を出す役割の管理職なら、対人能力欠如はまず問題視されるだろう。  しかし、ほんとうにそうか。仕事で成果を出すうえで、対人コミュ二ケーション能力は必須なのだろうか。業務上必要な意思疎通さえできれば、それ以外の対人配慮、たとえば、感情や想いへの気配りや、態度や表情といった非言語的サインの察知、ヒドゥンアジェンダ(=隠されているテーマ)への忖度、チームを盛り上げんとする言動などなどは、それはあった方がよいけれども、必須ではないし、ときに邪魔だったりもする。  チームワークにおいて大事なことは、言語化された明示的メッセージをきちんと受発信することで、それさえ徹底されれば、余計なコミュニケーションのワザなど必要ない。メッセージが曖昧だから、察知し、気遣い、忖度するスキルや四の五の言わなくても通じる信頼感の醸成のワザが、補完的に求められているにすぎないのではないか。  よく知られるように、多民族が協働する多国籍企業内のコミュケーションは、意思や要求を明確に言葉にしてやり取りすることこそを必須とする。対人関係の常識の背景(=文化・習慣・感性)がまったく異なるから、すべては言葉にして伝えるのであって、「行間」を読むことなどそもそも前提しないのだ。すでに日本の会社も、年齢や価値観や他者感覚における多様性の組織であり、メッセージの言語化/明確化こそが、協働のためのコミュニケーションの原点だろう。  「言語化された明示的メッセージをきちんと受発信する」ための能力は、思考能力(=理解力や論展開力や概念化力など)と姿勢(=達成指向や誠実性や自律一貫性など)である。いわゆる対人能力(対人理解力、共感力、関係形成力など)ではない。人と協働するうえでは、共感や関係形成ができたほうがもちろんよいが、思考力や姿勢面で優秀であれば、あるべき対人行動を「演じる」ことができるから、その意味でも、生来の対人能力はなくても問題はないのである。    そもそも、仕事をするうえでコミュニケーションスキルが必須となったのは、人類の長い歴史のなかでは、ごくごく最近のことだ。自然に働きかけて直接に商材を得る仕事(=第一次産業)や自然界のモノを加工して商材を得る仕事(=第二次産業)では、身体的技能こそがコアスキルだった。例えば偏屈で人づきあいできない職人でも、モノづくりの腕が良ければそれだけで評価されていただろう。  就業者の大半が第三次産業、つまり人を相手にしたサービスを商材とする仕事に従事する現代になって、対人コミュニケーションが重要なスキルとして台頭してきた。自然を対象にするスキルやモノを対象にするスキルではなく、ヒトを対象にするスキルが重要視され、高度消費社会の進展とともに、対人能力は社会の基盤的なワザかのように見なされるようになったのだった。  技能があるだけでは許されずに、つねに対人配慮性や対人能力が求められる現在の状況は、しかし、人々を能力評価する眼を曇らせる。ヒューマンスキルは「人を動かし成果を拡大させる」能力ではあるが、もともとのアイディアや新しい機能や手法を生み出すのは、コンセプチャルスキルとテクニカルスキル。つまり、思考や身体の技能こそがパフォーマンスの源泉たりうるコアスキルだろう。  職人の方々は、よく「身体が覚える」とか「手で考える」と言う。近年、「身体性の復権」がイノベーションの鍵だといわれる意味でも、対人能力の偏重には気を付けなければいけないのではないか。

パイロットフィッシュ | 人材アセスメント

パイロットフィッシュ

 職場で何か新しいことや面倒な取り組みをはじめる際に、なぜかいつも声がかかる人物がいた。中小企業の間接部門に所属していた彼は、取り立てて優秀な社員というイメージではなかったが、30代前半という若さもあったろう、どんなプロジェクトも気力と体力で突っ走っていくような男だった。  いろいろなプロジェクトに先陣を切って投入される彼であったが、なぜか、途中で他の社員にバトンタッチすることが多かった。本業が忙しくなって呼び戻されたり、どういうわけだか、プロジェクト終盤に差し掛かってくると失速し、勢いだけでは押し切れなくなるところがあった。とはいえ、あともう少しというところでプロジェクトを外される彼の気持ちを考えると、さぞ悔しかったに違いない。はたから見ていて気の毒に思うこともしばしばあった。  そんな彼のことを、仲間の間では(今にして思うと、大変失礼な言い方なのだが)”パイロットフィッシュ”と呼んでいた。  熱帯魚を飼育した経験のある方ならご存知と思うが、新しい水槽を立ち上る際に、新しい水を入れて直ぐに高価で繊細な熱帯魚を入れるようなことはしない。新しい水槽には、熱帯魚の排泄物やえさの食べ残しを分解するバクテリアが存在しないので、水質の変化に弱い繊細な魚を投入するとすぐに弱ったり死んでしまったりするのだ。 そこで登場するのがパイロットフィッシュだ。そういう名前の魚なのではなく、有益なバクテリアの繁殖を早めるために、まっさらな水槽に先陣を切って投入される魚のことを言う。無事にバクテリアが繁殖し、水質が安定すると、パイロットフィッシュの役割は終わりとなる。はじめは魚にとって過酷な環境なので、時には死んでしまうこともある。したがって、丈夫で安価な種類の魚がチョイスされるのだ。  職場で新しい取り組みを始めようとすると、誰しも苦労するものだ。誰もやりたがらない面倒なプロジェクトに次から次へと飛び込んでいく彼の姿が、アクアリウムのパイロットフィッシュと重なって見えたのだ。  先日、そんな彼と何年振りかに会う機会があった。聞けば今でも同じように、いろいろなプロジェクトを次から次へと渡り歩いているらしい。そこで、どうしても気になっていた、かつての疑問をぶつけてみた。あんなに何度も途中でプロジェクトを外されて、どうして腐らずにやっていられるのか、と聞くと、「何もないところからスタートして、造り上げていくっていう感覚がなんかいいんだよね。道筋ができると俺の中ではもう終わりっていうか、そこからなら誰でもできちゃうし」  なるほど、本当に彼は職場のパイロットフィッシュだったのである。 彼をプロジェクトにアサインしていた上司はその適性を的確にとらえていたのであった。 (ちなみに、パイロットフィッシュの語源は飛行機のテストパイロットから来ている。)