シリーズ「人事はなぜ機能しないのか」(2)優秀な人材ほど辞める会社の構造 — 離職は個人の問題ではなく、構造の帰結である — |コラム|株式会社トランストラクチャ(東京都)

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シリーズ「人事はなぜ機能しないのか」
(2)優秀な人材ほど辞める会社の構造
— 離職は個人の問題ではなく、構造の帰結である —

「なぜ、あの人が辞めるのか」

周囲からの信頼も厚く、成果も出している。将来を期待されていたはずの人材が、ある日静かに会社を去っていく。一方で「特に問題はないが、突出もしていない人材」は残り続ける。結果として組織には、無難な人材が積み上がり、変化を生み出す人材が抜けていく。

この現象が起きるたびに、こう説明される。「優秀な人ほど市場価値が高いから」「成長意欲が強いから」「相性が合わなかったのだろう」と。いずれも間違いではない。だが、それは説明であって原因ではない。

本来問うべきは「なぜこの組織では、その人材が力を発揮できなかったのか」だ。答えは個人の属性にも市場の引力にもない。組織の構造にある。

離職は「意思決定」ではなく「反応」である

一般的に、離職は個人の意思決定として捉えられる。しかしこの見方は一面的である。人は、何もないところから突然「辞めよう」と決断するわけではない。日々の仕事の中で感じる違和感、積み重なるズレ、言語化されない不満——その連続の先に、離職という行動が現れる。

離職とは、個人の自由意思の発露ではなく、組織環境に対する「反応」だ。

では、その反応を引き起こしているものは何か。それが、組織の「構造」である。

構造とは何か。 個々の制度や人物の問題ではない。評価・配置・育成・期待の伝え方——これらの要素が「どのように接続され、誰がどのタイミングで何を決めるか」という、意思決定の流れそのものだ。構造が歪んでいるとは、この流れのどこかが断絶しており、人材に関わる意思決定が一貫した文脈を持てていない状態を指す。

ここで重要なのは、組織は中立ではないという点だ。構造は、どの人材が活躍し、どの人材が去るかを、無自覚のうちに決定している。「上司が悪い」「制度が悪い」という個別要因への帰属では、この問題は解けない。上司を変えても、制度を直しても、意思決定の流れの断絶が残る限り、同じ現象が繰り返される。

組織は「水槽」である

組織は水槽に似ている。水質が良ければ魚は健全に育つが、悪化すれば弱るか外へ出ていく。重要なのは、すべての魚が同じ行動をとるわけではないという点だ。弱い魚は環境に適応しようとする。しかし強い魚は、環境を選ぶ。結果として、水質が悪い水槽ほど強い魚から先にいなくなる。

水質の悪化は、一度に起きるわけではない。管理者は「水を換えている(面談をしている)」「エサをやっている(フィードバックをしている)」と認識している。しかし水槽の底には澱(おり)が溜まり続けている。言語化されない期待のズレ、曖昧なまま放置された役割定義、機能していない評価基準——そういった小さな分断の蓄積だ。魚にとってはそれを感じながら泳いでいる状態だが、水槽の外からは水が透明に見える。

優秀な魚が辞めた後、初めて「水が濁っていた」と気づく。

そして、見落とされている事実がある。強い魚が出ていった後、水槽には何が残るか。澱の中でも泳げるよう自分を最適化した魚だ。構造の歪みに適応することを選んだ人材が、組織の中心になっていく。「無難な人材の積み上がり」とは、偶然の結果ではない。構造が選別した結果だ。

「評価」がズレると、「キャリア」がズレる

構造の歪みの中心にあるのが「評価」である。 評価制度は「構造 × 関係 × データ」によって成り立つ。 この3つが接続されていないとき、評価は「結果の通知」にしかならない。本来、評価とは「何を期待されているのか」「どこに向かっているのか」「どのように成長すべきか」を接続する装置だ。それが機能していないとき、評価のズレはキャリアのズレへと転化する。

現場の場面を一つ挙げたい。 あるマネージャーAは今期も高い評価を受けた。しかし昇格はなかった。上司からは「あなたは評価されている。ただ、今年は枠がない」と伝えられた。説明は理解できた。しかし腑には落ちなかった。評価の高さと昇格が、制度上も説明上も接続されていなかったからだ。

Aの中で「自分は何のために成果を出しているのか」という問いが生まれ、答えのないまま積み上がっていった。半年後、Aは転職した。会社側から見れば「突然辞めた」に見える。しかし当人の側から見れば、「半年間、徐々に決断していた」のである。

違和感が確信に変わる瞬間は、劇的ではない。「また同じ説明をされた」「今年も変わらなかった」という、静かな積み重ねの果てにある。離職届は突然提出されるが、その決断は半年前、あるいは一年前に始まっている。

優秀な人材ほど「構造の限界」を見切る

ここで重要なのは「誰が、何を判断しているか」だ。

優秀な人材は、ズレに敏感なのではない。より正確には、構造の再現性を評価している。ここでいう再現性とは、同じ成果を出せば、同じ評価と機会があたえられるか、という意味である。自分の成果がどのように評価され、それが昇格・配置・育成にどう接続されるか。その一連の意思決定の流れに、再現性があるかどうかを見ている。再現性がなければ、長期的にこの組織に投資する価値がないと判断する。この判断は、感情ではなく認識だ。

一方、組織への適応を優先する人材は、ズレを「個人の問題」として内側に収める。「自分がまだ足りないのだろう」「もう少し待てばよくなるかもしれない」と。しかし、これは問題の先送りに過ぎない。構造が変わらない限り、待っても何も変わらない。

もう一つの場面を挙げたい。 入社4年目のBは同期の中でも頭一つ抜けた成果を出し続けていたが、成果では劣る同期Cが先に昇格した。Bが理由を聞くと「評価は高い。ただ、昇格には総合的な判断がある」と返ってきた。Bはその「総合的な判断」が何を指すのか、最後まで理解できなかった。

「総合的な判断」という言葉が使われる時、多くの場合、評価基準と意思決定基準が分離している。評価という回路と、昇格という意思決定の回路が、別々に動いている。Bが見切ったのは、Cの昇格ではない。この組織では、どれだけ成果を出しても、意思決定の回路が自分には開かれないという構造の限界だ。

その後に残ったのは誰か。「総合的な判断」に疑問を持たなかった人材、あるいは持ちながらも諦めた人材だ。彼らが組織の主力になっていく。これは個人の選択ではない。構造が選別した結果だ。

離職は問題ではない。シグナルである

多くの企業は、離職を問題として捉え、離職率を下げようとする。しかしこの発想が、すでに誤っている。

離職は、構造の歪みを知らせるフィードバックだ。優秀な人材が辞めるとき、組織は「評価・配置・育成の意思決定の流れに、再現性のある文脈がない」という診断を受けている。その診断を「個人の事情」として処理した瞬間、組織は改善の機会を失う。

退職面談でよく語られる理由は「キャリアアップのため」「やりたいことが見つかった」といった前向きな表現だ。本音が語られないのは、当人がすでに「説明しても変わらない」と感じているからである。フィードバックは届いている。しかし、受け取る側の構造がない。

構造を変えない限り、結果は変わらない

評価制度はある。目標設定もしている。面談も行っている。それでも優秀な人材は辞めていく。このとき問うべきは「制度があるかどうか」ではない。それらが意思決定の流れとして一貫して機能しているかどうかだ。

新たな施策を追加するとき、既存の制度との接続を設計しないまま導入する組織は多い。1on1を導入したが評価とつながっていない。ジョブ型制度を導入したが育成の仕組みが変わっていない。制度が増えるほど「やっている感」は出るが、人材から見た「意味のある一貫性」は失われていく。優秀な人材ほど、この一貫性のなさを早く見抜く。

優秀な人材が辞めるたびに「次の採用」で補おうとする組織がある。しかし構造が変わらなければ同じことが繰り返される。水槽の澱を取り除かずに、新しい魚を入れ続けているのと同じ状態だ。やがて、新しく入った魚も、同じ理由で出ていく。

では、キャリアはどのように扱うべきか

重要なのは、評価制度単体を見直すことではない。評価・配置・育成といった人事機能を、意思決定の流れとして設計し直すことだ。その流れの中心に置くべきものが「キャリア」である。

キャリアは個人の問題として扱われがちだが、実際には組織の構造の反映だ。評価がズレていればキャリアもズレる。配置が適切でなければ成長も歪む。育成が接続されていなければ学習は断片化する。個人が「自分はどこへ向かっているのか」を見失うとき、その原因のほとんどは、組織の意思決定の流れが個人のキャリアを支える文脈を持っていないことにある。

方向が見えない環境では、優秀な人材ほど自分で方向を決める。そしてその方向が組織の外を向いたとき、離職は起きる。構造を設計するとは、この「方向」を組織が示し続けることができる仕組みをつくることだ。

この問いに向き合うとき、人事は初めて「制度を管理する側」から「構造を設計する側」へと立場を変えることができる。

優秀な人材が辞めていく組織に、人材の問題はない。
構造が、去るべき人材を選んでいる。
そしてその選別は、誰も気づかないまま続いている。

==シリーズ「人事はなぜ機能しないのか」===

(1)評価制度はなぜ納得されないのか

(2)優秀な人材ほど辞める会社の構造

 

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