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ライタープロフィール

仲山 和秀
仲山 和秀(なかやま かずひで)

大学卒業後、外資系自動車ディーラーにて、人事担当者として、新卒・中途採用計画の立案・実行、給与・社会保険の人事労務を行う。その後、玩具製品専門商社の人事・研修業務に従事した後、当社に入社。コンサルティング部門 ディレクターとして人事制度設計、導入支援および雇用調整などの組織・人事コンサルティング業務に従事。

「イノベーションは文化で生まれ、制度で守られる」                   ─高度成長期の知を現代に再起動する | 人事コンサルティング

「イノベーションは文化で生まれ、制度で守られる」                   ─高度成長期の知を現代に再起動する

■ なぜ今、過去を振り返る必要があるのか 日本企業がこぞって「イノベーション」を求めている。DX、リスキリング、ジョブ型、人的資本経営——さまざまなキーワードが飛び交うが、実際にイノベーションが“生まれる現場”は依然として多くない。 失われた30年のあいだに組織は大きく変質し、「挑戦する」よりも「失敗しないこと」を優先する文化が広く根づいた。挑戦・越境・試行錯誤といったイノベーションの源泉行動が抑圧されてきたことは否めない。 そこで本稿では、現代の先端理論に答えを求めるだけでなく、高度経済成長期の日本企業が持っていた「文化と暗黙知」にフォーカスを当て、現代のイノベーション議論に接続することを試みる。   ■ 高度経済成長期の強さ:多能工・越境・共創文化 高度成長期の日本企業には、現在のイノベーション論文には書かれていない「実践の知恵」が満ちていた。その特徴は大きく3つある。 ① 多能工という「幅のある働き方」 職務が細分化される現代と異なり、当時の現場では職務境界が緩やかだった。工程・役割・職種を柔軟に跨ぐ多能工が一般的であり、個人の“幅”が組織の強さを支えていた。現代でいう越境行動、ジェネラリスト志向に近いが、もっと「実践知に裏打ちされた幅広さ」だったと言える。 ② 「人と人、仕事と仕事」をつなぐ行動が自然に存在していた 部署の壁や「私の仕事はここまで」という線引きが少なく、必要があれば互いにフォローし、課題を拾いにいく行動が自然に起きていた。これが“よかれと思って動く文化”であり、制度がなくても動くことが称賛されていた。 ③ 暗黙知の共有と学習の場が豊富だった 野中郁次郎氏らが後にSECIモデルとして理論化したように、日本企業は暗黙知の相互作用に強みを持っていた。特筆すべきは、学習の場が現場の随所に存在していたことである。 現代ではリスキリングが「自律的に学べ=個人の責任」という文脈で語られがちだが、当時は学びが“個人の努力”として切り離されていなかった。実地訓練、先輩の背中を見る徒弟文化、改善提案活動──これらすべてが仕事の流れの中に組み込まれており、学習機会は組織全体が自然に提供していた。 つまり、誰が社員を成長させるのかが曖昧でも、組織そのものが“学びのエコシステム”として機能していたのだ。   ■ 失われた30年が壊したもの:線引き文化と挑戦抑制の記憶 バブル崩壊後、人件費の抑制・効率化が正義となり、日本企業の行動原理は大きく変化した。 「挑戦より安定」が評価される 失敗が個人責任として強く問われる 職務は詳細に分割され、越境は“余計なこと”とみなされる 「よかれと思って動く」行動が抑制される 長い年月をかけて、この抑制的な文化が組織の深層心理に染みついていった。これこそが、現代のイノベーション不全の背景にある「組織の深いクセ」である。   ■ 高度成長期を実体験した世代への再注目 現代の若手やミドル層は、高度成長期の文化を「情報として」しか知らない。一方、50代〜定年再雇用の世代は、“文化の身体感覚”を持つ最後の世代である。 この世代は、多能工、越境、助け合い、挑戦、失敗の許容、そして学びが自然に存在していた職場文化を経験している。これは単なるノスタルジーではない。「現代が失った文化の源泉を知る一次情報であり、組織変革に必要な“文化のDNA”」である。 彼らの語りを丁寧に聞き出し、形式知化することは、過去と未来をつなぐ重要な作業になる。   ■ 現代のイノベーション理論が語るもの:越境・透明性・高速学習 興味深いことに、現代のイノベーション理論は、高度成長期の文化と驚くほど強く共鳴する。 ① SECIモデル(知識創造理論) 暗黙知の共同化・表出化・連結化・内面化のプロセスは、高度成長期の現場が自然と実践していたものである。 ② OKRに代表される透明性と挑戦文化 目標の公開、試行錯誤の高速ループ、対話を通じた意味付けは、現代的に洗練された越境促進装置とも言える。 ③ 人的資本経営と「学習文化」の再構築 人的資本KPIや組織学習の再評価は、学びが職場に埋め込まれていた高度成長期の状態に近づこうとする現代的アプローチでもある。   ■ 過去と現在をつなぐ:日本企業の“OS”をアップデートせよ 高度成長期の強みは「懐かしさ」ではなく、「イノベーションを生む文化的OS」であった。現代の理論はそのOSを言語化するフレームを提供している。 必要なのは、制度刷新だけではなく、文化の再構築である。 過去の文化を懐古ではなく“構造”として読み解く 暗黙知・越境・学びを組織文化に再インストールする 50代以上の経験知を形式知化し、文化のDNAとして保存する 挑戦が抑制された30年の記憶を、小さな成功体験で上書きする これこそが、イノベーションが再び自然発生する組織OSへの転換点となる。   ■ 最後に:文化を再起動できれば、日本企業は再び強くなる 制度変更だけではイノベーションは起きない。文化と心理が変わらなければ、どれだけ制度を整えても形骸化する。 高度成長期に存在した「越境」「学び」「助け合い」「よかれと思って動く」文化を、現代版にアップデートして再構築すること。そこで初めて、イノベーションが“文化として自然発生する組織”が生まれる。 これは過去への回帰ではなく、未来をつくるための文化の再起動である。   ■ 参考文献 野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』 野中郁次郎・竹内弘高『ワイズカンパニー』 日本労働研究機構「日本型人事管理モデル」関連文献  

「日本庭園と組織構造」                   ―石の位置を変えると、すべてが変わる話 | 人事制度

「日本庭園と組織構造」                   ―石の位置を変えると、すべてが変わる話

京都・龍安寺の石庭には、15個の石が一度にすべて見えないように配置されているという。 どこから見ても、必ず一つの石が「見えない」。 だがそれが逆に、庭に「奥行き」と「想像」を生む。そこに日本庭園の深さがある。 これは、組織構造にも似ている。 人事制度や組織設計を考えるとき、つい「完全な構造」「欠けのない制度」を目指したくなる。 でも、本当に人が活きる組織には、どこか「見えない石」がある。 すべてが説明できるわけではないが、なぜかうまく機能する。 そういう「余白」こそが、組織に深みと呼吸を与えるのではないだろうか。   人事の仕事をしていると、構造設計に対する「誤解」によく出会う。 「要員を増やしたら回るでしょ」 「とりあえずポジションをつくろう」 「課長が多すぎるから減らせばいい」 これらは部屋の間取りだけで家の快適さを決めようとするようなものだ。本当に大事なのは、 「どこに」「どんな人を」「どう配置するか」。 つまり、石庭でいえば「石をどこに置くか」である。   庭園の美しさは、石の個数ではなく、「石と石の間にある空間」で決まる。 それは組織でも同じだ。 例えば―― ・優秀な部下を、上司が「活かしきれない」構造 ・部門間に「壁」がある構造 ・中堅社員が「漂流」する構造 これはすべて、「配置の失敗」だ。 どれも石そのものではなく、「置き方」の問題である。 逆に、全体が生き生きと動く組織は、「余白」がある。 役職に意味があり、立ち位置に物語があり、個のスキルに応じた「置かれ方」がある。 それはまるで、絶妙な間隔で置かれた庭の石のようだ。   そして、もう一つ忘れてはならないのが「視点」だ。 庭をどう見るかは、立つ場所によって変わる。 同じ配置でも、視座が変われば、石の意味も変わる。 組織でも、上層部から見た構造と、現場社員から見た構造は別物だ。 役割や階層を「機能」として配置したつもりでも、現場から見れば「障壁」になっていることもある。 だからこそ、人事の仕事には「複数の視座」が欠かせない。   私たちはしばしば「人が足りない」という声を聞く。 だが、それは「石が足りない」問題ではなく、「石をどう置くか」の問題かもしれない。 一人ひとりの社員は、石そのもの。動かせば、見える景色が変わる。 構造改革とは、「石の総入れ替え」ではない。 一つの石を3センチずらすことで、全体の見え方が変わることがある。 それが人事の「設計力」だ。 人をただ「足す」のではなく、「活かす」。 その視点を持てるかどうかで、組織の風景はまるで違うものになる。 そして何より、人をどう配置するかは、単なるオペレーションではない。 その人をどう活かしたいかという、組織の意思の現れでもある。   石は、ただ置かれているのではない。 そこには、誰かの「意思」が宿っている。 だからこそ、組織設計には、美学と哲学が必要なのだ。 人をどう置くか。それは、人をどう見ているか、の表明でもある。  

「ヤノマミ族に人事制度はあるのか?」            ―文化人類学が教える、“制度より強いもの”の話 | 人事制度

「ヤノマミ族に人事制度はあるのか?」            ―文化人類学が教える、“制度より強いもの”の話

「ヤノマミ族に人事制度はあるのか?」 そう問われると、多くの人は「あるわけないだろう」と思うかもしれない。評価シートも等級もない。給与テーブルなんて、森のどこも探しても見つからない。 だが、文化人類学の目で見れば、彼らにもちゃんと「役割」と「格」がある。狩猟が得意な者は獲物をもたらす者としての敬意を受け、長老の言葉は自然と集落に影響力をもたらす。 明文化はされていないが、誰がどこに座るか、誰が口を開くか、すべて「見えないルール」に支配されている。 組織にもこの「見えない制度」がある。それを、われわれは「組織文化」と呼ぶ。 制度が正しく設計されていても、なぜかうまく機能しない。 評価制度を刷新しても、「結局、声の大きい人が昇格するよね」という空気があれば、どんな制度も張りぼてに終わる。 それは制度の問題ではない。文化に飲み込まれているのだ。 制度とは「骨格」だが、文化は「血流」のようなもの。 どんなに立派な骨格でも、血が通っていなければ動かない。 しかも、やっかいなことにこの文化は「制度より古く」「制度より根強く」「制度より見えない」。 つまり、人事担当者にとって、最も手強い敵であり、最も心強い味方にもなる。 文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースは、部族社会を「構造」の視点で読み解いた。 彼が見抜いたのは、「人間の集団には、制度がなくても“秩序”が生まれる」ということ。 この秩序こそが、“文化”だ。 では、企業における「文化の秩序」とは何か。 ・部下が“正論”より“上司の顔色”を読む職場 ・「制度はあるけど、みんな空気で昇進が決まる」組織 ・「自由な発言を歓迎します」と言いながら、提案すると煙たがられる会議体 これらはすべて、「制度」と「文化」の不一致から生じる「文化的ノイズ」だ。 人事制度は設計できる。だが文化は設計できない。 だから、制度を文化に「なじませる」しかない。 例えば、評価制度を導入するときには、制度説明会よりも先に、「なぜこの制度ができたか」という物語を語る必要がある。 異動ルール(配置転換・ジョブローテーションなど)を変えるなら、まずは身近な成功体験を可視化することが大事だ。 つまり、制度は「論理」でつくるが、文化は「感情」で染み込ませるものなのだ。 企業とは、ある意味「都市化された部族」である。 その組織に制度を導入するとは、近代化のプロセスに他ならない。 だが、それが機能するかどうかは、文化という見えない力をどう扱うかにかかっている。 人事は「設計者」である前に、文化の「翻訳者」でもある。 制度をつくるたび、私たちは「見えない部族の掟」と向き合っているのかもしれない。   ※ヤノマミ族:ブラジルとベネズエラにまたがるアマゾンの熱帯雨林に住む先住民族      

組織は『代謝』で若返る             ―入れ替えを恐れない「役割」設計と敬意ある運用 | 雇用施策・その他

組織は『代謝』で若返る             ―入れ替えを恐れない「役割」設計と敬意ある運用

 そもそも、生物とは「入れ替え」によって生きている。 人間の体も日々新陳代謝を繰り返しており、皮膚は1ヶ月、血液は4ヶ月、骨は数年単位で更新される。 それでも「私」は「私」であり続ける。これは驚くべきことだ。細胞がすべて入れ替わっても、アイデンティティは保たれるのだから。 この現象、会社・組織にも当てはまるのではないか。 人が入れ替わっても、理念や文化が保たれていれば、「その会社」は存在し続けられる。 しかし、『細胞=役割を遂行する人』がまったく入れ替わらなければ、代謝不良を起こし、静かに死に向かうだけだ。 問題は、『どの細胞を残し、どの細胞を更新するかだ。』 ここで言う「残す/更新する」の単位は「人」ではなく「役割」だ。役割要件が古くなれば、役割自体を作り替える。人の入れ替えはその結果にすぎない(人が成長しても、役割は変わらない。この状態が代謝不良を起こす。更に悪化するのは、役割は変わらず、人も成長せず、停滞し続ける細胞である )。 とくに脳細胞のように動かないポジション―重要ポジションが長期固定化し、運用上「変わらないこと」自体が価値として過剰一般化されると、組織の動きは鈍る。 彼らは企業の記憶かもしれないが、記憶ばかりが蓄積され、動きが鈍れば―それはもう老化である。 もちろん、長く残る細胞がすべて悪いわけではない。 神経細胞のように長命であるべき「役割」もある。ただ、それは「変わらないから偉い」ではなく、「変わらず支えているから価値がある」のである。一方で“皮膚”にあたる役割は、更新を前提に設計しておくべきだ。 自然界にも代謝加速の例がある。京都大学の研究によれば、ショウジョウバエの細胞は、成長の遅れを察知すると分裂を加速して追いつくそうだ[1]。 生物は「このままじゃマズい」と気づけば、自ら入れ替えを進める。 あなたの組織はどうだろう? そして話は「退職勧奨」に及ぶ。これは言ってしまえば、『細胞にそろそろお役御免をお願いする』営みだ。ただし、「個人に向ける」ものではなく、まず役割の棚卸と更新から始め、必要に応じて人の配置や出口を整える営みである。 意外に思われるかもしれないが、日本において退職勧奨そのものは違法ではない。 強要や不利益な示唆などがあれば問題になるが、丁寧な対話による任意の働きかけは適切に行えば認められている。「退職してもらえないか」という働きかけ自体は、合法的な手段なのだ。 ただし日本企業には独特のねじれがある。 「終身雇用を守る」と言いながら「柔軟な組織をつくりたい」 「心理的安全性が大切」と言いながら「成果主義を導入する」 この中途半端さが、退職勧奨を「感情的な追放」と受け止めさせてしまう土壌になっている。 だが、生物に学ぶなら、入れ替えとは本質的に痛みを伴うものだ。皮膚が新しくなるとき、古い皮膚は剥がれ落ちる。骨も、まず破壊されてから再構築される。 つまり、「壊してから創る」ことが進化の前提なのだ。 組織も同じ。役割や役割を遂行する人が入れ替わるたびに、多少の痛みはある。だが、痛みを避けて何も変えなければ、取り返しのつかない「死」が訪れる。 退職勧奨とは、そうした組織の硬直を防ぐ「免疫反応」なのだ。体に異常が起きたとき、免疫が働くように、組織の成長を阻む滞留に対して一定の代謝を促す。対象の選定は役割要件の見直しを起点に、配置転換・再教育・合意退職の順で検討し、記録化と複数回対話を原則とする。 目的は『排除』ではなく、『回復と維持』である。 もちろん、やり方には細心の注意と敬意が求められる。だが、プロセスの難しさと制度の必要性は切り分けて語られるべきだ。 すべての社員が生涯在籍する必要はない。入れ替わりを許容できない組織は、やがて硬直し、再生不能になる。 「退職勧奨は冷たい」と言う人に、私はこう返したい。 「あなたは、20年前の皮膚で今日を生きていますか?」   [1] 京都大学. (2021年1月). 体の成長と組織の成長の速度を調節する仕組みをハエで解明 ―進化のメカニズムに関する可能性―. https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-01-29

登山型キャリア制度からGoogleマップ型キャリア制度へ ~社員の“自由”と、組織の“管理”の交差点~ | 人事制度

登山型キャリア制度からGoogleマップ型キャリア制度へ ~社員の“自由”と、組織の“管理”の交差点~

 企業におけるキャリアパス制度は、しばしば「登山」にたとえられる。 標高(役職や等級)が高いほど評価され、道は一本道、頂上を目指して歩を進めることが善とされる。この構造は、制度設計の側からすれば整然としており、管理しやすい。しかし一方で、「頂上を目指したくない」社員には不自由で、「登るルートを変えたい」「そもそも別の山に行きたい」社員にとっては、制度そのものがキャリアの足かせになる。  人のキャリアは、山ではない。どちらかといえば都市だ。 複数の目的地があり、好みによって行きたい場所も、歩き方も違う。ある人は繁華街に向かい、ある人は静かな図書館を目指す。途中でルートを変える人もいれば、しばらく足を止めて考える人もいるだろう。  そんなキャリアの現実を捉えなおすとき、ヒントになるのが「Googlマップ型」のキャリア設計だ。登山型のように一本道ではなく、現在地からあらゆる方向に向かう選択肢が開かれており、途中で経路変更も可能。もちろん、全ルートに高低差はあるが、「高い方がエラい」とは限らない。それぞれの目的地に、それぞれの価値がある。  このようなキャリア設計では、社員の自己認知と行動選択が重要になる。 いま自分がどこにいるのか、何を目指したいのか、それにはどんなルートがあるのか。 こうした情報を見える化し、選べる環境を提供することが、企業側の制度設計として求められる。  「自律的キャリア」と言いながら、選べる道が2本しかない――管理職か専門職か――という企業も多い。しかし、Googleマップに例えれば、それは“国道か有料道路か”しかルートが出てこない地図のようなものだ。現実の人間のキャリアはもっと多様で、寄り道、遠回り、ワープ、引き返しといった柔らかな動きがあって当然だ。とはいえ、「自由にどうぞ」と言うだけでは、組織は動かない。企業にとってキャリア制度は、“社員の自己実現の支援”であると同時に、“組織のリソースマネジメントの仕組み”でもある。管理可能性と自律性の両立は、矛盾をはらむ構造だ。  この矛盾を乗り越える鍵は、「可視化」と「ナビゲーション」にある。 まず、社員が自分のスキル・志向・現在地を把握できるようにすること。加えて、そこからどんなルートが引けるのかを、制度として示すこと。 たとえば、社内にどんなキャリアパターンがあるのかをライブラリ化したり、過去に同様の経路を通ったロールモデルを紹介したりといった工夫である。 加えて、マネージャーや人事は“経路案内人”として、ルートを強制するのではなく、「こういう道もありますよ」と提案する存在に変わっていく必要がある。Googleマップは「こっちへ行け」とは言わない。ただ、距離や渋滞状況を伝え、意思決定を支援する。このスタンスは、これからの人事にも求められる姿勢ではないだろうか。  もちろん、自由にはコストがかかる。全員が勝手に動いてしまえば、組織は機能不全に陥る。だからこそ、「可視化」と「選択肢の提示」は、秩序のある自由を生むツールになる。社員は“地図”を持ち、企業は“設計”を持つ。両者が同じ画面を見ながら進むとき、キャリアの可能性は一気に広がる。  かつての制度は、「登山口に並ばされる」仕組みだった。だが今は、社員それぞれの端末に、GPSがある。「そっちへ行きたい」という声を受け止め、組織としてどうナビゲートするか。キャリア制度の再設計とは、その問いへの応答なのだ。

「柱が立っても、水道が来なきゃ暮らせない」~報酬設計は“住み心地”のリアル~(「人事制度設計」を考えるコラム②) | 人事制度

「柱が立っても、水道が来なきゃ暮らせない」~報酬設計は“住み心地”のリアル~(「人事制度設計」を考えるコラム②)

第1回では、等級制度と評価制度は“組織の骨格”だと申し上げた。骨格がしっかりしていれば、あとはそこに“インフラ”を整備することで組織は生き始める。 その“インフラ”とは水道、電気、ガス――この家で暮らしていけるのか?に直結するリアルな要素。それが報酬制度である。 まず、どんな報酬制度にするかは、ポリシー(考え方)次第だ。これは家で言えば「都市型か、里山型か、自給型か」くらい違いが出る。 たとえば: 採用競争力を重視したい → 年収水準は外部マーケットと比較して高めに(都市型) 安定した組織運営を重視したい → 内部昇格や長期在籍を促す設計に(里山型) 外部環境に頼らず、自律成長を目指したい → 業績連動を高め、自己完結型に(自給型) といった具合に、会社のスタンスを明確にする。報酬制度は“数字の羅列”ではなく、“思想の反映”なのである。 こうした方針を決めずに、細かな設計だけをしても「水は出るけどお湯が出ない」みたいな中途半端な制度になる。 次に、「年収」をどう分解するか。大きく月収と賞与に分かれるが、それぞれに設計ポイントがある。 特に賞与は、以下の2軸で考える:  1つ目は、「どうやって原資を決めるか?」  2つ目は、「原資をどう分配するか?」 まず、「どうやって原資を決めるか?」。ここでありがちな設計ミスが、「賞与〇カ月分を踏襲する」という“惰性型報酬設計”だ。企業経営において、前年の気分でお金を撒くような習慣が残っているのは賞与くらいだろう。 おすすめは、「営業利益の○%を原資にする」というロジックである。これは社員にもわかりやすく、「業績に応じて自分たちの報酬が決まる」という感覚が醸成される。つまり、“結果にコミットする文化”を作りやすい「自律型報酬設計」だ。 「でも、業績が悪かったら社員の生活は?」という質問が飛んできそうだ。ごもっとも。そのために、ポリシーがある。「賞与は年間4カ月を標準とし、そのうち2カ月は固定、残りの2カ月は業績と評価で変動」 こうすれば、最低限の生活保障と、成果に応じた変動報酬のバランスがとれる。要は、制度ではなく“発想”を柔らかくするのだ。 2つ目の「原資をどう分配するか?」。  わかりやすい例を挙げれば、 S評価は標準の1.5倍、C評価は0.7倍など、評価ランク別に差をつけることで、納得感を生む。 当社としては少し複雑ではあるが、ポイントシェア方式での配分を推奨したい。これは賞与総原資÷社員の評価ポイントの総和=1ポイントの金額を算出し、評価ポイント×1ポイントの金額で配分する手法だ。  ※厳密には基本給の差によって1ポイントの重みが異なるため、その差を埋めるロジックを組む。 ざっくり言うと、成果の比率で山分けする方法である。 ポイントシェア方式の最大のメリットは、賞与原資内で必ず賞与支給額が収まることだ。 月収の肝となる給与テーブルも、方針に応じて設計が変わる。 ・「メリハリ重視」 → テーブル幅は狭く、昇格時に年収がガツンと上がる ・「なだらかな成長」 → 幅広のテーブルで、毎年少しずつ昇給する設計に そしてもうひとつ、管理職昇格時の給与設計も見逃せない。 管理職には残業代がつかないため、非管理職の“残業込み”月収を下回るような昇格はNGだ。昇格したら損をする、という制度は、誰も住みたがらない、空き家だらけのタワマンになってしまう。 さて、ここまで読んだあなたは、こう思っているかもしれない。「制度設計って、結局、全部バランスの話なんですね」と。 その通り。そしてそのバランスは、“数式”ではなく“哲学”で決まる。 この制度の家に、果たして社員は住み続けたいと思っているだろうか? いま一度、インフラチェックをしてみてはいかがだろうか。 *「人事制度設計」を考えるコラム2回シリーズ。 ■ 「“階段”がない家に、住めますか?」~等級と評価の設計が、組織の“骨格”を決める話~    (人事制度設計を考えるコラム①) ■ 「柱が立っても、水道が来なきゃ暮らせない」~報酬設計は“住み心地”のリアル~        (人事制度設計を考えるコラム②)今回    

「“階段”がない家に、住めますか?」~等級と評価の設計が、組織の“骨格”を決める話~(「人事制度設計」を考えるコラム①) | 人事制度

「“階段”がない家に、住めますか?」~等級と評価の設計が、組織の“骨格”を決める話~(「人事制度設計」を考えるコラム①)

あなたがもし、ゼロから家を建てようとしたとき、最初に「ソファの色」や「カーテンの柄」を決めるでしょうか? きっと「間取り」や「階段」「柱」といった、家の“骨格”を設計するはずです。これがなければ、どんなにオシャレな家具を置いてもそもそも住めないからです。 組織も同じです。 「評価制度を先に作ろう」とする会社は少なくありませんが、それはソファから決める家づくりと同じです。まず設計すべきは等級制度、そして評価制度という組織の“骨格”です。  では、どこから始めればよいのでしょうか? 答えは、戦略です。 「人材戦略」は必ず「経営戦略」と同じタイプの戦略でなければなりません。会社としてどの市場に挑み、どんなポジションを狙うのか。そのために必要な人材はどんな人材か?そして何人必要か? ――質と量。この問いが出発点です。  例えば、山登りをするなら登山靴とロープがいりますし、野球をするならバットとグローブが必要です。間違っても、登山にバットは持って行きません。組織でも同じです。戦略に応じた人材設計がなければ、人事制度は飾りで終わります。 そしてこの人材設計は、組織ごとに異なる課題や期待、例えば、ベースアップによる生活保障の強化、シニア層の活性化、成果主義の徹底による成長促進などに応じてカスタマイズされるべきです。  さて、ここからようやく「等級制度」と「評価制度」の話になります。まず等級制度とは、言ってみれば組織の“階段”です。階段の数や幅、勾配が曖昧な家には、誰も住みたくありません。それと同じで、等級制度が曖昧な組織では、人材も成長の階段を上ることができません。  特に管理職層は、組織の階層構造に合わせて設計すべきです。部長が5人もいるのに部が3つしかない、という奇妙な家をたまに見かけます。非管理職層においては、社員の成長段階に応じた等級が必要です。さらに、専門性を武器にする社員には、市場価値に即した等級幅を設定しなければ、すぐに家出(転職)されてしまいます。  では、等級をどう定義するか。等級定義とは、その等級の社員が「何を果たすべきか」を示すものです。入社から上位ポストに至るまでの「成長曲線」を表現することで、キャリアの道筋が見えてきます。そしてその定義は、抽象的であってはなりません。具体化の一つの手法が、PDCAサイクルで定義を組み立てる方法です。 たとえば: Plan:組織が実現すべき方針・目標を描き、達成するための計画を逆算して立てる。 Do:組織目標の進捗状況を適切に管理し、円滑かつ確実に計画を遂行する。 Check:組織で起きている問題課題分析・整理し、妥当性の高い根拠により状況を正確に読み取る。 Action:組織に顕在する問題・課題を明確化した上で、解決策・改善策を検討し方針を決め、重点的に取り組む。  これはあくまで定義を具体化するための“例”であり、他の切り口も存在します。しかしPDCAは、等級定義を評価制度にスムーズに接続するフレームワークとして非常に有効です。  また、よく誤解されるのですが「Do(実行)」が1項目だけでよい、という意味ではありません。たとえば「組織外連携」「人材育成」など、同じ“Do”のカテゴリでも複数の観点を立てて構いません。重要なのは、バランスよく行動全体を捉えることです。定義と評価が地続きであること。これが、評価制度を“後づけの査定”から“成長のマイルストーン”へと進化させるコツです。  そして最後に、昇格の基準について明確にしておきたいのですが、よく「スキルレベルが上がったから昇格」と捉えがちです。しかし、そうではありません。その等級で定義された“評価項目”を、一定水準で実行できているか。つまり「そのレベルの人として安定的に機能し、次のステップに進めること」が、昇格の本質です。  ここで、忘れてはならない前提があります。 人は評価されるために成長するのではありません。成長した事実を評価されるのです。  評価制度とは、誰かを選別するためのものではなく、社員一人ひとりが、自分自身の成長曲線を描き、それを歩んでいくための道標です。だからこそ、「今の組織に必要な成長」と「社員が歩みたい成長」を重ねる制度設計が求められます。”年功か成果か、ではなく、両者をどう融合させるか”それが、制度に命を吹き込む発想です。  ここまで読んで、「そんな細かく決めると、自由がなくなる」と言いたくなるかもしれません。ご安心ください。骨格を決めることは、自由を奪うのではありません。むしろ、成長の自由を保証するためにこそ、骨格が必要なのです。 あなたが今立っている組織には、ちゃんと階段がありますか?それとも、3階建ての家なのに、はしご一本で運用していませんか? *「人事制度設計」を考えるコラム2回シリーズ。 ■ 「“階段”がない家に、住めますか?」~等級と評価の設計が、組織の“骨格”を決める話~     (人事制度設計を考えるコラム①)今回 ■ 「柱が立っても、水道が来なきゃ暮らせない」~報酬設計は“住み心地”のリアル~       (人事制度設計を考えるコラム②)

「ヘルメットの中の人的資本」 ~アメリカンフットボール式、社員を“戦力化”する人事運用の極意~ | 人事コンサルティング

「ヘルメットの中の人的資本」 ~アメリカンフットボール式、社員を“戦力化”する人事運用の極意~

 私の好きなスポーツの1つにアメリカンフットボールがある。 あの重厚な装備、緻密な戦略のぶつかり合い、そして一瞬の判断が勝敗を分けるスポーツに、私は人的資本経営の本質を感じてしまう。 ※本コラムとは全く関係ないが、2028年ロサンゼルス五輪ではボディコンタクトのないアメリカンフットボール=フラッグフットボールが正式種目になっていることを宣伝させていただきます。  日本企業も「人的資本経営」という言葉に本気で向き合い始めているが、情報開示が目的となっていないだろうか。 本質はそんな薄っぺらい"バズワード"ではない。これは、人事戦略の“表紙”を差し替えるような、流行り物ではなく、 人事制度の「運用」そのものをアップグレードするという、もっと泥臭い話なのだ。そしてその泥臭さが、実はアメリカンフットボールにそっくりなのだ。  アメリカンフットボールの特徴は、選手が極端に専門化されている点だ。 例えば「クォーターバック(QB)」は司令塔の役割で、戦況を読み、瞬時に判断してボールを投げる(走る)頭脳型ポジション。 一方、「オフェンシブライン(OL)」は、体格の大きさとパワーで敵を押しのけ、仲間を守る縁の下の力持ち。 そして「ワイドレシーバー(WR)」は俊敏なスピードで敵陣を駆け抜け、パスをキャッチする花形。どの選手も能力も役割も全く違う。 「全員に同じ練習をさせる」などという発想は、勝負の世界ではナンセンスなのだ。  人的資本経営も、まさにこの「選手一人ひとりにフィットした人事制度の運用」が肝心だ。 企業が制度を作るとき、多くは「全社員共通」の基準で評価や育成を設計する。 しかし、実際の現場では「型にハマらない社員」こそがスーパープレーを見せるスタープレイヤーになり得る。 社員の性格も能力も異なるのに、画一的な評価制度、共通の研修、同じキャリアパスでは、スタープレイヤーは生まれにくい。  人的資本経営とは、この“ポジション別マネジメント”の視点を人事制度に持ち込むことに他ならない。 例を挙げれば、クリエイティブな思考を求められるマーケティング職と、緻密な計画性が求められる経理職では、当然伸ばすべきスキルもキャリアの描き方も異なる。 にもかかわらず、同じ評価項目で比べ、同じ階段を上らせようとする。 これは、QBに「パワーで敵を押しのけろ」と言い、OLに「俊敏なスピードで敵陣を駆け抜けろ」と言っているようなものだ。 それでは勝てるはずがない。  そして、アメリカンフットボールのもう一つの特徴。それは「プレイブック」という戦術マニュアルだ。 状況に応じた複数の選択肢を用意し、選手が自分の役割を瞬時に判断できるようにする。 人的資本経営でも、「社員が自分の成長を描けるプレイブック」が必要だ。 単なる人事制度ではなく、社員が「自分はどこを目指すべきか」「今、何を強化すべきか」を把握できる仕掛け――たとえば、スキルの見える化や、個別のキャリアマップの設計がそれにあたる。  最後に忘れてはならないのが、「ヘッドコーチ」の存在だ。 試合中、選手たちに指示を出し、状況を分析し、最適なプレーを選ぶ。社員を本気で成長させるには、マネージャー自身がコーチとしてのスキルを持っていなければならない。 つまり、社員の成長に本気でコミットするということ。 人的資本経営は、人事部だけの仕事ではない。現場マネージャーも育成のプロであり、育成観と目利き力、これこそが、最も重要な“隠れた資本”なのだ。  このコラムの読者の会社が今、負けが込んでいるとしたら、それは戦略のせいではなく、選手の特性を見抜かずに、全員に同じプレーをさせているからかもしれない。  アメリカンフットボールに勝利の方程式はない。 だが強いチームには共通点がある。 それは、一人ひとりの特性を見極め、最適な育成と戦術で活かす"人事制度の設計"と"運用"が徹底されていることだ。  さて、あなたの会社にとっての「QB」は誰か? 「OL」は?「WR」は? その選手たちに、適したプレイブックは用意されているだろうか? あなたのチームは、勝つ準備ができているだろうか? 本コラムの筆者が登壇するセミナーのアーカイブ配信をしております。ぜひご視聴ください。お申込みはこちら 【アーカイブ配信】シニア人材を活かす人事制度 ~70歳まで雇用を見据えた人事制度のあり方とは~

職能型人事制度の逆襲 | 人事制度

職能型人事制度の逆襲

 職能型人事制度と聞いて真っ先に連想するのは、「年功序列」という言葉ではないでしょうか。また職能型は古い、今の時代にマッチしていない等も合わせてよく耳にします。本当にそうでしょうか?  近年、企業の経営環境は大きな変革を迎えています。従来の経営モデルに代わって、現在注目されているのは御承知の通り「人的資本経営」となります。 人的資本経営の定義は経済産業省ホームページ:人的資本経営~人の価値を最大限に引き出す~で下記の様に定義されています。 『人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方』 つまり、人材に投資をし、成長をさせることで企業価値を生み出していく経営のあり方となります。  人的資本経営を実現するための人事制度を考えるとするのであれば、仕事を基軸とした考えではなく、人を基軸とした考え方となります。 これは、昨今注目度の高かった職務型制度(ジョブ型制度)ではなく、1970年代に定着した職能型人事制度の思想に近しいことを意味します。 更に付け加えますと、欧米型の職務型制度が日本の慣習や風土、国のセーフティーネットとはマッチせず、コロナ禍で非常に多くのメディアに取り上げられていた職務型制度が、今は下火の傾向にあると言えます。 ※弊社への依頼の状況も、職務型人事制度を導入したいという声は減っている状況です。  ただし、従来の職能型制度では、冒頭申し上げた通り年功序列的な人事制度となること想像に難くありません。古き良き部分は残しつつ、問題・課題点は当然改善した人事制度を構築する必要があります。  古き良きという部分については、日本は能力やスキルをベースに人事制度を考えてきた点です。特に製造業においては技術伝承の観点から、非常にきめ細やかなスキルマップを作成している企業もございます。この伝統的な能力・スキルをベースにしたキャリアパスがこれからの人事制度の根幹となると予測をしています。 しかし、これだけでは能力・スキルが向上すれば処遇は高くなり、能力・スキルは年齢によって微減はしても、大きく下がることはないという制度では、結果として年功序列的な制度となってしまいます。  この様な悪しき職能型制度・運用を如何に解決するか。 それは職能型制度に、職務型制度の利点を組み込む人事制度を設計することです。 職務型制度の利点は、職務や役割やポジションに必要な業務・責任、経験が定義されているため、タスクの分担や役割の明確化が容易になります。生産性の向上という観点では職務型制度は有効な人事制度です。 失われた30年から脱却し、これからの日本に求められる人事制度は、職能型+職務型のハイブリッド型人事制度です。  ハイブリッド型人事制度のイメージは下記の通りです。 ①会社が求めるスキルがLv7→職務lv7の職務にアサインをする。 ②ポストに空きがなければ、スキルLv7であっても職務アサインはLv6以下となる。 ③スキルLv7の社員がライフイベントによって働き方を限定する場合は、職務Lv5にアサインをする。 ①を原理原則の人事制度運用とした制度となり、②③を厳格に運用することで人件費の高騰化を防ぎます。また③のように現在の45歳以上の中間管理職層はこれから介護を行う社員が増加することを考慮し、多様な働き方を許容可能な制度にもなります。  最後になりますが、ハイブリッド人事制度を機能させるためにもう1つ重要なピースがあります。それはテクノロジーの活用です。 スキルの可視化、スキルと職務のマッチングは人間の力では限界があります。  これから職能型制度への回帰が想定されますが、そこには職務型制度、テクノロジーの活用がプラスされた全く新しい職能型制度の姿です。 職務型制度ではなく、この新しい職務型制度が今後のトレンドになると推測をします。 今まさに、職能型人事制度の逆襲が始まろうとしています。

その人事制度、機能していますか? | 人事制度

その人事制度、機能していますか?

 Google検索やChat GPTを使用することで、人事制度の設計の仕方、ポイント、様々な人事制度の事例などを知ることができ、人事担当者の皆さまも様々な情報を参考にし、人事制度について調べられているのではないでしょうか。  しかし、人事制度が機能しているかどうかの指標、検証の仕方など、どの指標が上がれば人事制度が機能しているかを教えてくれるサイトは、ほとんど見かけることはなく人事担当者の皆さまを悩ませているものの1つだと思います。  人事制度が機能している状態を検証する指標として、利益、生産性、社員エンゲージメントと、多くの企業はこの3つの指標から、人事制度が機能しているかどうかを判断しています。果たして、この指標が向上すれば人事制度が機能していると言えるのでしょうか。  例えばですが、外的要因によって利益が向上した場合、人事制度が機能した結果と言えるのか?というと、明確に機能したとは言えません。 ヒット商品が生まれたことにより、利益が向上し、その結果1人当たりの生産性が向上するようなケースも同様ですし、利益を賞与として社員に多く分配した結果、エンゲージメントが向上した状態も、人事制度が機能した結果であるとは言えません。  では、どの様な指標を設ければよいのか。この指標の話をする前に、まず、人事制度が機能する土壌が育まれているかが非常に重要となります。  具体的には、3つのポイントがございます。   ・人事制度設計の背景と目的(コンセプト含む)を、社員が理解し、浸透している   ・人事制度の運用に対して、経営層が本気で取り組んでいる    (その姿勢が社員に伝わっている)   ・管理職層(評価者)の教育が行き届いている  この3つが満たされていると、自ずと人事制度は機能します。その上で、人事制度が機能しているかどうかを検証する手段として、相関関係を用いた検証方法があります。  具体的な例として、評価制度が機能しているかどうかにフォーカスを当てて説明を致します。設定条件として、評価制度は、バリュー評価、行動評価(役割評価)、業績評価を実施している企業とし、人事制度の目的を“チャレンジする風土の醸成”とします。  バリュー評価が、チャレンジする風土の醸成につながっている。この場合、バリューを体現しているかどうかから、風土の醸成まで様々な要因があるため、バリュー評価結果の向上=チャレンジする風土の醸成とは言えません。そこで、下記の様な設問を設けて相関関係を検証します。   ≪原因指標:結果の原因がどこにあるかを示唆する指標≫     ①私はバリュー評価に納得している     ②私は行動評価(役割評価など)に納得している     ③私は業績評価に納得している   ≪結果指標:目的を達成するための施策(ここでは評価)の状況を測定する指標≫     ④私は当社で働くことで、自分の可能性を発揮できている   ≪期待効果:チャレンジする風土の醸成を測定する指標≫     ⑤私は難しい課題や今まで経験していなかった新しい業務に取り組めている。  原因指標内、原因指標と結果指標、結果指標と期待効果の間で強い相関関係が認められれば、バリュー評価がチャレンジする風土の醸成に統計的に有意な結果となったと言えます。  実は、人事制度が機能しているかどうかを判断する“単独の指標”は存在しません。今回ご紹介した検証方法や、”ROIEC逆ツリー”(内閣官房 非財務情報可視化研究会,第6回人的資本可視化指針(案),2022,p39)の様に、指標を設けるだけでなく、しっかりと要素分解を行い、論理的、構造的に関係性を説明できるようにすることにより、人事制度が機能しているかどうかを判断することができるのです。  人事制度は設計3割、運用7割とも言われていますので、しっかりと運用を行わなければ、意図した目的から逸れてしまいます。改めてお伝えしますと、人事制度が機能しているかどうかを検証するポイントは、   ・人事制度が機能するための土壌が育まれていること   ・目的を達成するための要素分解を行い、論理的、構造的に関係性を説明できること この2点が重要となります。  それでは最後に。貴社の人事制度は機能していますか?

鶏が先か、卵が先か ‐経営戦略と人材戦略の関連性‐ | 人事制度

鶏が先か、卵が先か ‐経営戦略と人材戦略の関連性‐

”組織は戦略に従う” ”戦略は組織に従う”  前者は1962年にアルフレッド・チャンドラーが提唱し、後者は1979年にH・イゴール・アンゾフ提唱した考え方である。 各企業が中長期計画を立て、その中長期計画の中には人件費、今後の採用計画等が当然の如く織り込まれている。 戦略を立てる順序としては、先に経営戦略、後に人事戦略を立てる企業が多い。”組織は戦略に従う”と言える。  VUCA時代と言われる今、予測困難な未来に対して経営戦略を立てることは困難を極め、 新型コロナウィルスによるパンデミックは、まさにその象徴と言えるのではないだろうか。  新型コロナウィルスが発生したここ1、2年で、クライアントからの相談は下記の様なものがあった。 ・リモートワーク下でのマネジメント ・設定した目標の下方修正 ・賞与原資の確保 ・雇用調整による人件費の削減 不測の事態への対応が後手に回った反省から、人事制度の設計だけではなく、人事戦略を考えたいという企業の相談が増えてきている。  多くの企業は経営計画を立てたものの、急激な環境の変化までは想定しておらず、経営計画の下方修正を余儀なくされ、それに伴い人事戦略の見直しを図る。中には複数のシナリオをプランニングし、この未曽有の事態に対処している企業もあるだろうが、その数は非常に少ない。“組織は戦略に従う”という考え方であれば経営戦略→人材戦略の構図に違和感はないのだが、VUCA時代において、この構図が正しいと言えるのか。  DX化、AI化が進み、ビジネスの潮流が非常に速く流れる中、競合他社との差別化に成功したとしても、その優位性は瞬く間に埋まってしまう。矢継ぎ早に新しい商品やサービスを企画しなければならないが、企画している間に競合他社が商品、サービスを提供し始めている。 ・MBO(Management by Objectives)では新たな商品やサービスは提供できない。我が社はOKR(Objectives and Key Results)を導入する! ・PDCAサイクルでは間に合わない。変化に対応するためにOODAループを活用する!  この様な声をよく耳にする。経営計画を実現するために、制度や仕組みを変更し、変化に対応していく体制を整えることは重要である。しかし、“経営戦略が下りてくるのを待ち、人事戦略を立てる”では間に合わない。先に記載した通り、長期的な経営戦略はこの様な時代では有り得ず、ビジネス変化に対応するために絶えず経営戦略を練り直さなければならない以上、人事戦略は経営戦略を先読みして作る必要がある。  人事部門に求められるものは、流動的な経営戦略にも対応できる人事戦略を立案することである。 つまり、“戦略は組織に従う”という考え方が非常に重要になってくる。 どちらが鶏でどちらが卵かではなく、人事戦略は経営戦略を実現するために立てられ、経営戦略は人事戦略に基づき立てる必要があると考える。  これからの人事部門の役割は、“経営のパートナー”としての役割が大きくなる。 しかし、企業が人を選ぶ時代は終わり、人が企業を選ぶ時代となった今、 “従業員のパートナー”であることも決して忘れてはならない。

「型破り」と「形無し」の違い | 人材開発

「型破り」と「形無し」の違い

 タイトルの「型破り」と「形無し」の違いを知ったのは、18代目中村勘三郎の言葉からだ。元々は無着成恭(むちゃく せいきょう)という僧侶が、子ども電話相談番組で「型破りと形無しの違いはなんですか?」という質問に対して、型がある人間が型を破ると「型破り」、型がない人間が型を破ったら「形無し」。と回答した内容となる。  歌舞伎の世界、芸事の世界では幼少期のころから徹底的に基礎を叩き込む。おそらく、その弛まぬ習練によって作り上げた基礎があるからこそ、「型破り」は見るものを魅了するのだろう。洗練された「型」の先にしか「型破り」は存在しないのである。  この「型」は人事制度においても存在する。会社1社1社に経営理念があり、事業規模も業種も様々ではあるが、人事制度に共通する点はないのかと問うと、そうではない。  例を挙げると、同業種、事業規模が同等の企業であれば、組織構成は類似し、給与水準は採用競争力の観点から同水準となる。また、社員に求める知識、スキルも同等であることを想定すると、教育体系は相似し、実施しなければならない研修も似るだろう。  では、人事制度の「型」をどの様に構築すればよいのか。それは適切なプロセスに沿って、人事制度を構築することになる。例えば、以下の様なプロセスで行う。 1.現状把握のための多角的な分析の実施 2.分析に基づいた問題・課題の抽出 3.人事制度設計方針及び領域別施策の検討 4.人事制度設計の構築  「ひらめき」や「勘」ではなく、事実に基づき、適切なプロセスに沿って人事制度を検討していくことを推奨する。抽出した問題や課題は企業によって様々ではあるものの、業種、事業規模、現在の人事制度及び人事制度の運用状態などの観点から分析をすると、傾向があることに気が付く。その傾向から方針・施策を検討することで人事制度の「型」に行き着くのである。  人事制度を構築する上でも、この「型」は非常に重要となる。この「型」がなければ、会社の風土や慣習、経営理念に沿ったオリジナリティの高い人事制度を構築しても、それが正しいどうかの判断がつかない。「型」は新旧の人事制度の比較だけでなく、構築した人事制度が正しいか否かを判断するためにも重要な役割を果たすのである。  一方で、他社の人事制度改定の成功事例から、自社に合った人事制度を導入したいと考える企業もあるだろう。インターネットで検索をすれば、他社の成功事例を目にする。オリジナリティに富んだ、様々な人事制度が存在している。ここで注意をしなければならないのは、成功した企業の事例が絶対の正解とはならない点である。成功した企業の事例を後から分析し、成功要因を抽出することは出来ても、再現性があるかどうかに疑問が残る。成功した企業と自社の状況が異なる以上、同じことを実行し、同じ様に成功するとは限らないのではないだろうか。  改めて伝えると、人事制度設計において重要な事は、適切なプロセスを徹底的に実行していくことである。他社の成功事例をそのまま自社に導入する「形無し」人事制度ではなく、現状の問題や課題を改善するための方針、施策に基づいて人事制度の「型」を固めた上で、社員の従業員満足度や勤続意向を向上させるための「型破り」な人事制度を構築していく。  オリジナリティのある人事制度、洗練された人事制度を構築するために、まずは「型」から固めなければならないのである。