「人事制度 」の記事一覧(1 ページ目)|コラム|株式会社トランストラクチャ

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人事制度

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令和維新の年になれるか | 人事制度

令和維新の年になれるか

 現代の人事制度の基礎は明治維新と言われていますが、この明治維新は、西暦1868年(辰年)に始まり、明治天皇が即位して江戸幕府が倒れ、明治政府が発足した日本の歴史的な転換期であったわけです。  人事制度に関しては、この明治維新以降に大きな変化がありました。例えば、前近代的な身分制度からの解放や、新たな近代的な役職や制度の導入などが行われました。これらの変化は、日本の近代化とともに人事制度にも影響を与え、近代的な組織や制度の基礎を築くことになりました。  以降、辰年からどのような出来事があったか気になり整理すると、、、 1916年(辰年)  大正時代に入り、日本は急速な近代化を遂げました。官僚制度や公務員制度の改革が進められ、官僚の選任や昇進に関する基準が見直され、近代的な人事制度が整備されました。 1940年(辰年)  昭和時代に入り、日本は軍国主義の台頭や第二次世界大戦の勃発など、大きな社会変動を経験しました。この時期には、国家の体制や組織が変化し、人事制度もそれに応じて変化しました。 1964年(辰年)  戦後の高度成長期に入り、日本は経済成長を遂げました。この時期には、企業や官庁の組織が拡大し、人事制度も組織内の人材育成やキャリアパスの整備が重視されるようになりました。 1988年(辰年)  バブル経済の到来やグローバル化の進展など、様々な経済・社会の変化が起こりました。これに伴い、企業や官庁の組織が再編され、人事制度は働き方の改革や労働条件の見直しなどが進められました。 2000年(辰年)  バブル経済の崩壊後の経済不況期であり、企業のリストラクチャリングや人員削減が進行しました。多くの企業が人事制度の見直しや労働条件の改善を図り、労働市場の柔軟性の向上や非正規雇用の拡大が進んだ時期でもあります。 2012年(辰年)  リーマン・ショック(2008年)をきっかけとする世界的な金融危機以降、多くの企業が経営環境の厳しさに直面し、人員削減や組織再編が相次ぎました。この時期には、企業の経営戦略や人事制度が大きく変化し、労働市場の不安定化や労働条件の悪化が懸念されました。  これらの過去辰年における社会的・経済的な出来事は、人事制度に影響を与え、企業や組織がその時代の課題やニーズに対応するために制度の改革を行ってきた経緯があります。特に、リストラクチャリングや経営戦略の変化、働き方の見直しや労働市場の変動への対応などが重要なテーマとなってきたのです。  今年2024年は辰年ですが、新型コロナウイルスの世界的な流行によるパンデミック以降、多くの企業がリモートワークやテレワークなどの柔軟な働き方を導入し、働き方の在り方や人事制度が大きく変化してきています。また、経済の不確実性や雇用の不安定化も影響し、労働市場全体のダイナミクスも変わってきています。  社会全体でも多様性と包摂性の重要性が認識される中、企業も多様な人材の活用や包摂的な職場文化の構築に力を入れています。人事制度も、ウエルビーイングと多様性と包摂性を推進するための取り組みを進めていく必要があります。これらの要素が、2024年(辰年)における人事制度の基礎を形成していくでしょうし、企業は、これらの変化に迅速に対応し、より持続可能な人事戦略を構築することが求められています。  今年を明治維新のごとく令和維新の年にできるかどうかは、各企業の変革の本気度にかかっているのです。

「内省の強制」から始める(育成のためのアセスメント②) | スマートアセスメント®

「内省の強制」から始める(育成のためのアセスメント②)

   「管理職の登用審査」に使われるアセスメント(=アセスメントセンター方式)を、「管理職候補者の育成」に使うことを前回提案した。アセスメントの利点である客観的な保有能力判断を用いることで、的確に管理職レディネス(=管理職になる準備ができている状態)の醸成が出来る。管理職手前の早い段階で、管理職能力として何が足りないかがわかれば、その後、個別計画的なOJTやOff-JTを組むことで能力伸長や弱点補強ができるからだ。  例えば、把握された強み弱みを踏まえて、上司が、その部下を管理職にすべく育成計画を組み権限移譲を含むOJTをすればいいし、共通して足りないスキルがあれば研修を組む、といった対象者の弱点の実態に即した効果的で計画的な管理職候補者育成が可能になる。  その際にもっとも大事なことは、まずは、本人が自身のアセスメント結果を「自分事」として腹落ちすることである。「分析力」はわりと良い点とれてるが、「創造力」はぜんぜんだめだな。「人材育成力」はイマイチの点だったな、などとテスト結果に一喜一憂するだけでは、まったく意味がない。自分事としての腹落ちとは、①問題に対して自分がどう答えたからこの評価点になったのだと「理解」し、②たしかに日常業務でもこの点は弱みだなと「納得」し、③是正のためにどう「行動」するかがわかっている、ということである。  この、①理解→②納得→③行動、を本人任せにしないで、きっちりとフィードバックを行うこと。いわば、「内省の強制」のイベントとしてのフィードバックが、アセスメント以降の育成の出発点として必須だと強調しておきたい。  それには、二つの方法がある。ひとつは、アセッサーによる個別フィードバック面談。実際の評定者だから、評点の理由はきわめて具体的に説明できる。加えて対話のなかで、本人の違和感や日常の課題感を聞き、演習行動との関係を意味づけさせることで、結果の腹落ちを促す。つまり、自身の業務の文脈でアセスメント結果を再確認させ、具体行動に結びつけることが、フィードバック面談の目的となる。  もう一つは、受検者集合型のフィードバックセッションだ。こちらは、ワークショップ形式なので個別面談のようなきめ細かさには劣るが、グループダイナミクスならではの「気づき」効果の大きさに優れる。たとえば、インバスケット演習であれば、いくつかの案件について、自身の回答を手元にもって、正解に向けてのグループ討議をする。講師の「この案件では何が問われ、どうすべきだったのか」という解説とともに、他者がどう考えどう行動したかを目の当たりにすることで、自身の不足や課題に如実に気づかされる。仮に、同じ管理職を目指す立場として、どうも自分は劣っていると体感したとしたら、その焦りは、以降の自己啓発の原動力にもなるだろう。  このセッションでは最後に、自己確認した能力課題に対して、以降の改善行動方針を作らせるが、そこでも、共有のなかで他者の方針に触れることで、自身に足りない視点に気づき、方針のブラッシュアップの場となるという効用もある。セッションを通じて、他者との考え方や着眼の違いに直面することが、ときに危機感をもった自己課題への気づきをもたらすわけである。  自分の能力課題は何なのか、それをどう解決するか。その切実な理解と自己啓発の意思がなければ、上司が考える計画的な指導も、きちんとした方法論やスキルの教育も、十分な効果は望めない。いま管理職としてなにが足りていないかが自覚できていて、それをどう解消していくかの意思と方針をもつこと。それが、管理職レディネスを高めるために不可欠な第一歩なのである。   「育成のためのアセスメント」を考えるコラム2回シリーズ。 「管理職レディネスをどう高めるか」(育成のためのアセスメント①)  「内省の強制」から始める(育成のためのアセスメント②)→今回 ※育成のためのアセスメント「スマートアセスメント」はこちら  

辛抱なき若者が未来を照らす | 人事制度

辛抱なき若者が未来を照らす

 配属ガチャという言葉があるそうだ。大学を卒業して首尾よく就職することができても、初任配属は会社の都合、思うようにはいかないものだ、という意味らしい。そして驚くべきことに、初任配属の地域や仕事が思うままにいかなかったとき、4人にひとりが退職を考えるというのだ(※)。せっかく入った会社なのに、あまりに辛抱が欠けてはいまいか。  昭和の時代にサラリーマンとしてのスタートを切った人間にとっては、空いた口が塞がらないタイプの事実だ。ご同輩の読者はどう思われるだろうか。しかしながら、この事実には、「いまどきの若者は・・」で済まされない大きな変化を感じる。    さて、ジョブ型という言葉が流行りだしてから少し時間が経った。積極的にこれを取り入れようとする会社もあれば、話はわかるが当社には合いそうもないから放っておけ、という会社もある。いずれにしても、ジョブ型という言葉の定義にはかなりの幅があるように思える。  ジョブ型の反対の概念をメンバーシップ型と呼ぶことが多い。筆者なりに両者の違いを描写すると次のようになる。まず、メンバーシップ型だ。雇い主は新入社員に、「定年を迎えるまで何があっても君をクビにしないよ、その代わり、会社が命じるままどこへでも行って、何でもやってください。」と言う。新入社員は「はい、どんな場所にも行って、どんな仕事でもやります。その代わり絶対にクビにしないで。」と答える。家族的だが、ちゃんと取引が成り立っている。  ジョブ型はこれと違う。雇い主は新入社員に、「この仕事をこの場所でやってください。他の場所にはいかなくてよい。他の仕事もしなくてよい。その代わり、この仕事が無くなったら君はクビ。成果が出せなかったときも君はクビ。」という。新入社員も、「この場所で、この仕事だけやって成果を上げます。他のことをやらせようとするなら、会社を辞めます。」と言う。とてもビジネスライクに取引が成り立っている。わが国で解雇が難しいことはもちろん承知の上だが・・。  こうした定義が成り立つならば、ジョブ型というのは雇用契約の話をしているのだ。「ジョブディスクリプションを作ってやるべき仕事をはっきりさせましょう」というような、社内の制度やルールの話ではない。先ほどの配属ガチャ問題、会社のほうは「絶対クビにしないよ・・」と例のごとく言うが、新入社員のほうは「・・でも、他の場所で他の仕事をやらせたりしないでね。」と言っているように見える。同床異夢。取引が成り立っていない。    グローバル競争の時代、多くの経営者が、当社の社員には専門性が欠けていると嘆く。一人ひとりの社員がもっともっと高い専門性を持って仕事に臨まないと競争に勝てない、と。専門性を研ぎ澄まそうとするなら、なんでも屋のメンバーシップ型ゼネラリストではなく、ジョブ型の精鋭専門職を採り育てるべきだろう。わが国も、段階的であるにせよジョブ型雇用の道を進んでいかざるを得ないのかも知れない。だとすると、配属ガチャで辞めてしまう新入社員の決断こそ、わが国の雇用が進むべき道を指し示している、ということにならないか。  不本意配属で、若者は会社を辞めるのだ。多くの会社が喉から手が出るほどに欲する理工系、特に情報系の若者も、配属ガチャを理由に辞めてしまうのだ。ならば、先に職種とエリアを約束し、それを長期間守っていかざるを得ないだろう。あとは、いかにして「その代わり・・」のところを描くかだ。取引を成り立たせるためにどうしたらいいのか。    がんばれ、新入社員。きみたちは自分のやりたい仕事を鮮明に思い描き、高度専門家の志を貫徹すべきだ。そして、それを実現するために必要なら、異動の無い働き方を求めてよい。どうしても叶わないなら、そんな就職は蹴飛ばしてしまえ。社会は甘くないから、「その代わり・・」が待っているかも知れない。でも勇気を持って前に進もう。君たちの決断は、わが国の未来を照らしているかも知れないのだから。   ※出所:「入社後の配属先に関する意向(不安・期待度)調査」キャリアチケットProduced by Leverages(2024年4月2日)

大谷翔平はいない。でも勝ち筋はある───自社に必要な人事戦略 | 人事制度

大谷翔平はいない。でも勝ち筋はある───自社に必要な人事戦略

大谷翔平のような存在がいれば、チームの戦い方は一気に広がる。投げても打っても結果を出せるスター選手がいれば、監督は思い切った作戦を組むことができる。 けれど、現実にはそんな選手がいないチームが圧倒的に多い。だからといって勝てないわけではない。 むしろ、自分たちの選手をどう生かすかを工夫することで、そのチームならではの勝ち筋をつくることができる。 名将の戦術をそのまま真似してもうまくいかないのは、自分たちに合ったやり方を考える必要があるからだ。サッカーでも野球でも、同じフォーメーションや作戦は別のチームでは機能しない。 結局のところ、勝ち筋はチームごとに異なる。企業経営も同じだ。他社を真似たスローガンや人事制度を持ってきても成果が出ないのは、「自社の勝ち筋=固有解」が他社とは違うからだ。 だからこそ、まず現状を診断する必要がある。 目の前に見えている現象に振り回されず、なぜその問題が自社で起きているのかを分析する。そして「全部やる」ではなく、「この課題に集中する」と決める。 これが固有解を見つけるプロセスだ。固有解とは、経営成果や競争優位に直結する人事課題を見つけ出し、そこに人やお金といった経営資源を集中的に投下することである。 よくある誤りは、「立派な理念の言葉」や「短期の数字目標」から制度をつくってしまうことだ。 制度を整えても社員の行動が変わらなければ成果にはつながらない。 重要なのは「何を変えるのか」を見極めることだ。経営課題の中には「放置すれば会社の存続に関わるもの」と「成長のブレーキになっているもの」が混在している。 その中から本当に取り組むべき課題を選び出し、今の会社の体力で現実的に解決できるかどうかを見極める。ここに限られたリソースを戦略的に集中させることが求められる。 押さえるべきポイントは明確だ。課題は必ず原因まで掘り下げること。全員を平等に扱うのではなく、会社の成長に直結する層や行動を選んで投資すること。 制度改定には必ず抵抗が起きる。だが、それは変化が本物である証拠だ。恐れる必要はない。 経営が「ここに集中する」と腹をくくって旗を振り、幹部や現場の管理職がそれを自分の言葉で社員に伝える。 この両方がそろって初めて変革は動き出す。 そして制度は必ず硬直化する。だからこそ有効期限を設け、定期的に見直すことが不可欠だ。 人事制度はあくまで手段にすぎない。 価値があるのは「何のためにつくり、どんな行動を生み出すか」である。完全な正解は存在しない。矛盾や摩擦を抱えながらも、比較的うまく運用していくことが現実的な理想だ。 企業が成長するために必要なのは、自社に合った固有解を見つけ、それを人事制度に落とし込み、社員の行動を経営目標に結びつけること。それこそが他社には真似できない競争優位を築き、成長を続けるための人事戦略である。 自社にだからこそできるのは、大企業にはないスピード感と柔軟さで制度を見直し、自社に合った勝ち筋を磨き続けることだ。

その転勤、必要ですか? | 人事制度

その転勤、必要ですか?

 転居を伴う転勤に抵抗感をもつ人が増えている。  エン・ジャパン株式会社の「転勤」に関する意識調査(2024)※によると、69%が「転勤は退職のキッカケになる」と回答しており、転勤を拒否する理由は「配偶者の転居が難しいから」が一番に挙がっている。その次に、「持ち家があるから」「子育てがしづらいから」が続いている模様だ。  今も昔も、転勤の基本的な考え方は、会社が主導して社員の配置転換を行うものだ。転勤を拒否すれば解雇事由となるのは、多数の企業の就業規則に明記されているところだろう。このように会社が強力な人事権を持つ背景には、日本型雇用の特徴である「終身雇用」「年功序列」とそれに伴う給与の引上げがセットになっていたためであり、労使双方でメリットがあったから成立していたとも言える。  しかし、転職が珍しくもなくなり、共働き世帯が大多数となった現在となっては、転勤の目的の重みと、その負担に即した処遇の大きさを再整理し、再び労使双方が合意できるポイントを探るのが急務となっている。 転勤の目的とは何か  そもそも、なぜ転勤が必要なのか、目的を整理したい。第一に挙がるのは欠員補充だ。定期的な転勤であれ随時の転勤であれ、ポストの欠員が出た場合に社外ではなく社内から素早く人材を補充できるのは、経営管理の視点で極めて効率的である。一方、社員視点ではどうだろうか。いつ自分に転勤の声がかかるか分からない不安定な働き方の中では、当然に将来の生活設計の見通しを立てづらくなる。欠員補充とだけ言われては本人のモチベーションもそうは上がらないだろう。このような目的の重みと本人負担を考えると、それ相応の処遇が求められてくる。具体的には、総合職手当といった「転勤を前提とした働き方の不安定さ」に報いる報酬であるが、少なくとも転勤がない社員と比べて5%~15%程度の給与水準の差がないと転勤待ちする側の納得感は得にくいだろう。  次によくある目的として挙がるのが人材育成だ。将来の経営人材候補や管理職を育てるために様々な事業所で経験を積ませるという企業は多い。人材の入れ替えが事業の成長要因になる企業もあるだろう。経営管理の視点で言えば、後継者育成や重要ポストの維持など、企業の継続性を保つ重要な目的である。社員視点で言ってもキャリアアップとそれに伴う処遇アップに繋がるので、転居に伴う生活上の負担は小さくはないものの、処遇が伴えば転勤に関する抵抗感も少なくなる(上述の調査結果でも、転勤を「条件付きで承諾する」と回答したうち、72%が「家賃補助や手当が出る」45%が「昇進・昇給がともなう」と回答している)。このような目的と本人負担を考えると、転勤先で帯びる職務職責に応じた報酬に加え、会社から本人への期待感の表れとして転勤一時金を支給することも一案だ。現に、最近のニュースでは大手銀行などで引っ越しの支度金などの転勤一時金を拡充する動きもある。その他の事例としては、転勤後の一定期間で「転勤手当」を固定的に月額で支給するものもあるが、赴任後のいつまでを転勤とみなすのかなど考え方の整理が難しく、各企業の個別事情によって運用は異なる。 転勤する人の社内的価値に“差”をつけられるか  さて、ここで大きな課題が残る。その会社における転勤の目的の重みと、社員本人の負担を整理した次に考えなければならないのは、転勤する人の社内的価値に対して、どのくらいのキャリアや報酬を用意するか、だ。転勤しない人の処遇が転勤する人に比べて見劣りすると、「不公平感が出る」「優秀な人材が取れなくなる」などの意見がよくある。そこで、両者のキャリアや給与の差を小さくしてしまうと、差がないなら当然「転勤しない方がラク」なのだから、転勤する人の抵抗感が大きくなる。転勤することがどれだけその企業にとって重要で価値があることなのか、差をつけることで社員にメッセージすることが重要なのだ。 企業起点で考える  転勤の社内的価値は、その企業における経営方針や事業の成長要因、人事管理の方針など、様々な経営上の文脈に依存する。例えば、毎年大量の新卒採用を行っている企業で、随時出てくる期中の欠員補充をわずかにするのみであれば、社外からの補充で事足りるため転勤を無くすという考え方もあるだろう。また、未来の経営人材を社内で育てねばならない企業で、限られた優秀人材に相応のキャリアと報酬を与える必要性が高いならば、等級・キャリアパス設計の中に転勤制度もしっかり組み込んで、戦略的に人材タイプを区別していくのがしっくりくる。最も良くないのは、転勤の位置づけが曖昧で処遇の納得感が少ないために、経営計画や事業運営にとって必要な配置転換がやりづらくなってしまうことだ。  転勤に抵抗感のある人が多い社会情勢である。人手不足で採用競争も熾烈だ。しかし、労働市場の情勢に翻弄されて誰の得にもならないような転勤制度にはして欲しくない。会社として転勤をどう捉えるか、企業起点で考えることから始めたい。 ※出所:「転勤」に関する意識調査(2024)―『エンゲージ』ユーザーアンケート―69%が「転勤は退職のキッカケになる」と回答。 年代が低いほど、転勤への抵抗感が大きくなる傾向に。 | エン・ジャパン(en Japan) (en-japan.com)

「ヤノマミ族に人事制度はあるのか?」            ―文化人類学が教える、“制度より強いもの”の話 | 人事制度

「ヤノマミ族に人事制度はあるのか?」            ―文化人類学が教える、“制度より強いもの”の話

「ヤノマミ族に人事制度はあるのか?」 そう問われると、多くの人は「あるわけないだろう」と思うかもしれない。評価シートも等級もない。給与テーブルなんて、森のどこも探しても見つからない。 だが、文化人類学の目で見れば、彼らにもちゃんと「役割」と「格」がある。狩猟が得意な者は獲物をもたらす者としての敬意を受け、長老の言葉は自然と集落に影響力をもたらす。 明文化はされていないが、誰がどこに座るか、誰が口を開くか、すべて「見えないルール」に支配されている。 組織にもこの「見えない制度」がある。それを、われわれは「組織文化」と呼ぶ。 制度が正しく設計されていても、なぜかうまく機能しない。 評価制度を刷新しても、「結局、声の大きい人が昇格するよね」という空気があれば、どんな制度も張りぼてに終わる。 それは制度の問題ではない。文化に飲み込まれているのだ。 制度とは「骨格」だが、文化は「血流」のようなもの。 どんなに立派な骨格でも、血が通っていなければ動かない。 しかも、やっかいなことにこの文化は「制度より古く」「制度より根強く」「制度より見えない」。 つまり、人事担当者にとって、最も手強い敵であり、最も心強い味方にもなる。 文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースは、部族社会を「構造」の視点で読み解いた。 彼が見抜いたのは、「人間の集団には、制度がなくても“秩序”が生まれる」ということ。 この秩序こそが、“文化”だ。 では、企業における「文化の秩序」とは何か。 ・部下が“正論”より“上司の顔色”を読む職場 ・「制度はあるけど、みんな空気で昇進が決まる」組織 ・「自由な発言を歓迎します」と言いながら、提案すると煙たがられる会議体 これらはすべて、「制度」と「文化」の不一致から生じる「文化的ノイズ」だ。 人事制度は設計できる。だが文化は設計できない。 だから、制度を文化に「なじませる」しかない。 例えば、評価制度を導入するときには、制度説明会よりも先に、「なぜこの制度ができたか」という物語を語る必要がある。 異動ルール(配置転換・ジョブローテーションなど)を変えるなら、まずは身近な成功体験を可視化することが大事だ。 つまり、制度は「論理」でつくるが、文化は「感情」で染み込ませるものなのだ。 企業とは、ある意味「都市化された部族」である。 その組織に制度を導入するとは、近代化のプロセスに他ならない。 だが、それが機能するかどうかは、文化という見えない力をどう扱うかにかかっている。 人事は「設計者」である前に、文化の「翻訳者」でもある。 制度をつくるたび、私たちは「見えない部族の掟」と向き合っているのかもしれない。   ※ヤノマミ族:ブラジルとベネズエラにまたがるアマゾンの熱帯雨林に住む先住民族      

その賃上げ、意味ありますか | 人事制度

その賃上げ、意味ありますか

 経団連が発表した大手企業の2024年春闘の回答・妥結状況によると、月例賃金の引上げ率は5.58%(19,480円)と、2023年の3.88%(13,122円)を大きく上回っており、高い水準となっている。  賃金の引き上げは、従業員のモチベーション向上や離職率の低下につながる一方で、企業にとってはコスト増、特に固定費が増加するため、慎重に検討する必要がある。  そこで、月例賃金の引上げを行った2社の例から、その効果について考えたい。A社は、階層ごとに一定の賃上げを行った。一方、B社は、基本給が低い層の賃上げ幅を大きくし、基本給が高くなるにつれ、賃上げ率を低くする改定を行った。    賃金引き上げの意義や効果を考えてみると、以下の3点が考えられる。 従業員のモチベーション向上  報酬に対する満足感が高まり、仕事への取り組み方や成果に対する積極的で高いモチベーションを持つことができる。そのため、従業員の仕事への熱意やパフォーマンスが向上し、結果的に企業の業績向上につながると期待できる。 優秀な人材の確保と定着  賃金が競争力のある水準で維持されることで、優秀な人材を企業に引き留めることが可能となり、従業員の定着率を高め、長期的な競争力を獲得することが期待できる。 従業員の経済的な安定  賃金水準が向上することで、従業員は安定した生活を送ることができ、経済的な安定感が得られるため、ストレスやプレッシャーが軽減され、仕事への専念度も高まることが期待できる。    さて、A社とB社の事例では、この3つの効果が期待できるだろうか。  A社は階層に関わらず全社員の基本給を一律で引上げ、B社は若手層をターゲットとした基本給の引上げを行った。いずれの場合も非管理職層を重点に賃金の引き上げを行っているが、大きく異なる点は、B社は等級や号俸による引き上げ額に傾斜をつけることによって、会社全体の賃金幅を縮小したことである。  これらの違いは、両社の賃金改定に至る経緯の違いに起因していると思われる。A社は、社員の年収を大幅にアップすることを具現化した制度改定であることに対し、B社は、厳しい採用環境への対応と若手の離職防止に主眼を置いた改定を行っている。  そのため、A社の場合だと、全社員に対して万遍なく、賃上げの効果が期待できる。B社の場合では、若年層には大きな効果が期待できる一方で、中堅~管理職層では、現状よりは、賃金が増えているにも関わらず、制度改定に対する不公平感を感じてしまい、将来の昇給期待が持ちにくくなってしまう恐れがある。  賃上げは、決してメリットばかりではない。人件費は増加しているのにデモチベーションになる恐れや、公平性を重視するあまり、従業員が賃金上昇を実感できず、ほとんど効果がなかったということに陥ってはいないだろうか。  どのような効果を期待して、限られた賃金引上げ原資を配分するか、人事・経営に携わる者の腕の見せどころではないだろうか。    

組織文化こそが、企業の“実行力”を決める | 人事制度

組織文化こそが、企業の“実行力”を決める

いま、多くの経営者や人事責任者が直面しているのは、「制度は変えたのに、行動が変わらない」という現実だ。理念を掲げ、人事制度を改定し、変革の旗を立てても、社員の行動が旧来のままでは成果は出ない。合理的には正しいのに実行が伴わない──その背景には、往々にして「組織文化」という見えない壁がある。 戦略がコモディティ化した時代、企業の差は“実行力”で決まる。短期的にはポジショニングや施策で優位を築けても、中長期的には実行力の強さが持続的な競争力となる。その実行力の源泉こそが、組織文化である。 モチベーションを高めるスローガンやキャッチコピーではなく、社員一人ひとりの心理の奥底に根づき、行動を生み出す“心理的エンジン”としての文化が、組織能力を競争優位へと高める鍵となる。 文化は、単なる「雰囲気」や「仲の良さ」ではない。シャインが示したように、それは組織の伝統や経験が刷り込まれ、儀式やシンボルを通じて共有され、最終的に社員の“無意識の前提”となるものである。 強い文化を持つ組織は、外部から見ても独自の個性が際立っている。一方、どこにでもあるような働き方が自然に行われているなら、その文化は弱い。強い文化ほど、社員にとって「当たり前」となり、もはや意識に上らない。だからこそ、社外の第三者からどう見えるかを診断することが重要だ。 よく混同される「組織風土」との違いも押さえておきたい。風土は、組織の心理的な基盤──活気がある、閉鎖的であるなど、良し悪しで語られる“土壌”である。 一方、文化はその上に根づいた価値観や行動様式であり、「良し悪し」ではなく「その会社らしさ」を形づくるものだ。風土が土壌なら、文化はそこに刻まれた“行動のDNA”に近い。 経営変革や人事制度の改定が機能しないケースでは、この文化の存在を軽視していることが多い。どんな施策も、最終的には「社員一人ひとりの行動が変わるかどうか」に行き着く。 だが、今の文化を診断せずに制度だけを変えれば、「言っていることは合理的だが、動かない」という現象が起こる。 まさに「仏作って魂入れず」だ。最も見落とされがちなのは、組織の最小単位である“上司と部下の関係性”である。そこに根づく行動の型こそが、組織文化そのものであり、行動変容の起点となる。 文化を変えるには、まず「現状の文化が何を是としているか」を把握し、そのうえで「変革後にどんな文化を浸透させたいのか」を描く必要がある。強い文化を持つ組織ほど抵抗も強い。 したがって、制度や施策を変えるのと同時に、文化をどう変化させるのかをマネジメントする必要がある。抵抗は必ず生じるため、変化を意図的に起こし、抵抗を最小限に抑え、社員の行動変容を導くことが有効である。 文化は、毎日の行動の積み重ねによってしか変わらない。キャッチフレーズを飾るより、社員が“自然にとる行動”が変わったとき、文化は動き出す。そして、その変化が実行力となって、企業を強くしていく。   出典:「エドガー・シャイン『組織文化とリーダーシップ』(原著タイトル: Organizational Culture and Leadership)」  

従業員満足度の真実 | 調査・診断(組織分析)

従業員満足度の真実

 人的資本開示における代表的な項目である従業員満足度は、企業価値向上のための重要な指標の一つとされています。経営者も人事部も、企業価値向上のための一つの重要な指標としてとらえ、従業員満足度向上を目指していることでしょう。  従業員満足度が高いことが企業経営にもたらすメリットは多岐にわたります。仕事に対してのモチベーションが高ければ、効率的に働く傾向があり、生産性の向上が見込めます。顧客満足度の高さにも影響を与え、リピート率を上げることに繋がれば業績も上がります。また、満足度の高い従業員が多くいることで職場の雰囲気もよく、チームワークが強化される可能性も高いです。その先には、心理的安全性が確保された職場において安心して意見を言える環境が整い、新しいアイデアを出し合い創造性やイノベーションの促進にも繋がる可能性も高くなります。そのほかにも、離職率の低下やウェルビーイングの実現にもつながり、企業にとってはいいことずくめです。    それゆえに、従業員満足度が高い=望ましい人事施策が講じられている会社である、ととらえるのが一般的でしょう。  しかし、現実はそんなに単純なものではありません。経営計画を達成するための人事制度改革が、逆に従業員満足度を下げることもあります。  例えば、超高齢化している会社が若手の確保や成長を重視した施策を講じるとともに、高齢層の処遇を適正化することで従業員満足度が低下することがあります。早期定年制を導入し、高齢層の退職を促すと、特に高齢層からの不満が増加します。選挙と同じで票をもっているのは高年齢層が多いので、従業員満足度は大きく下がり得るでしょう。 また、実力主義を導入することで、ハイパフォーマーは満足度が上がりますが、アベレージパフォーマーやローパフォーマーは不満を抱く可能性があります。実力主義に大きく舵をきればきるほど、会社として投資対象にしたい人とそうではない人に歴然とした差が生まれるので、そこから漏れる人は不満をもちます。2:6:2の理論でいえば、半分以上の人が不満に転じる可能性があります。    従業員満足度は、冒頭に記載したとおり、重要な指標であることは確かです。従業員満足度が常に高い状態が続いている場合、企業が必要な改革を怠っている可能性もありえます。重要なのは、満足度の高低ではなく、経営計画を達成するための人事施策をしっかりと講じて、組織に浸透させていくことです。実力主義を導入して、ローパフォーマーが厳しさを感じていなければ、運用がうまくいっていないのではないかと疑わなくてはなりません。人事施策を講じたら、どの層にどのような影響が出て然るべきかの予測を立て、継続的に調査を行い、適宜調整を加えていくことが不可欠です。    企業が真に持続的成長を遂げるためには、従業員満足度を適切に管理しながら(単に高いことだけを目指すのではなく)、柔軟かつ迅速に改革を進める姿勢が求められます。これこそが、変動する市場環境においても競争力を維持し続けるためのキーポイントです。

「日本庭園と組織構造」                   ―石の位置を変えると、すべてが変わる話 | 人事制度

「日本庭園と組織構造」                   ―石の位置を変えると、すべてが変わる話

京都・龍安寺の石庭には、15個の石が一度にすべて見えないように配置されているという。 どこから見ても、必ず一つの石が「見えない」。 だがそれが逆に、庭に「奥行き」と「想像」を生む。そこに日本庭園の深さがある。 これは、組織構造にも似ている。 人事制度や組織設計を考えるとき、つい「完全な構造」「欠けのない制度」を目指したくなる。 でも、本当に人が活きる組織には、どこか「見えない石」がある。 すべてが説明できるわけではないが、なぜかうまく機能する。 そういう「余白」こそが、組織に深みと呼吸を与えるのではないだろうか。   人事の仕事をしていると、構造設計に対する「誤解」によく出会う。 「要員を増やしたら回るでしょ」 「とりあえずポジションをつくろう」 「課長が多すぎるから減らせばいい」 これらは部屋の間取りだけで家の快適さを決めようとするようなものだ。本当に大事なのは、 「どこに」「どんな人を」「どう配置するか」。 つまり、石庭でいえば「石をどこに置くか」である。   庭園の美しさは、石の個数ではなく、「石と石の間にある空間」で決まる。 それは組織でも同じだ。 例えば―― ・優秀な部下を、上司が「活かしきれない」構造 ・部門間に「壁」がある構造 ・中堅社員が「漂流」する構造 これはすべて、「配置の失敗」だ。 どれも石そのものではなく、「置き方」の問題である。 逆に、全体が生き生きと動く組織は、「余白」がある。 役職に意味があり、立ち位置に物語があり、個のスキルに応じた「置かれ方」がある。 それはまるで、絶妙な間隔で置かれた庭の石のようだ。   そして、もう一つ忘れてはならないのが「視点」だ。 庭をどう見るかは、立つ場所によって変わる。 同じ配置でも、視座が変われば、石の意味も変わる。 組織でも、上層部から見た構造と、現場社員から見た構造は別物だ。 役割や階層を「機能」として配置したつもりでも、現場から見れば「障壁」になっていることもある。 だからこそ、人事の仕事には「複数の視座」が欠かせない。   私たちはしばしば「人が足りない」という声を聞く。 だが、それは「石が足りない」問題ではなく、「石をどう置くか」の問題かもしれない。 一人ひとりの社員は、石そのもの。動かせば、見える景色が変わる。 構造改革とは、「石の総入れ替え」ではない。 一つの石を3センチずらすことで、全体の見え方が変わることがある。 それが人事の「設計力」だ。 人をただ「足す」のではなく、「活かす」。 その視点を持てるかどうかで、組織の風景はまるで違うものになる。 そして何より、人をどう配置するかは、単なるオペレーションではない。 その人をどう活かしたいかという、組織の意思の現れでもある。   石は、ただ置かれているのではない。 そこには、誰かの「意思」が宿っている。 だからこそ、組織設計には、美学と哲学が必要なのだ。 人をどう置くか。それは、人をどう見ているか、の表明でもある。  

江戸時代からあった?人的資本経営の本質とは | 人事制度

江戸時代からあった?人的資本経営の本質とは

 ここ数年で「人的資本経営」に関する話題が一気に増えた。人件費をコストではなく資本として考え直そう。だから財産である「人財にもっと投資をしよう」というのが大きな話の流れだ。    日本では失われた30年間で業績低迷に対するコストカットの一つとして、人件費をどうやってコントロールして余分な部分をカットするかに多くの企業が腐心していた時期が確かにあった。その意味では揺り動かしとして、人件費をコストではなく、資本として捉え直して、人件費に、正確に言えば人に投資をしようという動向は前向きな印象として捉えている人が多いと感じる。    ただ、違和感を覚えている人も同じように居ると感じる。違和感と言うのは、「人に投資するのは当たり前なのではないか、昔からやっていたぞ」と言う、経営や人事を真剣に考えてきた人達の感覚ではないだろうか。  実は江戸時代から日本では人を公共財として考えていたとされている。誰かが所有するのではなく、社会の財産として人を育て、社会に還元する考え方だ。当然、今より過酷な労働環境だったし、キレイ事で片付かない話も多々ある。それでも私はこの考え方が好きだ。人を財産と考えるときに古くは江戸時代からこのような考え方が日本にあったことに誇りを感じる。  だからこそ、日本では世界でも類をみない新卒採用という仕組みがあるのだと感じる。企業に対して戦力としてほとんど貢献出来ない新入社員を雇って、生活の安定を支援し、独り立ち出来るように様々なケアをし、大切に大切に育て上げる新卒採用の仕組みは、まさに人に対して投資を行い続けてきた日本企業の姿ではないだろうか。新卒採用は一例だが日本企業は従来より人を財産として、人的資本経営を実践してきたと言える。    もう一度、ここ数年の人的資本経営の動向を改めて考えてみると、議論の多くは「数値化」だと感じている。研修時間、退職率などの人的資本経営を客観的に「数値化」するための尺度の整備に議論が多く行われている。これ自体は否定するものではなく、とても重要だ。財務分野と人事分野での大きな違いの一つとしてよく言われるのが、財務分野は日本国内はもちろんグローバルスタンダードで「数値化」して「判断する」尺度が整えられているが人事分野ではそれが無いということだ。この人事分野の尺度を社会全体で整備しようとしているというのが現在の動向ではないだろうか。  もちろん、この動向に自社も参加することは重要ではあるが、人財を大切にする企業として最も大切なことは、自社にとって何が「人財を増やしていく上で重要かということを把握する」ことだ。    この把握は、世の中の動向と合わせるより、自社の文化や今いる社員などをもとに、模索しながら尺度・軸を自社で独自に創りあげていく形になるだろう。尺度・軸を創り上げていくためには合理で把握した部分、経営感覚としての直観を結び付けて創り上げていく形になる。合理と経営感覚の結びつきが強ければ強いほど、自社にとって「芯を食った」人財基盤強化の尺度(KPI)になる。グローバルスタンダードでは無いかも知れないし、自社以外の人には伝わらないかも知れない、きっと他社とは比較できない尺度や軸になるだろう。だからこそ自社が成長するための本質がここにある。   日本企業は「人を大切にして投資しよう」は既にやっている。今やるべきことは、自社にとって何が人財基盤を強化する尺度になるのかを改めて把握し、創り上げて強化することだ。日本が古来より大切にしてきた人的資本経営を強化する本質はここにある。   以上

経営者が「人的資本経営」に体重を乗せるには? | 人事制度

経営者が「人的資本経営」に体重を乗せるには?

 私が相談を受けた、ある中堅企業の経営者と人事担当者の話です。 <経営者>  ここ数年、専門部署を設置する等DXに注力している。DX推進を意思決定した背景は生産性向上収益につながると認識しているからである。他方、人的資本経営の開示においては課題項目になりそうな女性管理職を今後は増やすよう指示している。人的資本経営とは言うものの物価高騰の中で賃上げも実施せざるを得ない状況で、人にかけるコストは極力抑えたいのが本音だ。 <人事担当者>  経営者は「DX推進だ!」と言っているが実際はクラウドシステム導入であり、変革(トランスフォーメーション)は全く行われておらず社内では「D推進」と揶揄されている。一方で人事には時間も予算も増やす予定はない。社内では若年層の離職率が高まり閉塞感が漂っている。人事としては「人的資本経営」の時流に乗って人への投資も重要だと認識してもらいたいが経営者には伝わらない。  このギャップをどうすれば良いだろうか・・。  上記のような相談が経営者や人事担当者から寄せられることは少なくありません。  これまでの失われた30年では人件費は最大のコストとして削減対象である、と捉える経営者が少なくない一方で、人事側は労働人口の減少傾向、採用市場の獲得競争激化、必要人材像の変化など外部・内部環境の変化により人事戦略の在り方について危機感を募らせています。  このギャップの論点は「人的資本経営」の意図をどのように理解しているか、であると考えられます。単年を切り取った開示KPIのみ捉えると前述の経営者のような発想に陥ってしまいますが、本質を考えることで対応も変わってきます。  人的資本経営の効用は旧来より立証されてきています。有名なものは1994年にハーバードビジネススクールのJ・L・ヘスケットらにて提唱された「サービスプロフィットチェーン」(以下SPC)です。  SPCを要約すると従業員のロイヤルティを高めることで、サービス品質の向上や顧客のロイヤルティ向上、収益性の向上につながり、そこで得た利益を従業員に還元することで更に従業員のロイヤルティが高まるという好循環を生む、という概念です。  広く取り入れられている概念ですが、重要なことは短期視点で手法だけを取り入れても自社と整合しなければ借り物の施策で終わってしまうことです。自社のありたい姿を実現するための戦略と必要な人材に沿った施策、その答えは自社内にあり、それを経営者に進言することが人事担当に求められているのではないでしょうか。 その為には人材を「資源・コスト」として捉える目と「資本・投資」対象と捉える目の両目で見つつ、更に「どこに」「何を」「どのように」「どの程度」投資するかの判断軸を磨き続かなければなりません。今こそ改めてSPCの概念に立ち返り、人的資本経営という共通言語のもと、人事が経営者の良きパートナーとなっていただければ幸いです。