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人事制度

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ノーレイティングの時代は来るか | モチベーションサーベイ

ノーレイティングの時代は来るか

 先日、アメリカ企業に20年勤めていた知人が日本に戻り、日本企業に転職した際に人事評価にまだMBOを使用していることにびっくりしたという話を聞きました。  このMBO(Management by Objectives and Self Control)は、アメリカの経営学者ピーター・ドラッカーによって提唱され、日本に上陸したのは意外と古く1960~70年代と言われています。その後1990年代から多くの企業で導入され現在も広く使用されていますので、もう30年程度使用されていることになります。また現在、日本で導入されているコンピテンシー評価もアメリカ発祥の手法です。  これは人事評価やパフォーマンス評価の一環として使用され、社員の強みや改善のポイントを特定し、組織全体の目標達成に貢献するために役立つものとして使用されています。  前出の知人によると、アメリカでは人事評価そのものが廃止されていて、それは2010年頃からの動きとのこと。それまでは、社員個々の成果(業績)に基づき、事実ベースで評価を行い、結果に報酬を結びつけるというものが主流でした。ただ、現在の業務遂行においては多種多様なスキルが必要なことや、目に見える成果(業績)だけで判断することが難しくなってきたことが挙げられ、人事評価を撤廃する動きが急となったそうです。  人事評価を撤廃?と聞くと人事評価を行うことをやめたのかと思う方もいるかもしれませんが、人材や企業の成長を促すうえで、評価を行うこと自体をやめることはできません。人事評価をやめるというのは、人材に点数やランク付けをやめるということです。  本来、人事評価は社員のモチベーションを上げ、成長意欲や会社への貢献度を上げていくための人材育成ツールであるにもかかわらず、評価点数やランクが思ったより低く、逆にモチベーション低下を招いてしまったなんてことがあるのです。    そこで、アメリカでは「ノーレイティング」という手法に切り替えた企業が多く、GoogleやMicrosoft、Adobeをはじめ、有名な大手企業も取り入れています。  ノーレイティングは点数で評価を行うのではなく、目標に至るまでの行動内容、どのように目標を達成したのか、目標の見直しは行われたのかといったことも含め「面談」をこまめに行うことで人事評価を行います。また、ノーレイティングは行動改善なども評価の対象とするため、チームのコミュニケーションが取れ、改善するべき点が浮かび上がりやすくなります。また、業務遂行中にフィードバックなどを行うことにより、年度末にまとめて行っていた評価者の負担も軽減といったメリットもあります。  ここまでの流れでいうと、日本にはアメリカの人事評価の手法を取り入れる傾向が顕著で、今後日本でも人事評価がなくなっていくのかと思うかもしれません。しかし、今の日本で人事評価をすぐに撤廃することは難しいでしょう。日本では、アメリカですでに多くの企業が行っているタレントマネジメントが浸透しきっていないことが挙げられます。  日本企業は伝統的な組織文化を持っており、ヒエラルキーが強調され、社員のスキルや成果を評価するといった文化があります。このような文化では、タレントマネジメントが十分に評価されず、個人の成長と適材適所の配置に焦点を当てるのが難しいのです。  ノーレイティングは、数値評価や従来の評価スケールに頼らず、社員の個々の成長と発展に焦点を当てます。タレントマネジメントは、社員のスキルやキャリアの目標を明確にし、それを支援するためのプランを策定するプロセスです。これを組み合わせることで、社員の成長をより効果的に促進できるのです。  タレントマネジメントを導入するには、社内の現場や部門・部署を超えての連携が不可欠となります。そのため、タレントマネジメントが行き届いてからでないと人事評価を廃止・簡易化するのは難しいのではないでしょうか。  ただ、日本でもグローバルなビジネス環境の変化や若年層の価値観の変化により、タレントマネジメントの重要性が認識されつつあり、いくつかの企業では取り組みが進んでいます。何年後かには導入が進み、タレントマネジメントが当たり前の企業が増え、ノーレイティングを前向きに導入する時代が来るのかもしれません。 以上

人的資本経営と人事の反省会 | 調査・診断

人的資本経営と人事の反省会

 「人的資本経営」は、ここ数年人事の世界においては最も注目されている言葉の一つである。2020年に出された経済産業省 の 「人材版伊藤 レポート 」 、2022年に政府が「人的資本可視化指針」の中で、人的資本の開示項目を示していることなどの 影響 もあって、近年急速に議論が進み、経営課題として議論されるようになっている。 近年急速に発展した議論ではあるが、長らく人事の世界に身を置いていると、実はそれほど目新しい考え方ではない。人材を資源としてみるのではなく、資本として捉えるという概念整理には新鮮さを感じつつも、経営における人事の機能は今も昔も変わらないし、経営計画を実現するために極めて重要であることも変わらない。昔から我々は多くの企業と経営と人事の連動性や経営計画を実現できる人事管理を目指して議論をしてきたことを考えると、人的資本という言葉に代わったところで目指している姿にそう大きな差を感じていない。(もちろん様々な発展はあるが)また、多くの日本企業は長期雇用を前提とし、「企業は人なり」といって、人材を大切にし、長期的に人材を育成してきた。「投資」という言葉は使わないものの、人を育て、短期・中長期の観点から会社を発展につなげていくことの重要性は経営者であれば皆考えてきていることだろう。「無形資産」とはあえて言わないが、そう考えてきた人も多いはずだ。  だとすると、今も昔も変わらず、目指している人事のありようがあるが、そこに到達していない原因を認識しておく必要があるだろう。  そもそも、人事の世界はあるべき姿が曖昧で議論がしづらいと言われてきた。「人」に対する施策の効果測定は難しい。「人」に関する情報が可視化されていないので、人事について議論しようとしても同じ情報量で話をすることも難しく、議論がかみ合いづらい。故に経営と人事が連動しているかもわかりづらく、どう経営として実のある議論となっているのか自信も持てず、もやもやする。結果として、経営の議論として人事は後回しにされやすいのではないかと思う。また、仮に議論していたとしても経営目標達成のための人事全体としての大局的な議論ではなく、個別性の高い、ないしは個別課題に対する局所的議論であったりして、経営に資する人事という観点では本質的ではなかったりすることもあるのではないか。もっと個別に考えてみたらいろいろ出てくるだろう。人事基盤の設計の問題か運用の問題か。様々な施策の効果が測定できないからか。それとも人事機能の経営上の重要性を軽視していた、というスタンスの問題か。振り返っていただきたい。多くの企業が経営目標達成には、「変革人材が必要だ」「自律型人材は必要だ」といって人事基盤を整備して10年以上たつが、なぜ企業に変革がおきなかったのか。。  つまりは、「人的資本」という新しい概念が立ち上がったところで、議論の本質は変わらないし、また人事の領域の議論の難しさも変らない。よって、人的資本の観点で一生懸命議論しても、これからも目指している人事のありように到達しないかもしれない、ということだ。昔から人事が重要な機能であるということをわかりながらも、うまく経営と連動させることができなかったということに対して、まずはしっかり向き合う、ということが必要なのではないだろうか。  経営として人事について活発に議論されるようになったのは、人事としては好機である。伊藤レポートが「人事・人材変革を起こすのに、資本市場の力を借りようと試みた。」ということは確実に効果があったのではないかと思う。機関投資家や欧米の外圧によって、人事課題が検討せざるをえない経営課題になってきているのだ。今こそ経営としてしっかりと人事の反省会を開き、目指すべき人事のありようの実現の一歩を踏み出していただきたい。

50年後、定年はなくなります | 人事制度設計

50年後、定年はなくなります

 わたしたちは何歳まで働かなければならないのでしょうか。老後をそれなりに過ごすための金銭的な事情もあるでしょう。ずっと好きな仕事を続けたい、引き継ぐ人がいないから、などなど、置かれている立場などにもよって、働く目的は様々だと思います。また中高年の方にとっては、来るべくしてきた親の介護、突然の病気など、働きたくても働けなくなることもあるでしょう。若い方にとってはそんな先のことは考えたことないし、考えられないという方もたくさんいることでしょう。そんな未来をおぼろげながら理解し、不安に感じながら働いている方がたくさんいることでしょう。  昨年、高年齢者雇用安定法改正に伴い、70歳までの雇用延長が努力義務となりました。そして人生100年時代とのことです。人生を謳歌するという意味でいえば、寿命より大事なのは健康寿命です。厚生労働省によると健康寿命は女性で75歳、男性で72歳です。そして2001年から2019年で約3歳延びており、健康志向、安定した社会環境など、様々な影響を受けていると思いますが、しばらくはこの寿命も延びていくでしょう。そう考えると70歳までの雇用延長は、みんな70歳はまだ元気だから働いてください、ということなのでしょう。  そういった背景も受けて、定年後の再雇用制度の改定を予定している企業が増えています。多様な社員側の働く事情と、企業側の働いてほしいという需給のバランスを保つ、企業独自のシステムを構築していく必要性が高まってきています。ただその際に思うのは、数年先の程度の短期的な目線では、本質的な解決はできないということです。だれも未来がどうなっているかなどはわからない、そんな未来に自分はいないと思うと無責任になりがちで、パッチワーク的な課題の解決になりがちです。若い世代にまで視野を広げ、将来目指す組織のあり様などをイマジネーションするなど、継続的に取り組んでいく姿勢が今まで以上に求められているように感じます。  社員の健康や家族の状況など、企業の取り巻く組織の状況は変化し続けるでしょう。そして70歳まで働くつもりもなかった世代と、75歳以上働く可能性が高い若い世代の双方の健康寿命や時間、金銭的な価値観は変化し、そのギャップの意味も変化していくことでしょう。この変化し続ける複雑で難解な状況を踏まえながら、需要と供給のバランスを絶妙に保つために、人事のファンクションの継続的な強化はやはり避けられません。そして強化していくうえで、真っ先にしなければないことは、やはり目先の定年再雇用制度の見直しだけではありません。社員にとって企業の中で働くことの目的や意義は何かということに、向き合い続ける企業の覚悟が求められているのかもしれません。

その人事制度、機能していますか? | 人事制度

その人事制度、機能していますか?

 Google検索やChat GPTを使用することで、人事制度の設計の仕方、ポイント、様々な人事制度の事例などを知ることができ、人事担当者の皆さまも様々な情報を参考にし、人事制度について調べられているのではないでしょうか。  しかし、人事制度が機能しているかどうかの指標、検証の仕方など、どの指標が上がれば人事制度が機能しているかを教えてくれるサイトは、ほとんど見かけることはなく人事担当者の皆さまを悩ませているものの1つだと思います。  人事制度が機能している状態を検証する指標として、利益、生産性、社員エンゲージメントと、多くの企業はこの3つの指標から、人事制度が機能しているかどうかを判断しています。果たして、この指標が向上すれば人事制度が機能していると言えるのでしょうか。  例えばですが、外的要因によって利益が向上した場合、人事制度が機能した結果と言えるのか?というと、明確に機能したとは言えません。 ヒット商品が生まれたことにより、利益が向上し、その結果1人当たりの生産性が向上するようなケースも同様ですし、利益を賞与として社員に多く分配した結果、エンゲージメントが向上した状態も、人事制度が機能した結果であるとは言えません。  では、どの様な指標を設ければよいのか。この指標の話をする前に、まず、人事制度が機能する土壌が育まれているかが非常に重要となります。  具体的には、3つのポイントがございます。   ・人事制度設計の背景と目的(コンセプト含む)を、社員が理解し、浸透している   ・人事制度の運用に対して、経営層が本気で取り組んでいる    (その姿勢が社員に伝わっている)   ・管理職層(評価者)の教育が行き届いている  この3つが満たされていると、自ずと人事制度は機能します。その上で、人事制度が機能しているかどうかを検証する手段として、相関関係を用いた検証方法があります。  具体的な例として、評価制度が機能しているかどうかにフォーカスを当てて説明を致します。設定条件として、評価制度は、バリュー評価、行動評価(役割評価)、業績評価を実施している企業とし、人事制度の目的を“チャレンジする風土の醸成”とします。  バリュー評価が、チャレンジする風土の醸成につながっている。この場合、バリューを体現しているかどうかから、風土の醸成まで様々な要因があるため、バリュー評価結果の向上=チャレンジする風土の醸成とは言えません。そこで、下記の様な設問を設けて相関関係を検証します。   ≪原因指標:結果の原因がどこにあるかを示唆する指標≫     ①私はバリュー評価に納得している     ②私は行動評価(役割評価など)に納得している     ③私は業績評価に納得している   ≪結果指標:目的を達成するための施策(ここでは評価)の状況を測定する指標≫     ④私は当社で働くことで、自分の可能性を発揮できている   ≪期待効果:チャレンジする風土の醸成を測定する指標≫     ⑤私は難しい課題や今まで経験していなかった新しい業務に取り組めている。  原因指標内、原因指標と結果指標、結果指標と期待効果の間で強い相関関係が認められれば、バリュー評価がチャレンジする風土の醸成に統計的に有意な結果となったと言えます。  実は、人事制度が機能しているかどうかを判断する“単独の指標”は存在しません。今回ご紹介した検証方法や、”ROIEC逆ツリー”(内閣官房 非財務情報可視化研究会,第6回人的資本可視化指針(案),2022,p39)の様に、指標を設けるだけでなく、しっかりと要素分解を行い、論理的、構造的に関係性を説明できるようにすることにより、人事制度が機能しているかどうかを判断することができるのです。  人事制度は設計3割、運用7割とも言われていますので、しっかりと運用を行わなければ、意図した目的から逸れてしまいます。改めてお伝えしますと、人事制度が機能しているかどうかを検証するポイントは、   ・人事制度が機能するための土壌が育まれていること   ・目的を達成するための要素分解を行い、論理的、構造的に関係性を説明できること この2点が重要となります。  それでは最後に。貴社の人事制度は機能していますか?

初めての、部下評価 | 人事制度運用支援

初めての、部下評価

■先輩、ちょっと相談していいですか。管理職になって初めての人事評価つけるのですが、まだまだ未熟な自分が人を正しく評価できるかすごく不安なのです。私のつけた評点で処遇が決まるのも重圧だし、年上の部下もいてちゃんと本人に納得させられるのか自信がなくて。 □未熟、つまり経験とか人間力が足りないから不安と言っているなら、君は評価の原理がわかっていない。自分の経験や価値観をもって評価する=つまり、自分の「中」の基準で人を評価するなら、そうかもしれないが、君がやるべき評価はそうではない。君の「外」にある基準に照らして、部下の行動や能力発揮度合を見る、ということなのだぜ。 ■「外」にある基準? □公開されている会社としての基準(こんな行動をとってほしい、こんな能力を発揮してほしい)に照らして各部下の行動を見ればいいのだから、君の人としての成熟度とは関係ない。「基準に即しての評価=つまり、絶対評価をせよ」と評価者研修で習ったでしょ? ■だとしても、評価項目は抽象的だし、基準もあいまい。個々人をその基準に照らして1~5点なんて、正しくつけられるとは思えないのだけど。 □ここは確かに、最初は難しいかもね。場数を踏んで磨かれていくという面はある。でもすぐできるコツがあるのだけど、知りたい? ■ぜひ。 □たとえば、部下が5人いたとしたら、評価項目ごとに、できている順に並べてみる。 ■それは相対評価では? それはしないと習ったけど。 □まぁ聞いて。ちゃんと絶対評価になるから。で、Aさんが一番できているとするなら、なぜ、君がそう判断したかの根拠をならべてみる。同様に、BさんやCさんについても、Aさんとの違い、それぞれの違いがどこにあるかを考えてみる。 ■根拠、つまり行動事実の違い? □そう。そこで、あらためてそれを評価基準に照らして、レベル分け=評点化してみればいい。 ■なるほど。できている、できていない、と私が感じる「事実の違い」を材料に絶対評価をするわけですね。うん、それならできそうだ。でも、、、そもそもの、この行動事実ならOKとみた私の判断自体が会社として正しいのかどうかが私には自信がないけれども。 □はい、そのとおり、そこが大事なところ。それは君一人では確認できないし、二次評価者の上司の眼も現場を見てないから怪しい。方法は、たったひとつ。ほかの評価者との間でつけた部下の評価表を開示して、相互検証をするのです。 ■え、そんなことしてもよいの? □大丈夫、君はまだ経験していないけど、「評価会議」というイベントがこの会社では用意されているから。一次評価者同士で評価結果の妥当性を相互に検証する会議。他の評価者が、どのような行動事実をもとに、どう評点をつけたかを知り、またその妥当性を検証しあうことで、評点レベル、つまり評価者の目線があう。 ■なるほど、人のふり見てわがふり直せ。 □いやいや、意味ちがうけど。。。正確にいえば、個々の判断が妥当かどうかを検証していくというよりも、会社ごとの「見えない基準」を明示化し共有していく場という方が正しいかな。評価基準は抽象度が高くどの会社でも似たようなものだけど、具体的実態的な基準は、会社ごとに違ってしかるべきだから。 ■個別具体的な評価基準とは、会社の「暗黙知としての価値基準」の明示化である。 □いきなり難しいこと言うなぁ。。。平たく言えば、「勤務態度」みたいな項目で、一回でも遅刻したらダメな会社もあれば、二回まではOKという会社もある。そういう暗黙の基準が評価会議で確認・共有され、皆が同じように評価できるようになるわけね。 ■評価って、どこか内密にっていうか、上司部下の間だけ、せいぜい二次評価者までの間での秘匿性高い印象あったけど、もっとオープンに論じるべきものなのですね。少し気が楽になりました。 □評価時期の評点のつけ方よりも大事なのは、その材料となる日常の観察と指導。日々君が部下をよく見ていて、都度、指導をしていて、個々人の成果達成にむけて気配りを怠らないこと。まぁそこは大丈夫でしょう、初評価の責任を痛感し不安を覚えていること自体が、君が誠実な管理職者であるということだから。

Page One | 人事制度

Page One

 「新年度から導入する新しい人事制度について説明します。」 人事制度を大幅改定する時には、社員の納得を得るために丁寧に説明する必要がある。美しく編集したパワーポイントの資料を指し示しながら、人事部長の説明が続く。 「最初のページは新しい制度の概要を示しています…」  最初のページには、たいてい、「新制度方針」や「新制度概要」が記される。新しく導入する制度の根本的な考え方や、眼目となる部分について述べる重要なページだ。    X社の「新人事制度概要」にはこんなことが書いてあった。 ‐わが社は人を大切にする会社。社員の雇用を絶対に守るという方針は変わらない。 ‐わが社は、「主力製品に資源を集中し、我が国最高レベルの技術力を磨く」という戦略を 掲げた。新人事制度はこれを支えるものだ。 ‐だから、新人事制度を通じて社員の専門能力を高め、卓越した競争力を構築する。 ‐社員の一人ひとりが、自分のキャリアを自律的に組み立てていくことが制度の眼目だ。 ‐人材育成には最も力を入れることとし、積極的なローテーションを実施する。 ‐個々人のライフイベントに寄り添い、多様な働き方を可能にする。残業の削減を徹底。 ‐職場や仕事の異動がないコースと、あるコースとを設け、自由に選択できるようにする。 ‐給与は競合他社に負けない水準とし、職務に応じた、メリハリのある処遇を実現する。 ‐希望する者は、70歳まで働ける制度にする…云々  戦略を支える良い人事制度だ。しかも、現代のキーワードが数多く織り込まれているではないか。きっと、働きやすくて良い会社になるぞ・・と感じる。しかし、待てよ。よく考えてみるとわかりにくい所があるではないか。 積極的にローテーションをしながら他社を凌駕する高い専門性が養えるのだろうか? ライフサイクルに応じた手厚い休業制度で空いた穴は、誰がカバーするのだろう? 事業領域を絞る戦略なのに、皆が自分のキャリアを勝手に組み立てて 、辻褄が合うのか? 社員のほとんどが転勤しないコースを選んだら、仕事は回るのかなあ? 我が国最高レベルの技術力に、60歳超えの高齢者が貢献できるだろうか? 去年並みの賞与出るかなあ…?  Y社の「新人事制度概要」には少し違うことが書いてある。 ‐当社の、人を大切にするという方針は変わらない。 ‐わが社は、主力製品に資源を集中し、社員の専門能力を徹底的に伸ばして他社を凌駕する。 ‐社員の一人ひとりが、自分のキャリアを自律的に組み立てていくことが制度の眼目だ。 ‐多様な能力開発の仕組みを整え、社員の志を支える。自らのキャリアプランに沿う仕事を選べばよい。 ‐就くべき仕事が見つからない者、専門性が会社の戦略に馴染まない者、45歳を超えて志す能力を身に着けられない者には、リスキリングの機会を与える。 ‐それでも貢献の場が見いだせない場合には、社外のキャリアを追求できるよう、会社が全力で支援する。 ‐給与は職務と成果に応じて支給する。 ‐プランどおりのキャリアを進み、社業に貢献できる限り、何歳まで働いてもよい。リタイアメントは自分で決める。  人事制度の設計において、背骨になる考え方は重要だ。時代を代表するさまざまなキーワードを研究することは意義のあることだが、会社の進むべき道をはっきり意識して制度の方針を説き起こしていくプロセスは、もっと大切だ。 「釈然としないが、まあ、いいっか!」と、X社では、いつものとおりの日常が回っていくだろう。Y社では、人が去り、そして、人が集まるだろう。 以上

判断に迷う評価者を出さないために | 人事制度運用支援

判断に迷う評価者を出さないために

 読者の皆様は、アンケートでいくつかの回答基準の中から当てはまるものを選んでくださいと書いてあるとき、どれに当てはまるのか悩むことはないだろうか。  例えば、「そう思う」「ややそう思う」「ややそう思わない」「そう思わない」といった4つの選択肢から選ぶ場合である。部分的には当てはまるが、当てはまらない部分も存在する場合に、「ややそう思う」と「ややそう思わない」のどちらを選ぶか悩み、最終的には感覚で回答している人も多いだろう。  これがアンケートではなく評価だった場合はより深刻である。被評価者が一定程度能力習熟しているものの一部できていない場面も見受けられるときに、どの評価をつければよいか判断に迷っている評価者は周りにいないだろうか。判断に悩むということは、人によって評価が分かれているということである。評価の甘辛に悩むクライアントは多いが、この判断の迷いが評価の甘辛に影響していているのである。  評価者が判断に迷わないようにする1つの方法として、達成となる評価基準を決める方法がある。評価者間で各評価基準が達成となる未達成どちらに分類されるのか認識を合わせる。達成した場合に選ぶ評価基準と未達成の場合に選ぶ評価基準が明確になるため、評価者には達成と未達成をもとに評価を実施してもらうのである。  最初のアンケートを例に、当てはまる場合の基準を「ややそう思う」とする。当てはまらない部分が少しでもあるなら「ややそう思わない」を選び、当てはまらない部分がない時にのみ「そう思う」を選ぶということを回答者間で統一するのである。これを評価に置き換え、評価基準を上から「できている」「一定程度できている」「ややできていない」「できていない」の4区分として、達成の基準を「一定程度できている」とした場合を考える。一部できていない場面があるのであれば「ややできていない」、できていない場面がないのであれば「一定程度できている」となる。  つまり、評価基準は、たとえ何段階にも分かれていたとしても、究極的には達成と未達成の2区分に分類されるのである。そのため、評価者にとっては達成できたのか達成できなかったのかどちらなのかを判断することが重要な点となる。  このメリットとして、①評価者が判断に迷いにくい②被評価者へ明確に評価の理由を説明できるということが挙げられる。一部達成できていなかった場合は必ず未達成の評価となるため、評価者は未達成の基準の中から評価をつければよい。また、被評価者へフィードバックする際は達成か未達成か、そしてその中でどの程度の段階にいるのかを伝えればよいため、評価の説得性が増すのである。  しかし、達成したか達成していないのかを意識せずに評価している評価者は多いのが現状ではないだろうか。評価の甘辛が起きた結果、被評価者は不公平感を感じ、評価結果に対する納得性は低くなる。  評価者の意識を改善する前に、まずは会社としてどの評価基準以上が達成とするのか検討するところから始める必要がある。その上で、研修や評価者会議を通じて評価者に達成と未達成の考え方を繰り返し伝え、認識を合わせていく必要があるだろう。 以上

エフェクチュエーション―創造的ご都合主義のすすめ | 人事制度

エフェクチュエーション―創造的ご都合主義のすすめ

 経営にしろ、ビジネスを行うにしろ、日常の業務遂行にしろ、まず目標/ゴールを定めることが鉄則である。経営とはそもそも構想主導の取り組みであり、ゆえに経営リテラシーの筆頭はビジョンニング力とされる。ビジネスへの着手は、つねにゴールセッティングに始まる。定めた目標をゴールとし、そこへ至るプロセスを考えるのが合理的な方策であることには、疑いの余地はない。  しかしそれは、過去の常識かもしれない。VUCAの状況下では、目標設定自体が難しいし、設定した目標の正しさもあやういからだ。かくして近年は、「コーゼーションからエフェクチュエーションへ」といった言葉が目に付くようになってきた。コーゼーション(Causation=原因/因果関係)とは、環境を予測し目標(結果)を定め逆算的にプロセス(原因)を描くこと。エフェクチュエーション(Effectuation=実用/効力発生)とは、目標を定めず現実的に採れるプロセス(実用)を進めていくなかで決定要因(効力)を見出し結果を創り出していくこと。要は、因果論ではなくて、実効論である。  平たく言えば、「目標から考える」のではなく、「走りながら考える」。と聞けば、先の見えない新規事業開発などは、まさに走りながら、試行錯誤しながら、形にしていくという実態にならざるを得ないこともよくあるから、耳慣れない「エフェクチュエーション」も、とりわけ目新しい概念というわけでもない。ただ注目したいのは、これが起業家に特徴的な意思決定行動だということだ。  この言葉が日本に登場したのは、『エフェクチュエーション』(サラス・サラスバシー著)が翻訳出版された2015年。学際型の経営学者として定評ある加護野忠男さんの監訳だったから買ってはみたもののその分厚さもあって積ん読状態だったが、どこかで見た言葉だなと書架の本に気づいてひも解いてみた。実証的起業家研究の書で、起業家たちを特徴づける能力を調べてみると、それがエフェクチュエーションだったということである。  「走りながら考える」とは、目的からではなく手段から考えるということである。つまり、手持ちのリソース、能力、人脈で何ができるか考え、できることから始める。これが、①掌中の鳥の原則、と命名され熟達した起業家行動の第一の特徴とされる。以下、②許容可能な損失の原則、③クレージーキルトの原則、④レモネードの原則、⑤飛行中のパイロットの原則の5原則が提示される。ちなみに、レモネードの原則とは、「酸っぱいレモンをつかまされたら、レモネードをつくれ」との格言の意で、偶発性の活用という行動原理だ。良いことも悪いことも、途中で起こったサプライズは、価値創造の源泉と考える。  5原則の概要はググれば出てくるので確認いただきたいが、それぞれに示唆的ではあるが刮目するほどのものではない。しかし、こうした原則に通底する起業家行動、その原理にはなるほどとうならされる。彼らは、未来を予測しようとするのではなく、未来をコントロールしようとするのだ。ゆえに、今あるリソースから確実にできることをはじめ、実際にコミットした関与者をリソースとし、サプライズもまたリソースとしてインプットするのである。つまり、不確実な未来だからこそ、すべてを自分に都合よくデザイン(=創出)しようとする。  サラス・サラスバシーは、エフェクチュエーションを支える論理をプラグマティズムだと説明し、こんな逸話を書いている。  ある日、学生たちに、私が背の低さゆえにバスケットボール選手になれなかったことを語った時、クラスのなかのプラグマティストは、「背が低い人のバスケットボールリーグを作ればよいじゃないですか」と言い返したのだ!

ひとりひとりの社員に向き合う組織力~人事評価の本質~ | 人事制度運用支援

ひとりひとりの社員に向き合う組織力~人事評価の本質~

 求める人材要件に対して正確に測定し、充足を把握する。社員からは公平性、公正性を求められる。人事評価が機能しないと、社員のやりがいは低下し、離職に至る。社内の片隅でひっそり活躍している宝物を見つけることもできない。給与を決めるだけの形式的、儀式的、属人的な人事評価は人材育成に貢献はしない。戦力は安定せず、戦う集団にならない。人事評価はあるべき人材のポートフォリオを実現していく上で、重要なファンクションと言わざるをえないが、とにかくこの人事評価が機能していない。  そもそも多様な人材の活用を求められているなかで、求める人材要件も多様になり、一律ではない。人材要件を詳細に定義し、評価していくこと自体、無理な話かもしれない。そもそも全く同じ人間など存在しない。何らの基準に対して、達しているか、達していないかの絶対評価も重要ではあるが、ひとそれぞれの特性を把握することが改めて重要になりつつある。  多くの企業で評価は管理職の重要な役割となっている。たったひとりの管理職に多くの人材について要件に対して詳細に評価する責任は重い。その役割を課されることに負担に感じるのも無理もない。本来は評価者である上司が指導をすべきであるが、その上司も評価者を評価、指導できていないことは多い。そんな簡単なことではないということか。  しかしなぜこんな人事評価になってしまったのか、軽視されていたわけではないが、ひとりひとりの人材に向き合う重要性が相対的に高くなかったことにあると思う。年齢を重ねるだけで給与があがってきた日本的な事情や、人口増加を背景に経済的な発展を果たしてきた経済事情などが考えられる。年齢とパフォーマンスのアンバランスの放置。変わらない、変えない、保守的な事業戦略。ただ過去の関係を続けるための予算の策定、それでも成り立ってきた。人材をひとくくりに定義し、何か問題があってやり過ごしていくマネジメントで事業が成立していた。    改めてここでいう必要もないとは思うが、今後ごまかしは通用しない。先の読めない事業環境に対して、リスクをとり、挑戦しつづける集団になること、ひとりひとりの人材を生かすといった観点で組織的に向き合う重要性が高まる。タレントマネジメントに情報管理の業務改革やテクノロジーの進化による人材の特性分析はITベンダにぜひともその発展をお任せするとして、それを使いこなす人材の育成、そして組織としてひとりひとりの社員に向き合う組織力が求められている。    先日の娘の高校の入学式、学年担任の言葉が印象的。「ひとりひとりに担任はいますが、教員全員がひとりひとりを見守ります」と。難しい問題はその責任をもつ人々が当事者意識をもって、常にアンテナを張り、得られた情報を交換し、適宜対応していく組織力が欠かせない。ひとりの子供を養っていくことも相当大変と感じるが、仕事とはいえ、40名もそんな「大変」を一手に引き受け向き合っていこうとする先生の意気込みは尊敬でしかない。未熟な生徒に向き合うことは容易ではないが、しかし大人になったはずの社会人も相変わらずだとは思う。    経営者が先頭にたって、次の世代に向き合って、牽引していく。そんな経営者を見て多くの管理職がもっと人に向き合うことに時間と労力をかける。ひとりひとりをただ純粋に大切に思い、継続的、一貫性をもって、忍耐強く、謙虚に、そして誠実に向き合っていく組織にしていくこと、それが「この会社で働きたい」を増していくはずだ。

シニア人材の活用ポリシーが明確な企業は意外と多くない | 関連制度設計

シニア人材の活用ポリシーが明確な企業は意外と多くない

 新型コロナ、米中覇権争い、国家間衝突、為替変動、急速な物価高騰など、10年前、いや5年前には想像していなかったことが今、起こっており、日本企業は、これまで以上に二極化が進んでいくことが想像できます。企業経営は困難な時代に突入しています。  市場環境の変化だけでなく、速度をコントロールできない高齢化が進んでいく中、シニア人材の活用も企業経営には大きな課題です。各社の人事担当者にシニア人材の活用についてお聞きすると、優秀な人材は積極的に活用したい、基本、現役時給与の〇〇%(※)にしていますとの声が大半である。ある程度の方針は存在するものの、明確なポリシーが定まっている企業は意外と多くない。70歳までの雇用義務化が想像できる、現場業務などシニア人材に頼らざるを得ない職場があるなど、シニア人材の活用ポリシーは、今後の人事施策面において非常に重要です。大袈裟かもしれませんが、企業が競争を勝ち抜いていくポイントになるかもしれません。 (※)国税庁が公開している「2020年民間給与実態統計調査」によると、現役世代と定年世代の給与比較で、男性は22%減、女性は17%減となっています。  内閣府が2019年に実施した「高齢者の日常生活に関する意識調査」では、仕事をしている60歳以上の人のうち、「65歳くらいまで働きたい」と回答したのは25.6%、次いで「70歳くらいまで」(21.7%)、「働けるうちはいつまでも」(20.6%)と、高齢期にも高い就業意欲を持っていることがわかっています。  シニア人材の活用について、特徴のある事例についてご紹介します。 ・高齢化しているものの60歳までは好待遇(組合が強く制度改定が困難)。ただし、要員に余剰感があるため、60歳以上のシニア活用について、「活用しない」という明確なポリシーがあり、特例を除いて再雇用者は簡易な業務で時給になります。8割以上が再雇用を希望しないそうです。 ・シニア層の職場確保に課題がありました。大企業であれば出向という手段がありますが、中堅企業には当該手段は選択肢になく、同社は業務委託しているコールセンター業務を自社で行うことを検討しています(その他委託業務も自社実施が可能か検討)。 ・更に、大胆は企業では、FC加盟でシニア層の活用を検討している企業があります。将来的な成長が見込めるフランチャイザー(国内外)を真剣に探しています。A社長曰く、収支トントンでいいんだよ。雇用義務も果たせるし、結果、人件費は抑制できるから。  70歳までの就業の確保(努力義務)が定められた後、定年再雇用制度設計(含定年延長)の相談は増えています。制度設計に際しては、シニア人材の活用ポリシーが明確であることが必至です。まだ時間はあると思っていても、時の経過は想像以上に速いものです。まだであれば、シニア人材の活用ポリシーについて議論してもらいたいと思います。  シニア層で運営できる、将来性のあるフランチャイズビジネス。 「見つからなかったら自分で創ってしまおうかな。儲かるかもしれない」と、A社長は笑顔で言っていた。 以上

管理職昇進を望まない社員増加は心配事ではない | スマートアセスメント®

管理職昇進を望まない社員増加は心配事ではない

 近年は労働観が多様化し、管理職になりたくないという人が増えています。厚生労働省の調査(平成30年版労働経済の分析)によれば、実に61.1%もの人が「管理職に昇進したいと思わない」と回答しており、更に直近の調査会社の結果では80%という数字も散見されます。管理職になりたくない理由として、「出世欲がない」「責任が伴う」「仕事量が増える」が上位を占めます。バブルの時代「24時間戦えますか?」というフレーズが流行り、管理職になることはキャリアにおける一つの目標であったものの、現在は誰もが出世を夢見た時代は終わり、働き方が多様化し、仕事はほどほどに、私生活の充実も重視するライフワークバランス派の増加だけでなく、専門性を突き詰めるために管理職にならない道を選ぶポジティブなキャリアを選択する社員も増えているということです。  この様な状況から、企業の人事担当者との商談で、管理職登用試験を受けない社員が増えているが他社でも同じ傾向ですか。自分が試験を受けた時は、試験を受けられなかったらどうしようと思っていたのに・・・、という場面がリピートします。  企業としては、管理職になりたくない人が今後も増えていくことを前提に人事管理を行っていく必要となるものの、一方、現状の管理職層の問題課題として、40歳前半になると管理職に昇格させてきたことで、部下無し管理職や会社貢献が希薄な管理職の扱いに苦慮している企業は少なくありません。 「2:6:2の法則」「8割を2割が生み出す“パレートの法則”」から、会社を牽引する管理職は20%が適切で、80%の社員が管理職になりたくないことは、管理職の歪な状態を見直すトリガーになり得るとも言えます。ただし、留意点としては、会社が管理職にしたい社員が管理職を目指す仕組みが整っているかです。ミスマッチを回避するために、以下のようなことを確認することをお薦めします。これが全てではないですが。 ①本人のキャリアプラン確認(入社5年・10年の節目で複数回設定) ②会社からのメッセージ(上位職から君は管理職として会社を牽引する人材だと情熱を持って伝える、情熱が欠けると意味がない) ③人事制度(キャリアプランが選択できる複線型パス、適正な評価、報酬格差等) ④能力把握の適正診断(アセスメント等) ⑤管理職候補者に絞った育成研修(社員全員の底上げでなく選抜型での育成)  働き方の多様化から、管理職昇進を望まない社員の勢いは止めることは出来ないでしょう。管理職試験を受けたくない社員がいること自体、50代の管理職は理解できないことかもしれません。この傾向を管理職の歪さ解消を中心とした組織見直しのチャンスと捉え、前向きに人事管理に向き合っていくことができれば、決して心配することではないと言えます。どの様な場面においても、プラス思考を忘れなければ、進むべき路は見えてくるものです。

変わったヤツだね、あいつ | 人事制度

変わったヤツだね、あいつ

 東京に本社を置くその会社は、600人ほどの従業員を擁する大手企業傘下のシステム開発会社だ。管理職と専門職の複線型人事制度を設けている。この専門職というのをどう位置付けたらよいのか、ずいぶん長く議論してきたが明らかな結論が見えてこない。曰く・・ 「40代後半にもなって、ポストが無いという理由で管理職に昇格できない人材を遇するには、専門職という立場がどうしても必要だ。」 「いや、ちょっと待て。専門職というのは、他人に無い高い専門性を持つ人材を処遇するためのものだ。単に優秀な総合職社員を格付けるものとは違うのではないか。」 「優秀ではあるが管理職には向かないという人もいる。こういう人も、それなりに処遇しなければ辞めてしまうだろう。」 「ところで、管理職に昇格させてみたがうまく成果の出ない人材は管理職ポストから外したいのだけれど、格付けを一般社員まで落とす訳にもいかない。専門職に移ってもらえば収まりが良いな・・。」 そうこうするうちに、若くて優秀な専門人材と管理職リタイア組が混ぜこぜになった、妙な人材集団が出来上がった。多くの若手社員から声が上がる。 「いったいこの専門職というのは何なのだろうか? うちの専門職に何かの専門家はいるのですか? 年功序列の大義名分に過ぎないのでは?」  さて、同じICT系の会社だけれど、地方都市に本拠を置く新興の会社がある。まだ200人ばかりの会社だが、クルマの先進情報技術を武器に急成長を遂げている。前述の会社と同じような複線型制度を設けているが、少し違った景色が見える。 ここで働く人は、全員が非常に高い専門技術を持っている。例えば、この会社のコーダー(コーティングを仕事とする職種)は、ふつうのプログラマーの5人分から10人分もの仕事をするのだそうだ。彼らは、あたかも日本語とコーディング言語のバイリンガルだ。部下に帰国子女がいれば、辞書を引きつつ汗かきながら英語で会話をしなくても倍のスピードで仕事が片付くのと似て、注文主が「こんなシステムがあるといいな」と夢を語れば、たちどころにコンピューターと話をつけてくれるのだそうだ。 コーダー職以外にも、AIのアルゴリズムを考える人、巨大なデータセンターを切り盛りする人など、数多くの専門家が腕を振るう。綺羅星のごとき人材たちが数多く働く専門家集団だ。 ここでは、専門家としてのウデの良さでグレードが決まる。誰もが、自らの専門分野で、もっともっとウデを磨きたいと考えている。だから、ポスト不足の悩みなどない。そもそも管理職という仕事への憧憬が無いのだ。若い技術者たちが仲間のうわさ話をする。「あいつ、次のワンオンワンで管理職コース希望するんだってさ、変わったヤツだね・・」  根拠の無い直観だが、二番目に述べたような会社がにょきにょきと姿を現しているように思う。その半面、数多くの人事部門で、一番目に述べた会社のような議論が依然として交わされている。技術の急激な発展があり、産業構造やビジネスモデルの地殻変動が起こる。そして、わが国の人事管理は、その後を周回遅れで追いかけているように見える。  ところで、人事制度を刷新するとき、経営者は社員にそのいきさつを語る。米国の経営者の多くは、『私はこんど、このような制度を導入することを決心しました。』と言う。日本の経営者の多くは、『わが社では、こんど、このような制度を導入することになりました。』と言う。両者の表現には微妙なニュアンスの違いを感じる。 マスコミがそのことについて盛んに論評し、業界の多くがそれに賛同し、有識者の協力を得、従業員の皆さんの大方のご理解が得られ、十分に環境が整い、機が熟したときに、日本の人事管理は漸く、一歩、前に進むのだろう。熾烈なグローバル競争の中で、遅きに失することがないとよいが。