「人事制度 」の記事一覧(6 ページ目)|コラム|株式会社トランストラクチャ

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人事制度

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プレイングマネージャー禁止論 | 人事制度設計

プレイングマネージャー禁止論

 「生産性の動向2015年度版(日本生産性本部)」によると、2014年の我が国の労働生産性は約73,000ドルで、OECD加盟34カ国の中21位、主要先進7カ国で最も低い水準が2005年より続いている。我が国の企業の生産性が低い水準で留まっている背景に何があるのだろうか。  コンサルティングの現場、肌で感じている事をいくつか挙げてみよう。例えば、「業務の分担」の問題。多くの企業で、正社員が非正社員と同様の業務を行っている状況が少なからず見受けられる。非正社員より労働コストの高い正社員が、非正社員と同様の業務を行い続ければ、生産性が低下するのは当然である。そこにメスをいれることができていないのは、誰が、どのレベルの業務を行うべきかというモノサシが現場で確立されないまま、放置されているという事だろう。  次に、「不要な残業」が行われ、それが見過ごされているという現実。なぜ、残業が必要なのか、どのくらいの追加時間が必用なのか、誰もよくわかっていない。残業をマネジメントするための環境が整っていないので、本来は就業時間内に当然完了すべき業務が残業時間に回されたりしても、気付かなかったり、否定することができない。適切な残業基準ができれば、就業時間内に仕事をかたずけてしまおうという意識が高まり、業務の生産性は高まっていくはずである。  もう一つは、「不適切な意思決定プロセス」である。意思決定に無関係な人物まで会議に召集されたり、せっかく会議を招集したのに、延々議論の末、結論をださなかったり、逆に、しかるべき時に、意思決定の場が設けられず、何度も先送りされたり・・。こうした不適切な意思決定プロセスのために、関与者の多くの作業と時間が無駄に使われていることを深刻に受け止めなければならない。  さらには、部下と上司の間で、「適切なコミュニケーションがされないこと」で、無駄な作業ややり直し作業が発生したり、現場における「業務の標準化やシステム化への主体的取り組みマインドの低さ」なども、我が国の生産性向上を阻害する要因といえるだろう。  実際のところ、大多数の企業では、それらを問題として認識している。が、現場の管理職がその他の業務で忙しすぎて、結果、本格的に手が付けられていないというのが実情なのではないか。本来、管理職は日々の実務を行わず、配下の実務者のアウトプットを最大化するためのマネジメントを行うことがミッションであるはずだが、我が国では、バブル経済崩壊以降、長きにわたり、合理化推進の旗印のもと、組織の頭数を抑えるために、管 理職をいわゆるプレイングマネジャーと位置づけ、非管理職が行うべき実務まで、管理職に多大に追わせてきたことで、管理職本来のミッションが機能不全に陥ってしまっている面があるのではないか。また、当の管理職も、非管理職時代から慣れ親しんだ実務を引き続き行うことを会社から許容されている事で、本来のマネジメントはほどほどでよいという免罪符を与えられた感覚になっているのではないか。  厳格に管理職と非管理職のミッションを切り分け、管理職から一切のプレイヤー的業務を取り上げ、四六時中、配下の組織パフォーマンスを高めるためのマネジメント業務にだけ集中させるぐらいの覚悟で、生産性向上に正面から取り組める環境を整えていかなければ、我が国の生産性問題は本質的に解決されないだろう。

評語の標語化 | 人事制度設計

評語の標語化

 評価票の無機質さは、なんとかならないものか。なにより学校の通信簿のような「評語」が大人げない。  コメントはいろいろ書かれているものの自身の評価結果が味気ない評語の羅列で示されている。成績としての良し悪しだけはわかるが、業務遂行や行動におけるリアルなレベルは伝わらないし、だからどうする、が見えない。ゆえに、上司コメントや面談による指導が評価という行為には不可欠とならざるをえない。  評語とは、 1. 批評の言葉。評言。 2. 成績の評価を示す言葉。優・良・可の類。 と辞書にあるが、人事の世界ではもっぱら後者の意味でつかわれる。評語=SABCDとか54321などの評点レベルの表現語、である。ついでに言うと、数字評語は、成績レベルとしては直感的だし、平均処理といったわかりやすい集計処理ができるけれども、アルファベットはいただけない、と常々思う。  評語だけではレベルがわからないから、評価制度ではたいていその説明がついている。それもまた味気ない。たとえば、 S / 5 期待を大きく上回る A / 4 期待を上回る B / 3 期待どおり C / 2 期待を下回る D / 1 期待を大きく下回る といった表現で、味気ないだけでなく、そもそも、4と5、2と1の違いである「大きく」とはなにか。あいまいである。なので、評価者研修では、「期待とは、等級に求められる水準であり、5は、上位等級レベル」だとか、「問題があれば、2。支障があれば、1」などと解説する。  解説がいるくらいなら、評語自体をメッセージ化してしまったらどうか。それならば、見てすぐに自分のステータスがわかる。たとえば、こんな具合に。 ■上位等級レベル。昇格準備  ←S / 5 期待を大きく上回る ■卒業レベル。要上位課題確認 ←A / 4 期待を上回る ■等級相応。要ストレッチ   ←B / 3 期待どおり ■問題あり。要確認      ←C / 2 期待を下回る ■業務支障。降格危機     ←D / 1 期待を大きく下回る   いわば、評語の標語化である。標語とは、「主義・主張,運動の目的などを簡潔に示した短い語句。モットー。スローガン」であるから、ここであげた即興例なんかより、もっと自在に、もっと独自表現で、自社にとっての評語表現をメッセージ込めて作ればよい。  評語の一つ目の意味は、「批評の言葉。評言」である。当社にとって、5レベルの優れた人をどう評するか、が標語としての評語作成の出発点である。大げさに言えばそこに、会社の理念や組織哲学が表出するはずであり、味わいのある評価票がうまれるのではないか。  何を評価するかの観点は、多種多様だし、その表現もまたいくらでもある。企業固有でかつ琴線にふれるような文学的表現があってもいいとも思う。最近読んだ本のなかに、人を評する言葉としてこうあった。  佇まいの凛冽、志操の高潔、言動の超俗。