高柳 公一 |1 |執筆者|㈱トランストラクチャ

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高柳 公一

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「ポスト真実(post-truth)」時代における“切り札”としての人事 | 人事コンサルティング

「ポスト真実(post-truth)」時代における“切り札”としての人事

トランプ大統領の発言をめぐる一連の真偽論争に象徴されるように、最近は「事実」そのものよりも“刺さる言葉”が先に拡散し、SNSでは切り取られた動画や断片的な体験談が瞬時に印象を決める。 生成AIの普及は、もっともらしい文章や画像を大量に生み出し、真偽を確かめる前に感情が先に走る場面も増えた。我々は今、いわゆる「ポスト真実(post-truth)」という時代の中にいる。   事実は消えないが、事実に基づいた意思決定の前提となる“信頼”あるいは“共通の理解”がぐらついてしまっている。拡散されたフェイクを後から訂正しても、人々の印象はなかなか更新されない。一次情報を出しても「都合のよい説明」と疑われる。 こうした状況は企業経営にも及ぶ。社外にとどまらず、経営と社員、社員間といった組織内でも『信頼を獲得するためのコスト』が増大している。   この“ポスト真実”の時代に、企業経営としてどう対処していくべきか。まずは、自社の“制度(ルール)”をしっかりと固めていかなければならない。 社会や組織の繁栄を左右するのは制度である。法の支配が弱く、人々を搾取する社会は、成長や“より良い変化”を生みにくく、ルールが守られる社会においては、投資・蓄積・革新が進みやすい。 2024年ノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン、ジェームズ・ロビンソンは、このように、国の繁栄にとって社会制度の重要性を長年の研究で示し続けてきた。   法の支配が不十分で、搾取を許容する社会は、成長や良い変化を生み出さないことと同様に、ポスト真実の環境下では、社員が安心して挑戦できる制度の整備が不可欠である。例えば、人事制度は、人と組織が安心して協力し、挑戦するための“土台”ともいえる。「法の支配」を形づくる経営インフラとしての人事制度を整備することは、組織内の信頼コストを下げる最も現実的な手段になる。   同時に重要なのは、制度運用の在り方である。経営方針と人事制度の設計方針にギャップが生じてくると、運用での裁量に依存するようになる。逆に、人事制度の運用方針がぐらついていると、せっかく設計した制度も形骸化し、「結局、上司次第だ」という“不信”が組織内に蔓延していく。   “ポスト真実”の時代だからこそ、「人事制度は建前で実態は別」という不信が拡散し、組織は内向きの消耗へ向かってしまうリスクには敏感になるべきだろう。   さらにもう一つ、ポスト真実(post-truth)時代に特に重要になるのが、人材サーベイ・アセスメントの活用だ。評判や印象が先行しやすい環境では、「あの人は優秀」「向いていない」といった物語が人の評価や配置を左右しがちである。だからこそ、我々は主観に依存せず、何を能力と呼ぶかの定義、どう測り比較するかの測定、成果や成長と結びつくかの妥当性、人が変わっても同じ判断になる再現性――といった人材の“測定力”を磨き続けたい。制度が立派でも測定が弱ければ、運用は社員の語る“物語”に飲み込まれてしまう。   ポスト真実(post-truth)時代において、日本企業が組織の“信用のインフラ”として人事力を高めることの意義は大きい。優秀人材の採用・定着、社員の挑戦機会の創出、意思決定の迅速化など、広範な領域に効果が及ぶ可能性がある。信頼コストが高まりやすい環境下では、制度の整備と運用の一貫性、そして人事を測る力の向上が、組織の競争力を左右する重要な変数となる。  

第5回(最終回):不確実性と“真実の揺らぎ”の時代に、人事は「信頼」と「意思決定力」を支える | 人事と経営

第5回(最終回):不確実性と“真実の揺らぎ”の時代に、人事は「信頼」と「意思決定力」を支える

第1回では、企業経営の前提を大きく変える5つのトレンドを整理し、第2回から第4回では、AIの進化、データ資本主義、労働力制約社会という、比較的「構造」と「仕組み」に関わるテーマを扱ってきた。本稿で取り上げるのは、残された2つのトレンド――「不確実性(VUCA)の時代」と「ポスト真実社会」である。これら2つは、企業経営、とりわけ“人と組織”に、これまで以上に繊細で根源的な問いを突きつけるものである。 いま、企業を取り巻く環境は、かつてないほど不安定である。市場変化のスピードは速まり、テクノロジーは次々と常識を塗り替え、地政学リスクは企業活動に直接影響を与える。いわゆる「VUCA」と呼ばれる状況の中で、事前に「正解」を描いて完璧な計画を作るという従来型の経営スタイルは、明らかに限界を迎えつつある。求められているのは、変化をコントロールすることではなく、「変化の中で適応し続け、学び続ける力」である。 同時に、もう一つの大きな潮流が存在する。それが「ポスト真実社会」である。情報があふれ、誰もが発信でき、感情や印象が事実以上に力を持つ世界。SNSをはじめとした情報環境の変化により、「何が正しいのか」「何が信頼できるのか」という基盤そのものが揺らいでいる。企業が何を言うか以上に、「どう語られるか」「どう感じられるか」が、ブランドや信頼に大きく影響する社会に、私たちは生きている。 この2つの潮流が重なると、企業は非常に難しい課題に直面する。それは、 「正解の見えない世界で、どう意思決定し、どう人を動かすのか」 「信頼が揺らぎやすい社会で、どう“信頼される組織”であり続けるのか」 という問いである。そして、この問いの中心に位置するのが、他ならぬ“人と組織”であり、まさに人事の領域である。 では、この時代において、人事はどのような役割を担うべきなのか。 ここでも、人事の役割は大きく三つに整理できる。 第一に、「変化に適応し続ける“学習する組織”をつくること」である。 VUCAの時代において重要なのは、完璧な戦略を描くことではない。変化に反応し、試行錯誤し、学びを蓄積し、それを次の挑戦につなげる“組織としての学習能力”である。失敗から学べる風土、挑戦を歓迎する文化、柔軟な意思決定プロセス。これらは偶然に生まれるものではなく、人材マネジメントの設計と運用によって意図的につくられるものだ。人事は、単なる制度の運営者ではなく、「学習し続ける組織を設計し、支える存在」へと役割を広げる必要がある。 第二に、「社員が安心して力を発揮できる“心理的安全性”を担保すること」である。 変化が激しく、将来が読みづらい環境では、人はどうしても防御的になりがちだ。失敗を恐れ、新しい挑戦を避け、周囲の様子をうかがいながら動くようになる。しかしそれでは、変化適応力は生まれない。多様な意見が出され、違いが尊重され、率直な議論ができる組織こそが強い。その前提となるのが心理的安全性であり、その基盤を制度・マネジメント・文化の両面から支えるのは、まさに人事の重要な使命である。 第三に、「企業の価値観・姿勢を明確にし、社員との“信頼関係”をつくること」である。 ポスト真実時代において、企業は「何をするか」だけでなく、「どのような存在でありたいのか」「どのような姿勢で社会と向き合うのか」を問われる。給与や条件だけではない。社員は、“この会社で働く意味”を求めている。企業目的(パーパス)、価値観、倫理観、社会との関係性――これらが曖昧な企業は、社内外の信頼を失いかねない。そしてその価値観を社員に伝え、体験として根づかせる役割の中心にいるのが、人事である。 もちろん、ここには難しさもある。スピードと慎重さのバランス、多様性と一体感のバランス、柔軟性と一貫性のバランス――そのいずれもが簡単ではない。しかし、人事がこの難しさから逃げることはできない。 なぜなら、VUCAとポスト真実の時代において、“人と組織”こそが最大の競争力だからである。 不確実性と“真実の揺らぎ”という時代の只中にあって、企業にとって最大の競争力は、やはり“人と組織”である。AIの進化、データ資本主義、労働力制約社会、そしてVUCAとポスト真実――本シリーズで取り上げてきたすべての潮流は、人事を「管理部門」から、「価値創出と意思決定を支える中核機能」へと押し上げる方向に収れんしている。人事は、制度を回す部署ではなく、人的資本を最大化し、組織の学習力と信頼をつくり、企業の未来を形づくる戦略機能である。いま、人事の役割はこれまでになく大きく、そして本質的になっている。人事がどこまでその責任を引き受け、進化できるか――それこそが、これからの企業の競争力と持続性を大きく左右することになるだろう。 【完】

第4回:労働力制約社会において、人事は「人材価値を最大化する設計者」となる | 人事と経営

第4回:労働力制約社会において、人事は「人材価値を最大化する設計者」となる

第1回で整理した5つのトレンドの中でも、日本企業にとって避けて通れない現実が「労働力制約社会」の到来である。人口減少と高齢化が進むなかで、「必要な時に、必要なだけ、人材を採用できる」という前提は、もはや成立しない社会環境に入った。本稿では、この現実が企業経営、とりわけ人事の役割にどのような意味を持つのかを考えていきたい。 これまで多くの企業は、「不足した人材は採用で補う」という発想を基本としてきた。人が足りなければ募集を強化し、広告を増やし、魅力的な条件を提示することで母集団を確保する。しかし、少子化が進み、同時に企業間の人材争奪戦が激化する中で、この従来モデルが通用しにくくなっている。単に“採れる会社”と“採れない会社”に二極化していくのではなく、「そもそも市場全体に人がいない」という構造的問題に直面しているのである。 この環境下で問われるのは、「どう人を集めるか」ではなく、「限られた人材で、どう最大の価値を生むか」という根本的な問いである。つまり、人材を“潤沢なリソース”として扱う時代は完全に終わり、人材は“極めて貴重な戦略資源”であることを前提に経営を設計しなければならない。ここにこそ、人事が経営の中核機能へと押し上げられる必然性がある。では、この現実の中で、人事は何を担うべきなのか。 労働力制約社会において、人事が果たすべき役割は、「人を大切にしよう」と単に理念を掲げることではなく、“人材が最大の価値を発揮できる仕組みをつくり、それを実際に機能させ続けること”である。そのために、人事が具体的に手を入れるべき対象は、少なくとも次の三領域に整理できる。 第一に、「限られた人材で最大の価値を生むための“仕事の設計”を見直す」ことである。単に「もっと生産性を上げよう」と現場に求めるのではなく、“今の仕事の設計そのものが最適か”を問い直す必要がある。業務プロセスを棚卸しし、AIやテクノロジーに置き換えられる領域を明確にすること。人がやるべき仕事とAIが担う仕事の役割分担を設計し直すこと。さらに、一人ひとりの強みが最も生きる配置を見極めること。そして、マネージャーの役割を“プレイヤーの延長”から、“人材の価値創出を指揮する役割”へと再定義すること。 ここで人事は、「制度担当」ではなく、「業務設計と役割設計のパートナー」へと進化することが求められる。 第二に、「人材を“減らさない組織”をつくるため、Employee Experience(従業員体験)を経営テーマとして扱う」ことである。 離職防止は、精神論や慰留策で語る時代ではない。“辞めないようにする”のではなく、「ここで働く理由」「ここで働き続ける意味」を設計することである。離職理由を感覚ではなくデータとして把握し、ハイパフォーマーが辞めない要因を分析すること。キャリアの見通しや成長実感を得られる仕組みを整備すること。マネジメントの質を測定し、改善のための教育や仕組みを設けること。そして、心理的安全性をサーベイや対話を通じて継続的に確認し、改善を回すこと。 ここで人事は、「採用担当」から、「働く体験の設計者」へと役割を拡張していく。 第三に、「いまいる人材の“未来価値”を高めるため、リスキリングを“戦略投資”として扱う」ことである。 「足りないから採る」だけでは成り立たない。必要なのは、「いまいる人材を未来の戦力へと進化させる計画」である。将来必要となるスキルを中長期視点で見極め、職種別・層別にリスキリングのロードマップを描くこと。現場で活用されることを前提とした実践型の学習設計を行うこと。そして、「学んだ人が損をしない」ように評価制度やキャリアにきちんと結びつけること。 これは“教育支援”ではない。明確な経営戦略であり、「未来への再投資」である。 もちろん、これらはいずれも簡単ではない。生産性向上と人の幸せの関係、教育投資の回収可能性、学んでも辞めてしまうリスク――どれも現実的な課題である。しかし、その困難さを理由に何も変えないという選択は、「人が足りないからできない」という言葉で、未来の成長を放棄することと同義である。 重要なのは、労働力制約を“制約条件”として受け身に扱うのではなく、“前提条件として設計し直す姿勢”である。 労働力制約社会は、人事の役割を二重に重くする。 第一に、「人材確保」という競争の最前線に人事が立たされるという意味で。 第二に、「限られた人材の価値を最大化する組織を設計する」という、より戦略的かつ創造的な役割を担うという意味である。人事がこの役割を主体的に引き受けた企業だけが、厳しい環境の中でも成長し続けることができる。 労働力制約社会の到来は、人事を単なる管理部門ではなく、「人材価値の最大化を担う設計者」へと進化させる。採用だけに頼らず、既存人材の力を最大化し、組織の学習能力を高め、働く意味と魅力をつくり出す――そうした人事のあり方こそが、これからの企業の競争力を決める。 次回は、「不確実性(VUCA)の時代」と「ポスト真実社会」という、より不安定で複雑な環境変化を前提に、人事が組織の“信頼”と“意思決定力”をどう支えていくのかについて考えていきたい。

第3回:「データ資本主義」の時代に、人事は「人的資本の価値化」を担う | 人事と経営

第3回:「データ資本主義」の時代に、人事は「人的資本の価値化」を担う

第1回で整理した5つのトレンドの中でも、企業経営の前提そのものを大きく書き換えつつあるのが、「データ資本主義」の加速である。企業価値の源泉は、モノや設備といった有形資産から、知識・情報・データといった無形資産へと大きく移行した。その中でも、「人に関するデータ」をどれだけ戦略的に扱えるかが、企業競争力を左右する時代に入っている。本稿では、この変化が人事に何を求めるのかを考えていきたい。 データ資本主義とは、「データを持っている企業が勝つ」という単純な構図ではない。重要なのは、「データを意味づけ、価値に転換し、意思決定に活用していける企業が強い」という現実である。単なる“保有”ではなく、“活用と価値化”こそが問われている。そこにおいて、人事が扱う「人的資本データ」は、極めて重要な戦略資源となる。 まず第一に、「人に関するデータの可視化」が不可欠となる。スキル、経験、キャリア志向、評価、エンゲージメント、人的ネットワーク――これまで人事やマネージャーの「頭の中」や「感覚」に依存してきた領域を、どれだけ定量化し、構造化できるかが問われる。属人的判断に依存し続ける組織は、環境変化のスピードについていけず、意思決定の精度も再現性も失う。一方で、人材の状態を正確に捉えられる企業は、「どの人材がどこで最大の価値を発揮するか」「どの組織がどの課題を抱えているか」を冷静に見極め、戦略的に手を打っていくことができる。 第二に、「データを価値に変換する“解釈力”が問われる」ことである。 人材データは、集めれば価値が生まれるわけではない。むしろ、データが溢れるほど、何を見て何を意思決定に使うのか、その判断が重要になる。エンゲージメントの数値は何を意味するのか。業績と人材特性の関係性はどこにあるのか。誰を次世代リーダーとして育てるべきなのか。 ここで人事は、「レポートを作る部門」ではなく、「データを通じて経営を導く部門」へと進化することが求められる。データを単なる現状報告で終わらせるのか、それとも戦略的示唆へと昇華させるのか。この差が、そのまま企業の未来の差となる。 第三に、「データを通じて人材を未来視点で捉える」ことである。 データ資本主義が意味するのは、“過去の状態を把握する世界”ではなく、“未来に向けて人と組織をどう進化させるかを描き、実現していく世界”である。すなわち、データは単なる分析ツールではなく、「我々はどのような組織でありたいのか」「どのような人材ポートフォリオを構築していくのか」というTO-BE像を、抽象論ではなく現実的な計画へと落とし込むための基盤になる。 どの職種が不足し、どのスキルが消滅し、どの能力が将来の競争力となるのか。どこに離職リスクが潜み、どの組織に介入が必要なのか――従来、人事はこれらを経験や感覚で判断してきた。しかし、データはそれらを可視化し、確度の高い意思決定を可能にするだけでなく、「どの領域で勝つ組織になるのか」「企業として、どの能力を核にして成長するのか」という未来設計を具体化することを可能にする。 つまり、データは人材戦略を「後追い型」から「先回り型」へと変えるだけではない。さらに一歩進み、“企業がありたい姿に向けて、人材と組織を計画的に進化させるためのツール”となる。その意味で、データは単なる管理ツールではなく、「人事が未来を創りにいく力」を支える重要な資産であると言える。 データ資本主義の時代において、人事はもはや「感覚で語る部門」ではいられない。 どれだけ人的資本を可視化し、どれだけ意味づけ、どれだけ未来に活かせるか。その力量が、そのまま企業の競争力となる。人事がデータを扱う主体となり、人的資本を“戦略資産”として価値化できる企業こそが、この時代を生き抜く強さを手に入れることになるだろう。 次回は、日本企業におけるもう一つの現実、「労働力制約社会」の到来を前提に、人事がどのように役割を再定義し、組織の価値創出を支えていくべきかについて考えていきたい。

第2回:生成AI・自律型AIの進化に伴い、人事部門は、“価値創出”部門に | 人事と経営

第2回:生成AI・自律型AIの進化に伴い、人事部門は、“価値創出”部門に

第1回では、人事が経営の中核機能へと位置づけ直されつつある背景として、5つのトレンドを整理した。その中でも、最も変化のスピードが速く、かつ人と組織に与えるインパクトが大きいのが、生成AIと自律型AIの進化である。本稿では、この変化が企業経営、とりわけ人材マネジメントにどのような意味を持つのかを掘り下げたい。 近年、AIは「便利な業務ツール」という枠を大きく超え始めている。まず生成AIは、人が担ってきた知的作業領域に深く入り込み、文章作成、要約、分析、構想整理、プログラム生成といった、ホワイトカラー業務の中心を占める領域で“共同制作者”として機能し始めた。単に速いだけではなく、一定の質を維持しながら大量にアウトプットし、何度でもやり直しがきく――これにより、知的生産の「量」を上げる段階を超え、「知的生産の構造」そのものに影響を与え始めていることが重要である。 さらに、その先に位置づけられるのが、自律型AIの進化である。生成AIが「問いに答えるAI」だとすれば、自律型AIは「目的に向かって動き続けるAI」である。目標が与えられれば、自らタスクを分解し、優先順位を決め、必要な情報を集め、場合によっては外部システムを操作しながら結果を導き出す。そして状況に合わせて行動を修正し続ける。ここでAIは、「指示された作業をこなす存在」から、「一定領域で業務を担う存在」へと進化しつつある。 この変化は、単なる生産性向上やコスト削減の話では終わらない。仕事の構造、役割分担、責任の所在、そして人間の価値の源泉そのものが問い直される段階に入った、ということである。従来の仕事は「人が考え、人が判断し、人が実行する」ことを前提に設計されていた。しかし、自律型AIが“実行主体”として登場した瞬間に、「人が担う領域」と「AIが担う領域」の境界は根本から組み替えられる。事務処理、分析、整理、標準化された判断はAIが担い、人にはより高度な意思決定、意味づけ、創造、倫理判断、関係性構築といった領域が求められるようになる。 したがって、ここで問われる本質は「AIはどこまで進化するのか」ではない。「AIの進化を前提に、人と組織をどう再設計するのか」である。つまり、これは技術論ではなく、明確に経営・人事のテーマである。どの仕事をAIに任せ、どの仕事を人が担い、その結果、人材にどのような能力と役割を期待するのか。役割設計、職務設計、育成戦略、評価の枠組みまで、見直しの対象は広がっていく。 人材マネジメントの観点から見ると、AI進化のインパクトは大きく三つに整理できる。第一に、「求められる能力の重心」が変わる。情報処理よりも、問いを立てる力、抽象化力、意思決定の質、倫理観、そして人間関係を築く力がより重要になる。→ 人事には、新しい能力モデルの再設計が求められる。第二に、「仕事の設計」が変わる。固定された職務から、AIとの協働を前提とした柔軟な役割設計へと進む。→ 人事は、役割設計と成果責任の設計者となる。第三に、「学び方」が変わる。AI活用力が基本スキルとなる一方で、「人にしかできない価値」をどう伸ばすかが育成の中心テーマとなる。→ 人事は“学習する組織”を設計する役割を担う。 さらに、AIの進化は組織文化にも影響を及ぼす。AIによって意思決定のスピードが格段に上がる一方で、その変化についていけなければ、組織は混乱を招く可能性がある。AIに依存しすぎるリスクと、AIを使いこなせないリスク。その双方を見据え、適切なバランスを設計しながら活用していく必要がある。そしてAIの判断や提案に対して、最終的に人間が責任を持ち、説明できる体制を整えることも欠かせない。ここでも人事の役割は軽くない。人とAIの新しい関係をデザインし、社員が安心してAIと共に働ける環境を整備する責任がある。 生成AI・自律型AIの進化は、「人の仕事を奪う存在」が現れたという話ではない。むしろ、「人の価値をどう再定義するのか」という問いを、企業に対して突きつけている。AIを単なる効率化ツールとして扱うのか。それとも、“人的資本を高度化するための戦略装置”として捉えるのか。この選択によって、企業の未来は確実に変わる。 AI時代において、人事部は「管理部門」ではなく、「価値創出部門」の中核へと進化していく。人とAIの新しい協働モデルを設計し、人的資本の価値を最大化できる企業こそが、次の時代の競争優位を手にすることになるだろう。 次回以降では、この前提を踏まえ、人事として何に取り組み、どこから手を付けるべきかを、さらに具体的に考えていきたい。

第1回: 経営者が人事マネジメントを考える上で把握すべき5つのトレンド―― | 人事と経営

第1回: 経営者が人事マネジメントを考える上で把握すべき5つのトレンド――

近年、企業経営を取り巻く環境は、単なる変化ではなく「環境そのものが構造的に変わる時代」に入っている。AIの進化、データ資本主義の加速、労働力制約社会の到来、予測困難なVUCA環境、そして真実や信頼の基盤が揺らぐポスト真実社会――これらの潮流は、それぞれが独立したテーマではなく、相互に影響し合いながら、企業の競争構造と組織のあり方を大きく書き換えつつある。 こうした環境変化の中心にあるのは、結局のところ「人と組織」である。 どの技術を活用し、どの戦略を選択し、どの方向へ進むのかを最終的に決め、実行していくのは“人”であり、その人が集まり機能する“組織”である。だからこそいま、人事は「制度を整える管理部門」ではなく、「企業の価値創出と未来を形づくる中核機能」として、その役割を再定義されつつある。 本シリーズでは、 ① 生成AI・自律型AIの進化 ② データ資本主義の加速 ③ 労働力制約社会の到来 ④ 不確実性(VUCA)の時代 ⑤ ポスト真実社会 という5つの視点から、人事がどのような責任を担い、どのように進化していくべきかを考察していきたい。いま、人事の役割はこれまで以上に重く、そして本質的な意味を帯び始めている。 ① 生成AI・自律型AIの進化 AIの進化は人間の知的生産の在り方や、仕事の定義自体を大きく変え始めている。生成AIは情報整理やアウトプット作成の効率性を飛躍的に高め、自律型AIは目的を理解し、自ら判断し、業務を遂行する存在へと進化しつつある。しかしこれは単なる効率化の話に留まらない。仕事の中身が変わり、求められる能力が変わり、組織の役割分担が変わるということである。 ここで我々は、“どの仕事をAIに任せ、どの仕事を人が担い、結果として、人はどのような価値を生み出すべきか”という人材戦略の再設計を迫られている。AIを単なる効率化ツールと捉えるのではなく、「人がどのような価値を発揮する存在になるのか」を再定義する、“人的資本の高度化”として扱うことが求められている。 ② データ資本主義の加速 世界は「データ資本主義」の時代へと移行した。企業価値の源泉は、どれだけのビッグデータを持つかではなく、どのようにデータを解釈し、意味づけ、知的価値へと転換できるか、すなわち意思決定と人材マネジメントに活用できるかへと移っている。人的資本情報の可視化、スキルや経験・キャリアの統合、エンゲージメントや組織状態の定量把握――人材に関するデータを戦略的価値として扱える企業だけが、人材を「コスト」ではなく「資本」として本当に活用できる。 データを“持つだけの人事”か、“価値化できる人事”か。その差が企業競争力を分ける。 ③ 労働力制約社会の到来 日本社会では、人口減少と高齢化により、「必要な時に必要な人材を確保できる」という前提が崩れた。人材は“潤沢なリソース”ではなく、“極めて貴重な戦略資源”となった。ここで人事に求められるのは、採用競争に勝つことだけではない。既存人材の能力を最大化し、成長機会を提供し、リスキリングと再配置によって組織と個人の最適化を図ることである。「人が足りないからできない」ではなく、「限られた人材でどう最大の価値を生むか」という問いに、真正面から取り組めるかどうかが、経営の成否を分ける。 ④ 不確実性(VUCA)の時代 現代は「VUCA」と呼ばれる不確実性の時代であり、変化は予測不能で、事前に正解を見通すことはますます困難になっている。こうした環境では、精緻な計画よりも、変化に適応し続ける力、学習し続けられる組織能力が重要となる。その中心にあるのは制度でも戦略でもなく“人”である。挑戦できる風土、失敗から学べる文化、スピードある意思決定を支える心理的安全性――これらはすべて「組織・人材マネジメントの設計」によって生み出される。 VUCA時代の競争力は、人事の力量そのものだと言ってよい。 ⑤ ポスト真実時代 情報が溢れ、事実より感情や物語が影響力を持ち、社会の信頼構造が揺らぐ時代において、企業は“何をするか”以上に、“どのような姿勢で社会と向き合うか”を問われる。社員に対してどの価値観を提示し、どのような一貫性を保ち、働く意味をどのように示すのか。企業の信頼、ブランド、存在意義は、人事の領域で決まる部分が極めて大きい。採用、育成、評価、コミュニケーション――そのすべてが企業文化を形成し、文化は社会の信頼と結びつく。 これら五つの潮流は、いずれも人事を「サポート機能」から「経営の中枢」へと押し上げる力を持っている。AIの進化は“人の価値”を問い直し、データ資本主義は“人的資本の見える化”を促し、労働力制約は“人材の戦略的活用”を強制し、VUCAは“学習する組織”を求め、ポスト真実は“企業文化と価値観”の重要性を浮き彫りにした。 いま求められているのは、人事を単なる管理部門と捉える発想ではなく、「経営戦略=人材戦略」という当たり前の前提に立ち返ることである。 人と組織をどう設計し、どう活かすか――それこそが、これからの企業の競争力を決める最大の要因であり、人事はその中心的責任を担う存在へと進化していく必要がある。今、まさに“人事の時代”が本格的に始まっている。次回以降では、それぞれのトレンドに対し、人事がどのように応えていくべきかについて、さらに具体的に考察していきたい。

「人材戦略ワークショップ」 | 人事制度

「人材戦略ワークショップ」

人材戦略や人材ポートフォリオの策定と人事施策への反映が求められるなか、その策定をどのように進めるべきか悩んでいる人事担当者は少なくありません。 人材戦略を実効性のあるものにするためには経営戦略と連動させることはもちろん、現場のニーズを的確に捉え、何をどうすればその戦略を実現できるかのイメージを経営と現場が共有できるようにしなければなりません。 当セミナーでは、経営層や現場リーダー層を巻き込み、現場の実態と目指す姿を明確にしながら人材戦略の策定を進める具体策をご紹介します。

AIの使い方にコダワル | 人事コンサルティング

AIの使い方にコダワル

 正月休みに昨年の社会の動きを振り返ってみて、改めて、AI進化が凄まじいスピードで進んでいる事をつくづく感じている。この勢いに乗って、我々は、気づかぬうちに、とんでもないところまでいってしまうのではないかと心配になる。昨年、ノーベル経済学賞を受賞したMITのダロン・アセモグル教授は言う。  「人間がそれまで担っていた仕事にAIが取って代わる『労働代替型』の技術進歩ではなく、AIが労働生産性を高める方向で進歩していく『労働補完型』を目指し、人間の主体性(Agency)を奪ってはならない。」  AIは、様々な情報をインプットすれば、その条件の中でとりあえず、“最適な”ソリューションを提供してくれる大変頼もしい友人のようであるが、その回答を我々が鵜呑みにして、自ら考えることや選択することをひとたび止めてしまえば、おそらく映画『マトリックス』やジョージ・オーウェルの『1984年』のように、自らの意思で選択する力を奪われた世界に埋没していくだろう。我々は仕事における主体性を放棄してはいけないのだ。  「他社は?」コンサルティングを行っている日常でよく交わされる言葉だ。外部の状況を可能な限り十分に把握したうえで、自社にとっての最適解を導き出すことはとても重要だ。キャリアパス、給与水準、人事評価、人材育成の制度等、人事上の様々な仕組みを設計する際には、内外の情報や過去の知見を構造的に整理し、クライアント企業の意思決定を客観的にサポートするのがコンサルタントの役目でもある。クライアント企業の意思決定がその企業の属性から見て常識的な範囲のものであるのか把握したい時や、社内の過激で偏った意見を排除する際にも外部情報を有効に活用すべきだと思う。しかし当然ながら、自社と同様な他社の仕組みをそのまま取り入れればうまくいくものでもない。  「自社は?」むしろ、自社を知ることのほうが重要かもしれない。同じ業種や組織規模であっても、その企業の目指しているゴールやその企業を構成する人々のキャラクター、さらには創業以来培われてきた社風はそれぞれ固有のものであり、むしろそうした様々な内部情報を正確に認識し、収集した外部情報とともに机の上に並べ、何を重視すべきか考え、想定しうる選択肢を絞り、吟味し、意思決定を行うことが肝要だ。  未来は不確実なものである。将来、想定していた前提とは異なる現実が生じることも少なくない。その結果、よかれと思って作った仕組みは現実と適合しなくなり、見直しを求められる。それは当然のことであり、一度作ったら、将来にわたってメンテナンスをせずに使える仕組みなどはなく、移り行く現実に合わせて、チューンナップを繰り返し、最適化を図っていくものだ。  我々の人事コンサルティング業界も、アセモグル教授の言葉を借りて言えば、労働生産性を高める方向で進歩していく『労働補完型』のAIの活用は強力に追求していくべきである一方、収集した外部の情報や組織内部の状況を構造化し、言語化してクライアントと共に主体的に考え抜いて最適なシナリオやソリューションを生み出すことは、決してAIに任せてはならないものだ。  これは人事コンサル業界に限った話ではなく、どんな業界でも当てはまる。人間にとって「主体性」こそ、本質であり、「主体性」のない組織や、人間が「主体性」を持たない社会の中で生きることに、我々は何の価値も感じられないだろう。  一見、悩むことなく楽に見えるかもしれない「マトリックス」や「ビッグブラザー」に従う社会ではなく、日々移り行く現実と常に向き合い、我々自らが考え、意思決定をする健全な社会であり続けられるかどうかは、我々自身が、AI発展に対して、いかに主体性に向き合っていくかどうかにかかっている。AIの有用性に存分に享受しつつも、我々は、絶えずそれを自身に問いかけていかねばならない。

人材戦略は全社ワンチームで! | その他

人材戦略は全社ワンチームで!

 これからの時代、企業の成長エンジンは、お金やモノではなくヒトである。ヒトを資本と捉え、ヒトに投資し、ヒトが価値を創出することで、企業が成長し得るというのが人的資本経営だ。ヒトをコストとして捉え、生産性を高めるため、できるだけ人件費を削減するという発想から転換しないと、企業は成長どころか生き残りさえ難しいという時代になった。  そのため、各企業はこぞって、人材の育成・成長を強化する方針、優秀な人材を獲得するための施策、従業員のキャリア開発支援、社員モチベーションの向上、ワークライフバランスの重視、等々、人材に関する方針や施策を経営計画で掲げている。  中期経営計画や上場企業の統合レポートを見ても、あきらかに人事や人材に関する方針のウエイトが高まってきている。  こうした方針や施策を推進していくには、それぞれの企業のビジョンや経営戦略と連動させていくことが重要なのだが、正直なところ、経営戦略と連動したかたちで、どのような人材(WHO)を獲得していくのか、どのように(HOW)人材を育成していくのか、明確で具体的な施策に展開されている企業は、必ずしも多くない。  必要なヒトを確保し、育て、社員のエンゲージメントを高めていくといった基本的な方向性は定まっているものの、具体的にどの社員を、どのように育てて、どんな成長を目指すのかについて、社内で共通の認識が確立され、かつ、具体的な施策に展開されているだろうか。また、現有人材の実情や現場感と大きく乖離した理想的な人材像を描き、現場の社員からするとリアルさを感じられない計画になっていないだろうか。  もちろん、過去から長らく、人材の価値向上に着目し、経営戦略と連動し、現実感のある人材戦略を展開している企業もあるのだが、その割合は限られている。  人事部門もこうした状況を十分理解し、これからより解像度の高い人事・人材戦略を描いていこうとしているが、思った通りには順調に進んでいない。どんな施策づくりでもそうだが、総論賛成、各論反対といった状況に直面しているところも少なくない。人事部門が、より具体的な施策を策定しようとする段階では、各部門での微妙な利害や思惑が異なり、基本的な方針としては賛成だが、個々の施策では反対となって、なかなか前に進まないというケースも散見される。  こうした状況を打開する上での、一つの効果的な施策が、現場のリーダー層を巻き込んだ、ワークショップスタイルの施策展開だ。人事部門が施策の策定において、経営との対話に終始するのではなく、現場のリーダー層とともに現状の認識合わせや人事方針を具体化していく方法である。この方法であれば、現場の事業部門にオーナーシップ感が生じ、部門間での相互理解が高まり、さらには、リアルな現場の実態や実力に基づいた施策展開が可能になってくる。  後継人材の育成、人材ポートフォリオの作成、組織文化の醸成など、人事の施策にはそれなりに時間がかかる。一刻もはやく着手しないと、新しいテクノロジーが次々と生まれ、大きく変化する経営環境についていけなくなってしまう。いまや、人事周辺の特定メンバーだけで、人材戦略を策定することには、限界がある。全社的リソースを巻き込んで人材戦略を策定し、ドライブをかけていく必要がある。 ■■無料Webセミナー情報■■ 「人材戦略ワークショップ」~経営陣・現場リーダーを巻き込み人的資本経営を実現する方法~ 日時 2024年8月29日(木) 10:00〜11:00 受付9:45〜 スピーカー 高柳 公一

明治政府と武士の決意 | その他

明治政府と武士の決意

 AI等、テクノロジーの進化をはじめ、社会の大きな変化に応じ、従来の職業の価値が低下していく可能性について、関心が寄せられている。“将来、なくなる職業ランキング”といった記事さえも、数多く、散見されるようになった。また、数年前から、大手テレビ局の男性アナウンサーの退職が続いている事がニュースにもなっていたが、花形と言われる職業であった、男性アナウンサーであっても、将来は安泰でなく、新たな価値提供の場を求めていかねばならない状況が今、ここで進行している。    外部環境の変化により、今まで、人気ランキングの上位に占めていた職業の価値が低下し、場合によっては、必要性さえもなくなってしまうと言われている事態は、今に始まった事ではなく、過去の時代においても、少なからずあった。その典型的なものは、明治維新後の“武士の廃業”がある。明治になって、封建制度の崩壊と共に、武士の俸禄はどんどん削減されていった。 さらには、“数年分の俸禄を支払うので、武士をやめなさい”という、今でいう早期退職制度のようなものさえ導入され、そうした状況の中で、武士たちは、明治政府に抵抗を示しながら、止むを得ず、新しいキャリアを模索していった。    そうした武士たちの、主たる“転職先”は、官僚や軍人への転身だった。明治政府は、多数の旧武士を官僚や軍隊として受け入れたが、基本的に、能力の高い人を雇うという方針を持っていた。というか、能力の高い人材、実力がある人材しか、雇えなかった。明治政府は、人材も金もない中で、欧米列強と向き合いながら、早急に統治機能高めるためには、古い体制の継続を声高に主張するような人材や、家柄がよかろうとも、仕事のできない人材までを抱えていく意図も余裕もなかった。身分・家柄を問わず実力のある人材を優先的に登用していくしかなかった。    一方、官僚や軍人として、登用されなかった武士たちは、新たな世界へと転身した。その一つは、教育者だった。武士は、読み書きや武道など、多くの知識や技能を持っていたため、教師や道場の指導者になった。今まで身に着けてきた知識やスキルが活用できる他の職種を選んだケースだ。これは、社会が変化する前から、自身で高い教養やスキルを保有していて、それを活かしたキャリアチェンジを行ったケースと言える。明治以上に、目の前で活用されるテクノロジーや知識が、すぐに陳腐化する現代においては、日頃から、専門的領域より、自然科学のような、より広範でベーシックな教養や知識、技術を高めておくことは、より重要な事なのかもしれない。    また、明治時代になると、日本は急速に近代化、工業化が進み、新しい経済機会を求めて、商工業における事業を始める者もいた。今風に言えば、新たに生まれた産業やベンチャー企業で、大きな可能性を求めて、起業をするケースだ。今まで生きてきた中でのなじみのある世界で、生きていくより、いっそ、この機に、新しい世界に飛び込んで、大暴れしてやろう!意気込み、優れた起業家や事業化として、その後の日本社会に貢献した元武士たちも、少なからずいたことだろう。    以上、明治維新における武士の対応は、①新しい時代に即した従来と同様の職種でのバージョンアップ(官僚や軍人への転身)、②自身の保有する能力・スキルの提供者(教育者)、③新時代に生まれた産業、職業へのチャレンジ(新規事業家)という道を選んでいった。明治維新をきっかけとして、武士たちは、本当に目指すべき自身の生き方やキャリアを見つめなおし、新たな道に進んで行ったことで、結果として、強制的ともいえる日本の労働力のシャッフルが行われ、結果、人材の最適配置が進んだ事は、その後、明治日本の躍進の原動力の一つであったことは間違いないであろう。    また、明治政府が、過去のしがらみや温情ではなく、高い能力を持つ人材を官僚や武士として採用することで、その後の欧米列強からの侵略を防げたことを思うに、企業が、これからの時代に求める能力やスキルを明確に再定義し、実力主義の登用を今まで以上に促進することができるか否かが、これからの日本社会の行く末を決めることになるだろう。日経平均株価が、高値を更新し、失われた30年から脱却し、ようやく新しいステージが見え始めた日本経済が、このまま成長軌道に乗っていけるのか、企業にとっても、人材にとっても、このチャレンジは避けられないものだ。  

組織の健全な血液循環を | その他

組織の健全な血液循環を

 年末年始の休暇の間に、昨年起こった様々な出来事を振り返ってみた。一番、印象深かかったのは、複数の権威ある企業や組織において、長い間、黙認されていた、過去から続く大きな問題が表面化したという事だ。中古車販売会社しかり、政党派閥しかり、人気劇団しかり・・。それぞれ、詳細な真偽はわからぬが、長年の実績が積み上げられて、権威ある組織ほど、周囲が忖度をしてしまうのか、物事が大きくなる前に気づき、自浄する機能が働かなかった。  周囲が忖度して、その問題を肯定、ないしはスルーしてしまう。トップはそれを良しとして、見て見ぬふりして、現状を正当化する。むしろ、都合の悪い事には、目をつむるばかりか、積極的に、蓋をしてしまう事で、ますまず気づかれにくくなり、組織の中にある問題はさらに深刻化していく・・。昨年だけでもあれだけ、多くの組織で表面化したのだから、こうした事態は、特定の業種・業界に問わず、どこの組織でも、起こりうる事だと考えておいたほうがよい。  最近になって、過去から続くこうした行いが、表面化し、問題として認識されるようになってきた背景の一つには、インターネット社会が進行する中で、問題と思われる事実が、一個人から拡散しうるようになったという事があると言われている。いまや、誰でもXやYouTubeで様々な情報を、不特定多数に向けて発信できる時代であり、だれでも、社会に対して、それをリークし、問題提起させることができる。  そういう意味では、組織内部で大きな問題が堆積し、深刻化する前に、迅速にそれがオープンになり、早々に手が打てるような気がするかもしれないが…事はそう単純ではない。発信する側も、発信した際の影響を考えてしまい、慎重になってしまう傾向はあるだろう。 組織の中に、何かあれば、それをオープンにしてもよいという雰囲気がない、と、なかなか、逡巡して、意見や情報を発信することに踏み切れない。そういう組織の中の空気が、問題が表面化することに、無言のブレーキをかけてきた事も否めない。  多くの企業でも、組織内の問題について、報告する通報窓口などを設置しているが、実際にそれが機能するのは、限られた場合であり、多くの問題が、水面下でくすぶっていることも少なくない。形式的には、通報窓口があるので、どうぞ、なんでも報告してくださいと、しているが、実際には、組織の各所でパワハラが行われていても、そうした通報がなされるのは、かなり限定的であるのが、多くの企業の実態とも言える。  結局のところ、そうした情報は受け身で待つのではなく、組織として、積極的に取りに行かねばならないという事だ。再起には、そうした認識に立つ経営者が増えてきているのか、率先して、見えていない、聞こえてこない組織の問題を取りに行こうという声が大きくなっていて、エンゲージメントサーベイや多面評価(360度診断)の実施について、トップ自ら、相談に来られる企業も少なくない。  サーベイの実施の際に、我々のような外部組織を使う事で、言いにくい事もストレートに 情報が上がってくることを期待する企業も多い。日本人的な文化なのだろうか、社内のサーベイだと、なかなか、情報の出どころを特定されて、堂々と話せない社員も少なくないのかも知れない。  国内外で、人的資本経営の重要性が強く叫ばれる中で、組織の健全な状態を維持・向上していく事は不可欠であり、通報され次第、対応するというような受動的な対応では手遅れで、自ら、組織の内部で起こっている事や状況を積極的に把握し、問題があれば、即、その芽を摘み取り、いつでも、組織の状態を健全なレベルにキープしていこうとする風通しのよい組織目指す経営者が徐々に増えてきていることは間違いない。  トップダウンの指令だけで、各部門が機能させていると、現場に問題があったり、疲弊したりしていても、気づかない。ヒトの動脈と静脈の関係のように、経営層から各社員へ、社員から経営層へ、双方向でコミュニケーションさせる仕組みを持つことが、組織の健全化、活性化にむけて不可欠な時代だ。