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高柳 公一

column
カオスの時代 | その他

カオスの時代

何かをやるべき仕事がある時、おそらくほとんどの人が、『混沌とした状況(カオス)』よりも『秩序ある整然とした状況』のある中で行いたいと思うだろう。 騒がしく、エアコンの効きが悪いオフィスよりは、静かで快適なオフィスで集中して仕事をしたいし、時々フリーズする古いパソコンよりは、安定した性能の最新パソコンを使いたい。上司からの業務指示も、あいまいで雑な指示よりは、正確でわかりやすい指示の方がありがたいし、行うべき作業手順も言ってもらったほうが助かると思うかもしれない。逆に上司からすれば、言われた事を予定通りに行ってくれるルール通りに動く部下がいてこそ、自分のミッションを正しく遂行できると考えるだろう。 『仕事を行うためには、周囲に『整然とした予想可能な状況』を作ることが大切で、そうすることで、業務の品質や生産性も上がる』という確固たる観念を我々は持っているし、おそらくこれはこれで正しい事だ。 このお盆休み、台湾に行ったが、ホテルなどでは日本語も通じるし、日本料理店も多く、あまり国内と変わらない気分で過ごしていたが、ひとつ日本と異なりウーバーが台北市内のあちこちに走っていて、スマホで手軽に呼び、頻繁に利用した。ウーバーは、タクシーのドライバー以外の一般人が自分の空き時間と自家用車を使って 他人を運ぶ仕組みで、この10年程で世界中に広まっている新しい輸送サービスである。ユーザーからすれば、便利なサービスだが、タクシー会社やドライバーからすれば、いままでの業界のルールを無視され、カオスが発生したようなもので、各地で職を失うことを恐れたタクシードライバーによるストライキや暴動が起こっている。 ビジネスというゲームにはルールがあり、決められたルールの中で、プレイヤーの企業同士が戦うものだと我々は普段、信じているが、いま、社会全体は変化し、タクシー業界に限らず、エアビーアンドビーの登場したホテル業界他、様々な業界でそのゲームのルールが成り立たない状況が発生し始めている。 同じ業界の定まったルールの中で、より安い価格で、よい多くの付加価値を提供しようというゲームから、顧客の本来の目的を実現するために、より魅力的な新しいルールを作れるかというゲームに時代は移行しつつあるという事だ。 だれもが信じられる秩序のある事業環境から、見慣れないルールがどんどん生み出されていく混沌とした事業環境に移っていくと、ビジネスに求められる人材の能力にも変化が生じて来る。秩序のある状況で活躍していた人材が、混とんとした状況でも活躍できるとは限らない。決まった環境や前提の中で、そのルールを守りながら適切に計画を策定し、優先順位をつける事ができる人材が、何も決まったものがなく、頼りどころのないカオス的状況の中で、無の中から新しいルールを作れるかどうか・・。 定まったルールの無い混沌とした環境下で、瞬時に状況を見極め、即決、行動する力や、ビジネス本来の目的を達成するための本質的な解を見出す洞察力、自由な発想力と言うのは そうした状況の中で、試行錯誤を繰り返しなら鍛えていかないと、やはり、うまく発揮できないのではないだろうか。 整然とした秩序ある快適な職場環境を提供し、生産性や品質を向上させることは今後も重要なマネジメントのミッションであり続けるべきだがが、その一方で、カオス的な環境の中に社員を放り込み、不安定な状況の中でもとにかく前に進ませ、無から新しいルールを生み出すことのできる逞しい人材も作り上げていかないと、近い将来、足元をすくわれてしまう事になるかも知れない。

怪我の功名? | その他

怪我の功名?

昨年末にちょっとした怪我をして、しばらく自宅から外出できなかった。年に1,2度、風邪を引いて休むことはあるが、今までの職業人生で、1週間以上連続してオフィスに出なかった記憶はなく、おそらくは、今回が、未出社の最長期間という事になる。傷口を縫合した後数日は、流石に終日、ひたすら寝ていたが、怪我の場合、病気と異なり、体力自体は割と早く回復して来るようで、日を追うごとに、布団の中でじっとしていることは難しくなって来る。かといって、傷口がしっかり閉じていないうちに、外出すれば事態を悪化させることになると医者から言われ、年内の予定は、基本的にキャンセルせざるを得なかった。 そこで昨年最後の10日間は、在宅で、怪我の治癒を進めつつも、体力の回復に合わせて、徐々に、自宅で仕事を再開し、メールや電話を使っての社内のメンバーとやり取りや、いくつかのミーティングにもリモートで参加した。今まで当社でも部分的に在宅勤務は認めて来たし、ウェブ会議システムを使ったリモートミーティングも行っているので、今回が、初めてのリモートワークの機会という訳ではないが、約10日間もの間、継続して、職場のメンバーとはまったく顔を合わさぬまま、仕事をしたのは初めてであり、結果として疑似的ではあるが、リモートワークをそれなりに実体験する機会となった。 この経験を通じて感じる事ができたのは、「これは行けそうだ」、というリモートワークに対する確かな手ごたえだ。すでに、世の中にはリモートワーカーだけで構成されている企業もあるようで、そうした先進的企業からすれば、「何をいまさら・・」と思われるかも知れないが、私が関与しているクライアントの中で、リモートワークを本格的に実践している企業はごく限られているし、TV会議やウェブ会議でさえも、そもそもそうした設備がなかったり、あったとしても積極的に開催されていない企業も少なくないのが実態である。 多くの企業が、リモートワークの有効性や必要性を認識しつつも、必ずしも積極的な実施に至っていない背景には、セキュリティ上の不安やオフィス外で働く社員のマネジメントの難しさ等があると言われているが、既にテクノロジーの進歩がセキュリティ上の問題の多くを解決しつつあるし、実際、部下がオフィスに居さえすれば、マネジメントできるという話でもないのだから、それらは、本質的なリモートワーク浸透の障害とは言えない。むしろ、リモートワークが浸透しない本当の理由は、「仕事はオフィスに集まって、顔を突き合わせてやらないとうまくいかないものだ」という固定観念に縛られている事なのではないかと 思っている。 また、「慣れ」の問題もあるだろう。10日間、疑似的なリモートワークを続けることによって、正直、最初はリアルに会ってコミュニケーションしたほうが早くて確実と思っていた部分もあったが、継続的にリモートでコミュニケーションしているうちに、徐々に慣れて来るもので、業務の品質や生産性に深刻な問題があるとは、振り返って、感じる事はなかった。 働き方改革が進行する中、就業時間を短縮しつつ、アウトプットは維持・増大、という難しい課題に我々は直面しているが、やはり、その有効な解の一つに、リモートワークは数えられるのではないか。一日24時間の中で、オフィスと自宅を往復する通勤時間が不要になる分だけでも相当なメリットがあるはずだ。一気に切り替えるのではなく、週1~2回から始めることも可能だろう。世界経済も今年は厳しくなるという見通しの中、いずれにせよ、我々は、自らの脳の中を検証し、固定観念を見つけては壊し、一つ一つ新しい働き方を実践していかねばならないのだ。

ブルネロ・クチネリと働き方改革 | その他

ブルネロ・クチネリと働き方改革

上質なカシミヤニットを主力商品とするイタリアのラグジュアリーブランド、ブルネロ・クチネリ社をご存じだろうか。CEOのクチネリ氏は、子供の頃、工場に働きに出る父が上司から侮辱され涙する姿を見て、「労働者の尊厳を損なわない仕事の在り方」を追求することを決意し、その方針に従った経営を行っている。 「個人の生活や魂と肉体のバランスを保つため休息の時間を侵すことはあってはならない」として、社員の残業を禁止し、終業後のメールも許さない。製作を行う職人には、職人としてのプライドを保たせるため、通常社員より2割以上多く賃金を支払い、丁寧な仕事を心掛けさせる事で商品の品質を維持している。さらには、次世代の職人育成のための学校を建てたり、社員が楽しめる劇場や学ぶための図書館を建設する等、社員を人間として尊重することで、生産性や創造性が高まり、結果として企業も成長するという考えだ。 こうした彼の経営哲学は、『人間主義的資本主義』ないし『倫理的資本主義』と言われ、ブルネロ・クチネリ社の顧客の中には、このフィロソフィーを高く評価し、自分が購入する事で、そうした企業を応援し、結果として社会に貢献できると考える人も多くいるという。かつて、持ち物にはその人の品格が表れるとして、動物愛護の観点から毛皮の不買運動が広がった事があったが、逆に、経営哲学に賛同できる企業の商品を積極的に買い、身に着けることで、自らも社会に貢献し、メッセージを発信していく、という動きが社会に広がりつつあるようだ。つまりは、社員に対する企業の経営方針が、社会に評価され、業績アップに貢献している例と言える。 我が国では、現在、働き方改革が進行しているが、この改革の基本は、企業の論理が、社員の論理より優先されてきた状況を是正し、社会全体で、より人間的に働くことのできる世の中にしていこうという事だ。 しかし、多数の企業で、給与水準のアップや、有給休暇の取得保証といった施策が実行されはじめているものの、その直接的動機は、社会的な要請に応えていこうというよりは、法律改正への対応や、採用難の中で必要な労働力の確保といったものが、現実的なところなのかも知れない。 上述のブルネロ・クチネリ社のケースのように、我々自身が顧客の立場として、企業の社員に対する考え方により着目し、望ましい働き方を実践している企業の商品・サービスを積極的に購入していく意識が広がっていけば、(プレミアムを支払ってでも、そうした企業を購入する顧客マインドを持ち得れば、) それはこの改革を促進させる強力なエンジンとなると共に、より本質的な社会改革としての成功につながっていくはずだ。

職場の民主主義 | その他

職場の民主主義

「社員のロイヤリティを高め、パフォーマンスを向上させるために、他社ではどんな取り組みをしていますか?」企業経営者や人事部門の責任者から、時々聞かれる。 先般、新聞(4月5日付 ウォールストリート紙)に、ある興味深い記事があった。共和党・民主党の大統領候補選出で沸くアメリカでは、一般企業においても職場の民主主義が広まりつつあるという内容だ。 「オフィスレイアウトをパーティションで仕切るかオープンテーブルにするか」「職場の共有スペースで音楽を流すか否か」あるいは、「本社の引っ越し先のロケーションはA地区かB地区か」等、アンケート調査用のデジタルツールを利用して、一般社員が、職場の運営等について発言の機会を与えられたり、意思決定に参画する会社が増えているようだ。また、さらには、最終意思決定は経営・管理職側にあるものの、意見を参考にするということで、CEO決定や人材の採用の是非まで、社員に問う企業もある。 事の大小に限らず、組織運営上の意思決定を従業員の投票を行って決めることは、会社経営への参画意識が高まり、リテンションやモチベーションにプラス効果をもたらすことにつながるだろう。日本に限らず、米国でも、社員の参画意識を高め、やる気を引き出そうと各企業が腐心しているということだろう。 ただ、こうした取り組みには当然リスクもある。社員に迎合するようなアプローチで行ったり、十分に投票環境を整えておかずに投票を実施したりすると、誤った判断や社内の混乱をもたらすことになる。 社員投票を行う際には、経営・管理職サイドは、適切な情報と意思決定のポイントをよく整理して提供して、それぞれの選択肢のメリット・デメリットやインパクトをよく理解させたうえで投票させることが重要だろう。 我が国では、組織運営上の判断をする際に、社員に積極的に意見を聞こうとする例はそう多く聞かない。一般的には、従業員意識調査として社員アンケートを数年に一度、行っている場合はあるが、それさえ実施していない企業も少なくない。 今や、テクノロジーの発達により、比較的容易に、社員投票やアンケートが実施できる環境が整いつつある状況である。採用難やリテンション対策で頭を悩ます企業や社員のパフォーマンスを最大化することに取り組んでいる企業にとって、投票のテーマは、よく吟味するとともに、適切な段取りと社員に対するメッセージを十分考慮した上で、職場の民主主義を広めていくことは、企業差別化人事施策としても有効に機能するのではないだろうか。

給与情報の公開レベル | その他

給与情報の公開レベル

コンサルティングをしていると、企業間で、人事上のポリシーに、大きな隔たりがある事を時々、感じさせられる。たとえば、社員の給与や評価結果を社内でどこまで公開するのかという事も、その一つだ。評価結果は、大変、個人的なものであり、ラインの上司と人事部しか知るべきものではなく、他部門であれば、役員クラスでも、公開されないという考え方を持つ企業もあれば、管理職以上であれば、自分の所属階層以下の社員の評価結果については、だれでもアクセス可能で、むしろ積極的に部門間どうしで、評価に対して意見を求めあい、より適正な評価を行っていこうという企業もある。 給与額についても同様で、法的な観点もあり、さすがに、一人ひとりの給与明細を社員全員に公開しているところはあまり見かけないが、人事制度で決められた各等級の給与レンジや賞与額決定ロジックや月数を社員に公開していて、役割やポジションにより、おおよその給与水準が推測可能にしている企業もあれば、給与レンジに加え、誰がどの等級であるかという事さえ、本人以外には、一切、公開していないという企業まである。 このように、処遇に関する情報開示ポリシーは企業により様々であるが、給与額情報をある程度、積極的に公開していこうと考えている企業が、今、徐々に増えているように感じる。その目的は、どんなパフォーマンスや役割を担えば、いくらの給与が期待できるのかを社員に明示する事で、給与支給の透明性が高まり、社員のより高いパフォーマンスを引き出すことにある。他人と比べた自分の給与状況を知らされると、より熱心に働き、業績を伸ばしたという研究結果もあるようだ。また、給与の透明性を高めることで、男女間での給与格差是正にもよい影響が期待できるという声も聞く。 一方、いままで、給与レンジや賞与額決定ロジックを公開してこなかったのは、社員に対して、なぜ、その給与額や賞与額になったのかをうまく説明することができないという理由によるところが多い。給与情報の公開をすることで、適切で合理的な給与・賞与決定メカニズムへ整備を促進していこうと、経営や人事が、一歩、前進していこうとする意思の表れでもある。 そもそも、企業サイドがいくら、給与情報を秘密にしようとしても、社員間で給与明細を見せ合うことまで、止めることはできないし、最近では、匿名で社員や元社員が、給与情報を提供して、ネット上で、かなり具体的な月収や手当額まで、わかってしまう時代である。こうした大きな流れに対抗して、企業サイドで、情報を制御していくことはますます難しくなっていくだろう。社会の情報開示のトレンドが進行する中で、社員のパフォーマンス向上や優秀な社員の獲得・維持のために、給与情報や決定メカニズムの公開がより進んでいくことになるだろう。

組織の整体師 | その他

組織の整体師

ある意味、職業病なのかもしれない。長い間パソコンをたたき続けていたためか、肩こり・首こりが激しくなり、先日のある週末、頼りの整体師に施術を受けに出かけた。 「高柳さん 今日も、相変わらず、すごい硬さですよ」 私の肩をもみながら、整体師のAさんは、そう言った。 「肩こりの主たる原因は、血行不良なんです。長時間、同じ姿勢をしていると、特定の部分の筋肉が緊張状態になり、その周辺の神経や血管を圧迫する。その結果、血液の流れが悪化し、筋肉は酸欠状態となり、老廃物がたまり、こりを感じるようになります。ですから、仕事の合間に首や腕を回したり、軽い運動して、とにかく、血行を良くして、老廃物をためないようにしてください」 長い時間、同じ姿勢で過ごすと筋肉が緊張し続けることになるので、血液の通りが悪くなり、酸素の供給が滞ったり、老廃物を滞留させ、それが慢性化すれば、目まい、頭痛、集中力の低下など、全身に大きな影響を及ぼすことになるだろう。 マッサージサロンのベッドの上で、彼の話を聞きながら、人間の体で起こるこうした現象は、実は日本企業の組織の中でも、よく起こっているのではないかと思った。 組織の血流を停滞させないように、積極的に人事異動を行っている企業ももちろんあるが、組織やその構成人員が硬直的で、一度、ある部署に所属されたら欠員補充のような異動以外は、積極的に人事異動を行わないところは、思いのほか多いのが現実である。 そうした企業が人事異動に消極的な事の主たる理由として、同じ社員が継続して業務を行うほうがノウハウが蓄積され効率的だからという主張である。確かに、新しく移ってきた社員は、従来やっていた社員より、最初は効率が悪いかもしれないが、次第に慣れていくものだし、異動がないと、業務の標準化、マニュアル化の遅れの原因にもなり、業務の属人化が進んでいくことにつながる。あまり長い期間、特定のメンバーに業務を任せ続けてしまうと、仕事の内容がブラックボックス化して、外部で把握できなくなっていく。人事部門は、異動に伴う引継コストという短期的視点ばかりでなく、異動を行わない事による中長期的なリスクも考慮して、人事異動を実行していかなければならないはずである。 もう一つは、本当はもっと積極的に人事異動をしたいのだが、組織が縦割りで一度配属されたら、他部門への異動は現場が受け入れてくれないという理由である。本当は、やりたいのだが、現場の部門も抵抗されるということだ。確かに。現場の各部門の力が強く、人材の放出に、部門長が否定的な企業も少なくないが、これこそ、「全社最適<部門最適」の典型であり、人事主導になって、トップを巻き込みながら、組織全体での血流の活性化の重要性を浸透させていかなければならないところだろう。 ヒトの体と同じで、人事異動を適切に行う事で、組織の血液たる「情報」の流れがよくなるとともに、蓄積された老廃物も取り除かれていく。組織が硬直化し、企業全体が機能不全に陥らぬ前に、人事部門は組織のコリを取り除いていく優秀な整体師の役目も負っている。

プレイングマネージャー禁止論 | 人事制度設計

プレイングマネージャー禁止論

 「生産性の動向2015年度版(日本生産性本部)」によると、2014年の我が国の労働生産性は約73,000ドルで、OECD加盟34カ国の中21位、主要先進7カ国で最も低い水準が2005年より続いている。我が国の企業の生産性が低い水準で留まっている背景に何があるのだろうか。  コンサルティングの現場、肌で感じている事をいくつか挙げてみよう。例えば、「業務の分担」の問題。多くの企業で、正社員が非正社員と同様の業務を行っている状況が少なからず見受けられる。非正社員より労働コストの高い正社員が、非正社員と同様の業務を行い続ければ、生産性が低下するのは当然である。そこにメスをいれることができていないのは、誰が、どのレベルの業務を行うべきかというモノサシが現場で確立されないまま、放置されているという事だろう。  次に、「不要な残業」が行われ、それが見過ごされているという現実。なぜ、残業が必要なのか、どのくらいの追加時間が必用なのか、誰もよくわかっていない。残業をマネジメントするための環境が整っていないので、本来は就業時間内に当然完了すべき業務が残業時間に回されたりしても、気付かなかったり、否定することができない。適切な残業基準ができれば、就業時間内に仕事をかたずけてしまおうという意識が高まり、業務の生産性は高まっていくはずである。  もう一つは、「不適切な意思決定プロセス」である。意思決定に無関係な人物まで会議に召集されたり、せっかく会議を招集したのに、延々議論の末、結論をださなかったり、逆に、しかるべき時に、意思決定の場が設けられず、何度も先送りされたり・・。こうした不適切な意思決定プロセスのために、関与者の多くの作業と時間が無駄に使われていることを深刻に受け止めなければならない。  さらには、部下と上司の間で、「適切なコミュニケーションがされないこと」で、無駄な作業ややり直し作業が発生したり、現場における「業務の標準化やシステム化への主体的取り組みマインドの低さ」なども、我が国の生産性向上を阻害する要因といえるだろう。  実際のところ、大多数の企業では、それらを問題として認識している。が、現場の管理職がその他の業務で忙しすぎて、結果、本格的に手が付けられていないというのが実情なのではないか。本来、管理職は日々の実務を行わず、配下の実務者のアウトプットを最大化するためのマネジメントを行うことがミッションであるはずだが、我が国では、バブル経済崩壊以降、長きにわたり、合理化推進の旗印のもと、組織の頭数を抑えるために、管 理職をいわゆるプレイングマネジャーと位置づけ、非管理職が行うべき実務まで、管理職に多大に追わせてきたことで、管理職本来のミッションが機能不全に陥ってしまっている面があるのではないか。また、当の管理職も、非管理職時代から慣れ親しんだ実務を引き続き行うことを会社から許容されている事で、本来のマネジメントはほどほどでよいという免罪符を与えられた感覚になっているのではないか。  厳格に管理職と非管理職のミッションを切り分け、管理職から一切のプレイヤー的業務を取り上げ、四六時中、配下の組織パフォーマンスを高めるためのマネジメント業務にだけ集中させるぐらいの覚悟で、生産性向上に正面から取り組める環境を整えていかなければ、我が国の生産性問題は本質的に解決されないだろう。