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column

水を飲まない馬

 正月に里に帰るでしょ、田舎だから親戚が集まるんですよ。こたつで蜜柑食べながらテレビ見てるときにね、「このCM作ったとは俺ばい。」って教えてやると、みんなが目を丸くして「嘘じゃろう!すごかね!」って驚く。それが面白くて今の会社で仕事しとるんですよ。・・TVコマーシャルの制作をしている友人が、にやにや笑いながら、ぼそっと語る。

 企業で働く人々に出世欲が無くなったという。パーソル総合研究所の調査によれば、アジア太平洋地域の14の国、地域の主要都市で働く人々の中で、管理職になりたい、という人の比率が、日本は14番目だったとのことだ。また、日本生産性本部の調査によれば、「どのポストまで昇進したいか」という質問に対する答えで最も多かったのが、「専門職」の17.3%、その次が「どうでもよい」の16%だ。

 終身雇用のわが国企業では、管理職人材をそれ専用に雇ってくるということをしないから、内部昇進によって管理職を生み出す。プレーヤーたる実務者の中から優秀な者選び出して、マネージャーたる管理職に昇進させるという方法が長く採られてきた。このシステムの下では、いきおい、「良い成果を上げたら褒美として管理職に上げてやろう」というセリフで実務者層の士気を上げてきた。いわば論功行賞としての昇進である。「昇進」をがんばりの動機付けにしていたということだ。

 昔は、これでも会社がうまく回っていたのだろう。今の企業組織の基礎が出来上がった大量生産、高度成長時代には、会社の業務は大いに標準化され、社員の一人ひとりは今日何をすればよいか、よくわかっていた。だから、管理職がこと細かな指示をしなくても、組織として成果を上げることができていた。加えて、管理職の給料はそれなりに高く、名誉もあった。
ところが、今の時代、買い手の志向が多様化して、売るモノ、提供するサービスが複雑化した。そして管理職は、部下の一人ひとりに細かい指示を与えなければならなくなった。管理職に昇進した「トッププレーヤー」にとっては、全く違う職種に乗り換えたようなものだ。
よくやった、と褒められて、管理職に昇進したとたん、君はなぜきちんと部下を指導しないか、と責められる。だが、部下を指示指導する訓練など受けていない。これはどうしたものか、と混乱する。これまでより広範で重い責任、慣れない人事評価、ワークよりライフのほうに興味がある部下たち、残業代で部下には抜かれてしまう程度の月収・・・魅力の無いところばかりが目立ってしまう。もはや、昇進なんて「どうでもよい」訳だ。

 「昇進」よりは「キャリアアップ」やろうね、と件のCMクリエーターは言う。彼にとっては、「昇進」という言葉には責任だけが重くなって好きな仕事ができないネガティブな印象があり、「キャリアアップ」という言葉には、自分の腕一本で成果を上げ、より面白い仕事を得られるといった、ポジティブな印象があるのだろう。

 これを聞くと、「管理職への昇進」を動機付けの主たる因子に置いて能力を発揮させよう、成果を上げさせようとする従来型の仕組みには、限界があるように思える。キャリアゴールは一流専門職であり、それに向かって切磋琢磨しろ、と言ったほうが、より強い動機付けになるような企業が数多くあるのではないだろうか。社員ががんばろうとする意識の源泉に何があるのか、「昇進」に代わる魅力的な誘因は何なのか、時代の変化をよく見定め、人事制度の全体を見直す必要がある。古いイギリスの諺に曰く、馬を水辺に引っ張っていくことはできても、水を飲ませることはできないのだ。

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