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column

合理性と情緒

 その事業は、創業社長が50年前に始めて以来、手塩にかけて育て上げた事業だった。しかし、時代の変遷の中で需要が激減し、健全な利益を上げることができなくなっていた。会社は、思いつく限りのコストダウンを試み、共通費の配賦も特別扱いにして、何とかこの歴史的な事業を存続させようとしてきた。しかし状況は限界に来ていた。最終的に会社は、この事業からの撤退の意思を固めたが、それに至るまでには紆余曲折があった。

 数年前に遡る。企画部は、何か月もかけて客観的なデータを積み上げ、この事業の将来の損益シミュレーションを念入りに作成した。事業部の赤字は、会社損益に、致命的とは言わないまでも大きな影響を及ぼすことは明白であった。利益を計上している他の事業の中にも厳しい環境変化に晒されているものがあり、多額の投資を必要としていたから、この事業の将来的赤字を野放しにすることは、到底できなかった。そして、論理的な検討の結果として、この事業からの撤退を経営会議に上程した。

 事業部は抵抗した。この事業は当社のブランドの要である。少数とはいえ長く愛顧をいただいているユーザーにどう釈明するのか。この事業の技術やノウハウが他の事業の基礎になって、大きな利益につながっているではないか。何よりも、この事業を支えてきた社員たちの気持ちをどう考えているのか・・。この事業部には、この事業でなければ活かせない特殊な技能を持つ社員が数十名いた。総合職社員は、他の事業部門に配置換えすることが可能だが、専門職社員には行き場がない。事業部長は、声高に訴えた。事業を続けられるならば、皆で賞与を全額返上してもよい、皆、それくらいの覚悟でこの事業に臨んでいる、と。

 役員会は、度重なる議論の結果、会社の健全な成長と利益創出に照準を定め、合理性を重視して判断を下した。すなわち、不採算事業から撤退すること、そして、浮いた資金を成長事業に投下することだ。もちろん、当該事業部所属の社員に対してできる限り不利益の無い取り扱いを準備するよう指示した。配置転換により雇用を守ること、退職を希望する者には割増退職金を支給し再就職の支援を行うこと、専門職社員であっても、一定の訓練を施して極力会社に残れるよう努力すること。

 人事部は、一連の特別処遇措置を決め、社員の一人ひとりと丁寧な面談を実施した。事業から撤退する理由、顧客への説明とアフターサービスの段取り、会社が準備する特別処遇等を、時間をかけて説明し、社員の言い分に耳を傾けた。面談は、人によっては、4回から5回に及んだ。専門職をはじめとする事業部社員の中には、やり場のない不満や怒りを人事部にぶつける者もいた。人事部は、それでも、耳を傾けた。緊張を要する長いコミュニケーションの結果、専門職含む社員の3分の2が、特別処遇措置を受けて会社を去る道を選んだ。

 数多くの議論、確執、言い争い、密室での相談、根回しがあったが、結果として事業撤退は組織決定され、粛々と進められた。事業部の社員たちは、会社に残ることと特別処遇措置を受けて退職することとを比較衡量し、各々にとって最も合理的な判断をした。振り返ってみると、この事が前に進んだのは、単に、会社の判断や、会社が準備した施策が合理的であったためだけではないと感じた。社員が納得する判断を導き出した背景において、ある種の触媒がその役割を果たしたのではないか。それは、合理性とは別のファクター、つまり、社員の情緒についての深い理解と、それに基づく情緒的配慮の数々であった。

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