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練習時間が足りない

執筆者: 南城 三四郎 人材育成

以前、あるIT企業の経営者からこんな話を聞いたことがある。
「職場とは成果を上げる場であって、練習をする場ではない。スポーツでいえば、試合をする場なのだから、自分の実力が足りなければ、試合に臨む前に自ら練習し、腕を磨いておくものだ」
新しい技術が次々に生まれるIT業界特有の事情もあるかもしれないが、勝つか負けるか、という競争の中で、勉強、練習のつもりで仕事に取り組むというのは、端から勝負を捨てているようなものだ。そのような社員を見れば、苦言を呈したくなるのも無理はないだろう。

一方、社員の側からは、「ではいつ練習をしたらよいのか?」という声もあった。1日8時間の勤務時間、休憩や残業も含めると10時間以上職場に拘束される。さらに、通勤時間、食事や家事、育児など、生活に必要な時間、それに睡眠時間を考慮すると、時間は幾ばくも残らない。仕事以外の時間で練習をする、というのがそもそも現実的ではない、自身のスキルを高める時間的、精神的余裕のないまま、日々の仕事に忙殺されているというのである。

もちろん、そのような職場環境であっても、プライベートの時間を削って、自ら学習、スキルの習得に余念のない社員もいるし、自分の能力が足りなければ長時間の残業も厭わず仕事をやり切り、その中で必要な知識やスキルを得るという社員もいる。しかし、誰もがこのような働き方ができるわけではない。世の中の流れから言って就業時間外の練習を強制することもできないだろう。結果的に、仕事の練習が足りていない社員が増えていくのである。

社員一人一人の実力を上げ、職場での成果を上げるためには練習が必要だが、就業時間外の練習は強制できない、というのであれば、もはや試合時間を短くするしかない。その時間で自主的な学習を促すということを検討しなければならないだろう。
これにはさすがに”甘い”という意見もあるかもしれない。しかし、現在の1日8時間という労働時間の取り決めは、1919年の国際労働機関の採択が根拠となっており、100年も前の労働生産性についての研究がベースになっているものだ。その当時とは、社会情勢、職場環境も全く異なる現代社会において、1日8時間という就業時間にこだわらなくてもよいのではないだろうか。

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プロフィール

南城 三四郎 (なんじょう さんしろう)

シニアマネージャー

大学卒業後、建設系専修学校にて、都市計画、情報処理関連学科の教員として、講義、学生指導を行う。その後、IT企業にてサーバー、ネットワークの保守・運用業務のほか、スマートフォンアプリ、Webサービスの企画、開発を担当するとともに、人材育成担当マネージャーとして社員教育に従事した後、現職。

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