服従的AI利用が生む「考えない組織」
「AIがそう言っていたので」といった言葉がよく聞かれるようになった。
口に出さない者も少なくないだろうから、私たちは既に考える機会の多くをAIに委ねているのだろう。
多くの企業にとってAIを前提とした業務設計は喫緊の課題であるが、誤ったAIの利用により「考えない組織」が生まれようとしている。
AIは人の思考を支援し生産性を高めるが、一方で人が適切に判断するスキルを劣化させるリスクを伴っている。2025年に報告されたポーランドの大腸内視鏡検査の観察研究では、AI支援を日常的に使用していた医師がAIなしで検査を行った場合、腺腫発見率が28%から22%に低下したと報告している(※1)。
また、AI支援下で業務を行う専門家は、AI未使用時に自力判断の精度が落ちる傾向があることが指摘されている(※2)。
これらはAIへの依存がスキル劣化を引き起こすことを示した実例だ。
現場の社員がAIを利用する動機の多くは、「的確に対応したい」、「誤りたくない」、といった善意からのものだ。その結果、AIを”正解保証装置”として扱い、自身の思考を放棄することにつながってしまっている。AIを活用しているつもりが実はAIに完全依存しているのだ。
この「服従的AI依存」は、いま企業が直面しているAI時代の新たな人事課題と言えるだろう。極端な例を挙げると、業務効率や業務量のウェイトが高い評価基準のもとでは、“考えないほうが得”な行動様式が定着するリスクがある。評価や教育の設計を誤ればこういった傾向を助長しかねない。
この「思考」の欠如により、組織の「判断」は容易に機能不全に陥る。AIのアウトプットは一見するともっともらしく、筋が通っているように見えるからだ。
AIを意思決定支援に利用する際は、正解を提示する推薦者(Recommender)としてではなく、あえて異論を唱える反論的役割(Devil’s Advocate)として使う方が利用者の判断精度を維持・向上できるとされている(※3)。
また、未知の課題に取り組む際など、自身のスタンスが確立していない場面では、AIに案を出させ、それに対して人間が批判的思考を重ねることで、AIの提案が自身のスタンスへと昇華される。AI依存を防ぐために必要なのは、AIをどう使うかのスキル教育ではない。思考を再設計することだ。
AIに「どうすればいいか」を問うのではなく、「本当にそれでいいのか」「他の視点はないか」を人間とAIが互いに問いを投げかけ合うこと。提案を否定・修正・再構築する双方向の批判的思考を通じて、判断力を維持・向上する。さらに、重要な判断や対外発信に関わる場面では、人間によるレビューを必須とするなど、リスクに応じたチェック体制も必要だ。こうした仕組みを維持するためには、評価制度の見直しも欠かせない。成果の品質やスピードだけでなく、「どう理解し、どう判断したか」というプロセスを可視化する力や説明力を評価項目に加え、思考を放棄しない姿勢を評価することも重要になるだろう。
AIに服従的な社員は決して怠慢なのではなく、むしろ慎重で責任感が強い。だからこそ、上司はその善意を理解し、適切なフィードバックやフォローを行うことが重要だ。AIの提案は十分に信頼できるものであるが、それは人間とAI相互の批判的思考を経たものに限られる。社員がAIの出力を検証し、自らの判断で補強できるよう導くことで思考停止から脱却できるのである。AIを活用する文化と、思考をAIに依存しない文化は両立させなければならない。AIをどう使うか、どう活かすかだけではなく、AIとどう考えるか、がこれからの競争力になる。
AIがすさまじいスピードで進化する現在、経営と人事はAIとどうと向き合い、いかに『考える組織』をつくるか、を設計するフェーズに入っている。
参考文献
※1:K. Budzyń et al., “Endoscopist deskilling risk after exposure to artificial intelligence in colonoscopy”, The Lancet Gastroenterology & Hepatology, 2025
※2:G. Romeo & D. Conti, “Exploring automation bias in human–AI collaboration”, AI & Society, 2025
※3:S. Ma et al., “Beyond Recommender: An Exploratory Study of the Effects of Different AI Roles in AI-Assisted Decision Making”, arXiv, 2024
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