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「空気」の功罪

執筆者: 嵯峨 浩之 その他

 自分にとって当たり前のことが、実はまったく当たり前ではないということがある。
 「何であなたがた日本人は、君が代を、前奏なしで斉唱できるのですか。」
 私がまだ学生だった頃、同じゼミにいたアジア系の留学生からそのような質問を受けたとき、私は全くもって答えることができなかった。それまで私は特に疑問に思うこともなく、無意識に、前奏なしの国歌斉唱を何十年も実践し続けてきていたのである。
 元旦になれば、示し合わせたわけでもないのに、ぞろぞろと地元の氏神様の神社に向かって人が集まりはじめ、太い長蛇の列ができる。これはいったい何なんだろうか。初めてこの光景を目にした外国人の方は驚き、何か底知れぬ恐怖のようなものを覚えるらしい。
 これらは、暗黙のルールや習慣というべきものだろうか。ご存知の方もいるかもしれないが、文化人類学者E.T.ホール氏が言った「ハイコンテクスト文化」というべき状態が形作られているわけである。やや閉鎖的な集団の中で、長年をかけて、一種独特な「空気」のようなものが出来上がる。このような「空気」は、集団とメンバーにとってつねにあるのが当たり前で、ふだん意識もされないが、圧倒的に重要で必要不可欠なものだ。まさに「空気」のようなものだ。
 集団やそのメンバーを突き動かす真の主体とは、実は集団や個々人そのものではなく、むしろそれらを包み込み、促す、この「空気」なのではなかろうか。このような「空気」に従った行動は、ときには凄まじいエネルギーに転化する。まるでモンスーンのように。
 例えば、日本三大奇祭の一つ「諏訪の御柱祭り」では、山中から神社の御柱用に樅の大木を切り出し何㎞も引きずって諏訪神社に奉納するが、一人の人間がどれだけ頑張っても、大木は動かない。当たり前だが、関わっている人間が一斉に息を合わせ、力を合わせなければ、大木は動かない。では大勢の曳き手が、どのようにして一斉に力を発揮して、大木を動かすことができるのだろうか。ある曳き手は、次のような実に不思議な言葉を残している。
 「御柱が動いたときに、動かせば、動く。」
 字面を見たら全く以て非論理的な言い方である。しかし理解できる方にはできるだろう。周囲の力の入れ方、息遣い、微妙な動きなどを総合的に勘案して、各自が力を込めるタイミングを見計らい、一気に力を込める。まさに「空気」を読んで動き・動かすのである。
 いま祭りの例を挙げたが、会社組織も似たようなものだろう。多くの場合、会社の「空気」は、日常に紛れ、「読み合い」の中に息を潜めている。しかし僅かな微風も、或る時、一気に合流すればモンスーンにもなりえるだろう。これが変革や成果に結びつくなら、「空気」とはむしろ望ましいものだろう。しかし多くの大祭がそうであるように、ときには個々のメンバーの痛ましい犠牲を生み出しもする。組織そのものを自壊に導くこともあるだろう。
 自分にとって、われわれにとって、当たり前のことは、本当に当たり前のことなのだろうか。自問自答することは、単に「空気」に流されないために、われわれが心得ておかなければならないことだ。

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プロフィール

嵯峨 浩之 (さが ひろゆき)

マネージャー

大学卒業後、公立専門学校非常勤講師職(社会学)および私立大学専任教員(助手)の業務に従事。
その後、人材開発コンサルティング会社にてマネージャーとして企業研修の企画および研修講師の業務に従事した後、現職
マネージャーとして組織・人事コンサルティング業務に携わるほか、人材開発と調査分析の業務に従事。

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