坂下 幸紀 |1 |執筆者|㈱トランストラクチャ

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坂下 幸紀

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「従業員サーベイを組織活性化につなげる」 | モチベーションサーベイ

「従業員サーベイを組織活性化につなげる」

 社員が生き生きと活躍する組織づくりにおいては、社員の「エンゲージメント」や「モチベーション」の向上が重要な鍵となります。また、新型コロナ対応のような前例のない環境変化を受けて、組織運営にあたり社員の「モチベーション」や「コンディション」を把握することの関心が高まっています。 本セミナーでは、当社の豊富なサーベイ実績からの事例を踏まえ、従業員満足度調査の結果から何が分かるのか、結果をどのように活用すればよいのか紹介します。調査結果から効果的・効率的に人事施策へ結び付けていくためにはさまざまなアプローチがあります。その中から、従業員満足度調査を単なる調査で終わらせないためのヒントを得ていただければ幸いです。

第5回(最終回):人事を経営の意思決定として機能させる ― フレームワークの先にある「問い」と「責任」 ― | 人事課題フレームワーク

第5回(最終回):人事を経営の意思決定として機能させる ― フレームワークの先にある「問い」と「責任」 ―

本シリーズでは、第1回から第4回にかけて、人事を感覚や属人的判断から切り離し、経営の意思決定として捉え直すための視点を整理してきた。PPフレームによる構造化(第1回)、人件費の投資的理解(第2回)、基準の定義(第3回)、そして文化という前提条件の読解(第4回)。これらはすべて、人事を「説明可能な判断領域」に引き上げるための思考基盤である。 しかし、ここで改めて問うべきことがある。 「フレームワークを用いて可視化し、分析した結果は、本当に意思決定に接続されているのか。」 多くの企業では、可視化や分析までは進んでいる。しかし、その先の意思決定において、再び感覚や過去の慣習に回帰してしまう。これは、フレームワークが不足しているのではない。フレームワークの位置づけを誤っていることに起因する。 ●フレームワークは「答え」ではなく「問いを生む装置」である PPフレームをはじめとする各種の分析枠組みは、しばしば「正解を導くツール」として扱われる。しかし本来、フレームワークは答えを与えるものではない。むしろ、「どの問いを立てるべきか」を明らかにするための装置である。 例えば、人材ポートフォリオとパフォーマンスの関係が可視化されたとする。その結果、「人件費が過剰である」「生産性が低い」「エンゲージメントが低下している」といった事実が明らかになったとしても、それ自体は意思決定ではない。重要なのは、その事実に対して「なぜこの状態が合理的に維持されているのか」「どの前提がこの結果を生んでいるのか」と問い続けることである。 この点において、トランストラクチャが一貫して重視しているのは、「構造の把握」から「因果の解釈」への接続である。数値やフレームワークは、その接続を可能にするための補助線に過ぎない。 ●課題解決よりも「問題設定の精度」が意思決定を分ける 経営や人事の現場では、「課題をどう解決するか」といった解決策や施策に議論が集中しがちである。しかし実務上、多くの失敗は解決策の誤りではなく、問題設定の曖昧さに起因する。 例えば離職率の上昇に対して、報酬改善、評価制度の見直し、キャリア形成の支援、人材育成の強化といった打ち手が検討される。しかし、それが「なぜ起きているのか」という因果構造が十分に解釈されていなければ、施策は表層的な対処に留まる。 これは経営学においても指摘されている論点である。例えば、組織学習論におけるダブル・ループ学習※は、行動の修正(シングル・ループ)にとどまらず、その行動を生み出している前提や価値観そのものを問い直す必要性を示している。人事においても同様に、「何を変えるか」だけでなく、「何を前提としているか」を問い直さなければ、本質的な変化には至らない。 ●「見えている課題」と「構造的な問題」は異なる 第1回から第4回で扱ってきた内容は、この違いを捉えるための視点である。 可視化された指標やギャップは、あくまで「症状」に過ぎない。その背後には、ポートフォリオの歪み、人件費配分の偏り、基準の不在、文化として定着した合理性といった「構造的な問題」が存在する。 ここで重要なのは、課題を「解決すべき対象」として捉えるだけでなく、「なぜその課題が生じ続けるのか」という再生産メカニズムに目を向けることである。この視点を欠いたままでは、施策は繰り返され、問題は形を変えて再出現する。 ●人事の役割は「構造的因果を言語化すること」である トランストラクチャが定義する人事の役割は明確である。それは、人に関する事象を施策として扱うことではなく、経営の意思決定を「構造」として説明可能な形にすることである。 すなわち、人事は以下を担う機能である。 ・ポートフォリオとパフォーマンスの関係を可視化する ・資源配分(人件費)の意味を構造として整理する ・基準を定義し、ギャップを測る ・行動の合理性(文化)を読み解く そして最終的に、これらを統合し、「なぜこの状態なのか」「何を変えるべきか」を経営が判断できる言葉に翻訳することである。 これは単なる分析ではない。意思決定に責任を持つための機能である。 ●人事が「経営機能」になるための条件 人事が経営の意思決定として機能するためには、二つの転換が必要である。 第一に、「施策志向」から「構造志向」への転換である。 何を導入するかではなく、どの構造を変えるのかを問う。 第二に、「解決志向」から「探究志向」への転換である。 すぐに答えを出すのではなく、本質的な原因にたどり着くまで問い続ける。 この姿勢は、短期的には非効率に見えるかもしれない。しかし、複雑化する人的課題に対しては、表層的な解決を積み重ねるよりも、はるかに高い再現性と持続性をもたらす。 ●結び:人事とは「問い続ける機能」である 本シリーズを通じて提示してきたのは、特定の施策や成功事例ではない。人事をどのような思考水準で扱うべきかという「前提」である。フレームワークは重要である。しかし、それは出発点に過ぎない。重要なのは、そのフレームワークを通じて、どこまで深く問い続けられるかである。 人事とは、人を扱う機能ではない。経営の意思決定を、人と組織の構造として成立させる機能であり、そのために「問い続ける責任」を負う存在である。この責任を引き受けたとき、人事は初めて、経営の中核として機能し始めるのである。 【完】 ※Argyris, C., & Schön, D. A. (1978). Organizational Learning: A Theory of Action Perspective. Addison-Wesley.

第4回:組織文化という前提条件を読む ―なぜ人は合理的に間違い続けるのか― | 人事課題フレームワーク

第4回:組織文化という前提条件を読む ―なぜ人は合理的に間違い続けるのか―

人事課題を感覚や印象論から切り離し、ポートフォリオ(人材構成)とパフォーマンス(成果)の関係として捉える「PPフレーム」を用いて、組織の状態を可視化する視点を提示してきた。さらに、人件費を経営資源として扱い、その配分を構造的に捉えること、そして意思決定に耐えるための「基準」を持つことの重要性を整理してきた。 しかし、ここで一つの疑問が残る。 「構造は見えた。基準も定義した。それでも、なぜ組織の行動は変わらないのか。」 この違和感こそが、組織風土・文化というテーマに向き合う入口である。 本稿で扱う組織文化は、施策として直接「変えうる」対象ではない。人事を経営の意思決定として成立させるために、「なぜその行動が合理的とみなされているのか」を読み解くための前提条件である。 文化とは「合理性の定義」である 組織風土や文化は、「結局は文化の問題だ」といった形で語られることが多い。しかし、この言葉は便利であるがゆえに、思考停止を招きやすい。重要なのは、文化を原因として片付けることではなく、組織において何が合理的とみなされているのかを問い直すことである。 人は非合理だから問題行動をとるのではない。むしろ、その組織の文脈においては合理的だからこそ、その行動が再生産される。 例えば、挑戦が求められている組織であっても、「失敗すると評価が下がる」という経験が共有されていれば、挑戦しないという選択は合理的となる。また、意思決定のスピードが課題であっても、「最終判断は上位者が持つ」という前提があれば、現場が判断を回避する行動は合理的である。 このように本稿では、組織文化を、何が正しく、何が賢明で、何が避けるべき行動なのかという『合理性の定義』が共有された状態として捉える※1。 見えている構造と、見えていない構造 第1回から第3回までで扱ってきたPPフレームや人件費、基準は、いずれも「見えている構造」である。すなわち、人材構成と成果の関係、それに対する資源配分、そして目指すべき状態とのギャップである。 一方で、文化が扱うのは「見えていない構造」である。なぜその構造が維持され、なぜ変化しないのか。その背後にある行動の合理性を規定している前提である。 組織における行動は、明示された制度や基準だけで決まるわけではない。人は、自らが置かれた文脈の中で出来事を意味づけし、その意味に基づいて行動する傾向がある※2。したがって、制度が意図した通りに機能するとは限らない。制度はあくまで設計であり、その解釈と運用によって現実の行動が形成される。ここに、可視化と現実の間に生じるギャップの本質がある。 文化は意思決定の累積であり、自己強化される 組織文化は、特定の個人の価値観によって突然生まれるものではない。過去の意思決定、評価の運用、責任の取り方、成功体験の共有といった日々の積み重ねが、何が正しい行動であるかを定義していく。 そして一度定義された合理性は、行動を通じて再生産される。成功した意思決定は模倣され、語られ、組織の中で「正しさ」として定着する。このプロセスは循環的であり、文化は自己強化される性質を持つ。 したがって、こうした観点から見ると、文化は単なる結果ではなく、行動と成果を媒介するメカニズムとしても理解できる。文化は原因でもあり、同時に前提でもあるという両義的な性質を持つ※3。 文化を変えるのではなく、合理性を再定義する この理解を欠いたまま、「文化を変える」という抽象的な目標を掲げても、組織は変わらない。スローガンや行動指針は増えるが、現場の行動は変わらないという状況に陥る。 人事に求められるのは、文化を直接操作することではない。文化を生み出している合理性の構造を特定し、その前提を揺るがす意思決定を設計することである。 評価制度、権限配分、意思決定プロセス、マネジメントの振る舞い。これらを横断的に見直し、「どの行動が合理的とみなされているのか」を変える必要がある。 何が評価され、何が見過ごされ、何が黙認されているのか。この問いに対する答えが変わったとき、行動が変わり、その結果として文化は変化する。文化は直接変えるものではない。しかし、間接的に変わらざるを得ない状況は設計できる。こうした見直しは、組織の中で共有されている意味づけの枠組みに働きかける試みでもある※4。 人事の役割は「見えない前提」を言語化すること PPフレームによる可視化は、あくまで出発点である。ポートフォリオとパフォーマンスの関係を整理することで、どこに歪みがあるかは見える。しかし、それだけでは意思決定には至らない。人事の役割は、その歪みがなぜ生じているのかを、行動の合理性という観点から解釈し、経営が判断できる言葉へと翻訳することである。言い換えれば、人事は「見えている構造」と「見えていない構造」を接続する役割を担う。 組織文化とは、経営が下してきた意思決定の累積である。文化を語るとは、過去の意思決定を問い直し、未来の意思決定を設計することである。 文化が変わらざるを得ない意思決定を設計する 人事が担うべきは、文化を語ることではない。文化を生み出している前提条件を構造として捉え、経営の意思決定に接続することである。 「労務管理」や「人事管理」にとどまるのではなく、経営の意思決定を支えるパートナーとして機能する。そのためには、可視化された数値の背後にある合理性を読み解き、それを変えるための具体的な打ち手を提示する必要がある。 文化は結果である。しかし同時に、未来の行動を規定する前提でもある。この循環を理解し、意思決定として介入できるかどうかが、人事の成熟度を分けるのである。 ※1:Schein, E. H. (2010). Organizational Culture and Leadership (4th ed.). Jossey-Bass. ※2:Weick, K. E. (1995). Sensemaking in Organizations. Sage Publications. ※3:Denison, D. R. (1996). “What is the Difference Between Organizational Culture and Organizational Climate?” Academy of Management Review, 21(3), 619–654. ※4:Gioia, D. A., Corley, K. G., & Hamilton, A. L. (2013). “Seeking Qualitative Rigor in Inductive Research.” Organizational Research Methods, 16(1), 15–31.

【アーカイブ配信】「人事評価が変われば会社が変わる」 | 人事制度運用支援

【アーカイブ配信】「人事評価が変われば会社が変わる」

 人事評価制度がうまく機能している企業はほとんどありません。経営目標の達成や人手不足のなかで人材を獲得、育成、定着させていく人材戦略の実現において、人事評価制度の重要性はますます大きくなりつつあります。   本セミナーでは、多くのコンサルティングの実践を通じた知見をもとに、評価に曖昧さや不公平感が生じる背景を探り、経営目標に直結する評価の在り方を再構築するための考え方やヒントをお届けします。具体的には、人事評価の設計と運用、分析といったサイクルを実現していくために、評価項目の設計や運用の工夫、評価者のスキル向上策などをご紹介します。  経営層や人事責任者の方々が、人事評価は解決が難しい「経営課題」ではなく、人材戦略を実現していく「経営改善ツール」に変えるための気づきが得られる機会となれば幸いです。 ■本アーカイブ配信は2025年1月開催のWEBセミナーで講演した内容です。  ~こんな方におススメ~  人事評価品質を高めていきたい企業 中計の見直しとともに人事評価制度を改定したい 人事評価制度を改定したが運用がうまくいっていない企業 人事評価を人材活用、人材育成に活用していきたい企業

第3回:人事を測るための基準を持つ ~ 比較より先に必要な「基準」~ | 人事課題フレームワーク

第3回:人事を測るための基準を持つ ~ 比較より先に必要な「基準」~

人事の議論の場で、ほぼ必ず出てくる質問がある。 「他社はどうなっていますか?」 「同業他社ではどうしていますか?」 しかし、この問いが投げかけられた瞬間、議論の軸が静かにずれてしまうことがある。外部を知ろうとする姿勢は健全である。しかし、その比較が自社の意思決定にとって本当に意味のあるものかが問われることは、意外なほど少ない。他社ベンチマークを求める背景には、「自分たちの判断が極端に外れていないかを確認したい」という意識が働くことも少なくない。もちろんそれ自体は自然な行動である。 しかし、その比較が判断の参考ではなく判断そのものの根拠になった瞬間、意思決定の基準は自社の戦略ではなく他社の実践へと置き換わってしまう。そのとき、人事の思考は自社の文脈から切り離されてしまう。そして他社比較が目的化した瞬間、人事は再び「部分最適」の世界に戻ってしまう。自分の担当領域を正当化するための材料集め、あるいは短期的な是正に終始する極小的な課題解決に陥りがちになるのである。結果、経営が目指す姿の実現も遠のいてゆく可能性が高まる。 第1回では、人事課題を感覚論から切り離し、人材ポートフォリオとパフォーマンスの関係として可視化する視点を提示した。しかし可視化だけでは意思決定にはつながらない。そこに「基準」という軸が加わって初めて、経営判断に耐える情報となる 定量化はゴールではなく、入口に過ぎない 第2回で述べたように、人件費を「投資」として語るとは、金額の是非を論じることではない。どの水準を目指し、その水準に近づくために何を変えるのかを、経営として判断できる状態をつくることである。その前提となるのが、まさに本稿で扱う「基準」である。本質は、数値の大小を見ることではない。ある基準に対して、満たしているのか、不足しているのか、その適合度やギャップを測ることにある。 人件費を投資として語れない企業では、数値の不足よりも、何をもって望ましい状態とみなすかという基準が曖昧なケースが少なくない。例えば労働生産性が1,000万円だったとする。それが高いのか、低いのか、妥当なのかは、事業構造や目指す付加価値水準、さらにはどのような人材ポートフォリオを前提としているかによって大きく左右される。 投資とは、投入額ではなく「成果との関係」で評価される。したがって人件費を投資として扱うためには、どのような成果状態を目指すのかという基準が不可欠になる。 基準なき数値は、単なる数字の羅列に過ぎない。指標設計やKPI設計の前に、必ず問うべきことがある。それは、「この企業にとって、良い状態とは何か」という問いである。この問いに答えられないまま設計された指標は、どれほど精緻であっても、本質的な意思決定を支える指標にはなりにくい。 健康診断に学ぶ「基準」の考え方 この点を理解するうえで、健康診断の例は示唆に富んでいる。一般的な健康診断には「標準値」が存在する。しかし、その基準は、あくまで一般生活を営む人を前提としたものである。仮に同じ数値であっても、プロスポーツ選手にとっては「問題あり」と判断されるケースも少なくない。 つまり、基準は一つではないということである。人事の可視化においても同様で、少なくとも二つの基準を区別して考える必要がある。一つは、業界平均や一般論としての「標準基準」。もう一つは、その企業が事業活動を遂行し、戦略を実現するために本来必要とされる基準である。後者こそが、その企業にとっての「あるべき姿」を測る物差しとなる。 外部ベンチマークをどう意味づけるかは、人事の成熟度を大きく左右する。ベンチマークを模倣の材料として使うのか、自社の戦略を考えるための参照点として使うのかで、人事の役割は大きく変わる。トランストラクチャが重視しているのは、「正しいベンチマーク」ではない。重視しているのは、「その企業が、自らの戦略と人材を結びつけて語れる基準を持っているかどうか」である。 基準を語れない組織は、健康になれない 健康診断を受けるたびに、結果を見てため息をつく人がいる。毎年ほぼ同じ指摘を受けながら、本質的な改善には至らない。彼らにとって健康診断は、「指摘される場」である。だから結果を見るのが憂鬱になる。結果表は引き出しの奥にしまわれてしまう。 一方で、健康診断をむしろ楽しみにしている人もいる。彼らにとって診断は評価の場ではない。前回から何が変わったのか、自分の取り組みがどの数値に表れているのかを確認する機会である。この違いは性格や体質といったものではない。健康診断を「評価」として受け取っているか、「意思決定の材料」として使っているかの目的の違いにある。 人事の可視化も、まったく同じである。数値を「評価」や「説明」のためだけに使う限り、可視化は重荷になる。毎年同じ指標を眺め、同じ課題を指摘し、同じ反省を繰り返す。しかし数値を「基準との距離を測る道具」として使い始めた瞬間、可視化は意思決定を支える力に変わる。 人事の定量分析が形骸化する最大の要因は、「基準の不在」にある。なぜこの数値を見ているのか。何をもって良し悪しを判断するのか。その数値が経営や事業とどう結びついているのか。これらを言語化できなければ、可視化は単なる報告資料で終わる。 人事に求められているのは、数値を並べることではない。その企業にとっての「良い状態」とは何か。どの水準を目指し、なぜそこを目指すのか。その基準を定義し、現状とのギャップを埋める道筋を描くことである。比較は重要である。しかし、比較の前に必要なのは意味づけである。この問いに答え続けることこそが、人事を感覚論から解放し、経営の意思決定へと引き上げる原動力となる。

第2回:人件費を経営資源として扱う ~コストと投資の二項対立を超えて~ | 人事課題フレームワーク

第2回:人件費を経営資源として扱う ~コストと投資の二項対立を超えて~

人件費の判断を誤った企業は、二つの末路を辿る。 それは、予算編成、賃上げ判断、採用計画の見直しといった「よくある経営判断」の積み重ねの中で、静かに起きる。一つは、数字を守った結果、人が去り、競争力を失う企業。 もう一つは、人を守ったつもりで、意思決定が鈍り、成長機会を逃す企業である。 「人件費が重い。何か手を打たなければならない。」 経営者やCHROの頭の中には、どのような判断軸が存在しているだろうか。人件費は、削減すべきコストなのか、それとも、将来の成長を支える投資なのか、この問いに、即答できる経営者は意外に少ない。 ひと昔前にあったよくある失敗の一つは、利益を圧迫する「コスト」として目を奪われることである。人件費率が上昇しているという理由だけで、採用抑制や一律のコストカットに踏み切る。しかし数か月後、現場では決まって「忙しさが増しただけ」「優秀な人ほど先に疲弊し、このままで辞めてしまうのではないか」などいった声が上がる。 また別の失敗は、「理念」に寄りすぎることである。昨今人的資本という言葉が浸透してきたが、日本は従前ずっと人財(人は財産)と造語をつくるほどその思想を貫いてきた企業もある。結果として人件費は“聖域”となり、経営判断の対象から外れてしまう。 削減に寄れば組織が痩せ細り、保護に寄れば経営が鈍る。問題は、どちらを選ぶかではない。人件費を、経営としてどう判断するか、その「物差し」を持っていないことにある。もし今、「なぜこの人件費水準なのか」「この投資は、いつ・どのように回収されるのか」という問いに、言葉で答えられないとすれば、それは意思決定の構造そのものが曖昧になっているサインである。 会計上の「費用」と、経営上の「意味」の乖離 企業経営において、人件費は損益計算書上「費用」として計上される。この会計上の扱いが、人材を“コスト”として認識する思考を生んできたことは否定できない。 一方で、昨今多くの経営者は、人件費を抑えれば必ずしも企業が強くなるわけではないことを、経験的に理解している。むしろ、拙速なコスト削減が現場の疲弊や競争力低下を招き、後になってより大きな代償を払うケースも少なくない。 では、人件費は「コスト」なのか、それとも「投資」なのか。結論から言えば、そのいずれでもある。重要なのは、どちらか一方に割り切ることではない。コストであるという現実と、投資であるという可能性を同時に引き受けたうえで、どう意思決定するかである。 第1回で提示したPPフレームは、人材をポートフォリオ(構成)とパフォーマンス(成果)の関係として捉え、人事課題を感覚論から経営の意思決定へと引き上げる視点であった。本稿ではその延長として、人件費を理念や感情論から切り離し、経営判断の俎上に載せるための視座を整理していく。 人件費を「額」ではなく「構造(ポートフォリオ)」で捉える視点 人件費は、「人数」と「単価」に分解できる。多くの議論はここで止まってしまう。人件費を「多い・少ない」「高い・安い」といった表層的な尺度でのみ捉えてしまうと、賃上げ、採用、育成、配置といった重要な意思決定が、場当たり的な対応に陥る。 投じた人件費がどの程度の価値を生み出しているかという問いこそが、経営にとって本質的な議論につながる。またこの価値創出というのは、個人の問題というより、「構造(ポートフォリオ)」の問題として現れることの方が圧倒的に多い。価値創出は、組織や機能、役割や業務、配置、マネジメントなど、複合的な要因の結果として生じる。したがって、人件費や生産性を扱う際の単位は、個人ではなく、組織や機能、役割といったポートフォリオ単位で管理するのが望ましい。たとえば、 ・営業人員への投資であれば、受注単価や継続率として ・プロダクト人材であれば、開発リードタイムや品質安定性として ・間接部門であれば、意思決定速度や現場負荷の低減として 価値はそれぞれ異なる形で現れる。同じ「人件費」でも、回収のされ方は一様ではないため、構造的に分析していくことが有効である。 「人を数値で見る」ことへの懸念と、その越え方 ここで必ず生じる懸念がある。「人を数字で見ることが、現場の信頼を損なうのではないか」「生産性やROIで語ると、人が消耗品のように扱われるのではないか」この懸念は正当であり、軽視されるべきではない。だからこそ、強調しておきたい点がある。 第一に、ここで扱っている指標は、人を評価・選別するためのものではないという点である。判断の対象は“人”ではなく、“投資配分と構造(ポートフォリオ)”である。PPフレームにおいても同様に、評価の対象は人そのものではなく、人材構成と価値創出との関係性である。 第二に、人件費ROIは、精密な測定を目的としたものではない。広告投資や研究開発投資と同様、「どこに重点的に資源を配分すべきか」を考えるための思考の補助線として位置づけるべきものである。 第三に、短期と中長期を切り分けて捉える必要がある。育成投資やエンゲージメント向上施策は、短期的にはコストとして現れる。しかし、中長期で見れば、離職防止、暗黙知の蓄積、生産性の安定といった形で回収される。 人件費を投資として捉えるとは、「すべてを数値で管理する」ことではない。人に関する意思決定を、説明可能な形に近づけることである。人件費を数値で捉えることは、人を管理するためではない。経営が、自らの資源配分という意思決定に責任を持つためである。 人件費を語れることが、経営の成熟度を示す 第1回で扱った可視化は、人事課題を把握するための出発点である。本稿で扱うのは、その中でも経営判断の対象となった人件費について、どのような前提で意思決定すべきかという次の段階の話である。 経営者に求められているのは、人件費を単純に削る判断でも、無条件に守る判断でもない。いずれかに寄った意思決定は短期的には分かりやすいが、長期的には必ず歪みを生む。重要なのは、人件費を経営資源として捉え、その配分と回収を「構造的かつ合理的に」語れる状態をつくることである。

第1回:人事課題を構造的に捉える~感覚論から経営の意思決定へ~ | 人事課題フレームワーク

第1回:人事課題を構造的に捉える~感覚論から経営の意思決定へ~

「自社の人員構成は、現在の経営戦略に本当に適していると言えるだろうか。」 そんな問いに経営や人事の担当者は自信をもってイエスと答えられるのであろうか。 多くの企業は人手不足、賃上げ圧力、離職率の上昇、エンゲージメント低下など、複合的な課題に直面している。人的課題はもはや一過性の現象ではなく、企業経営の根幹を揺るがす構造的な問題として顕在化している。とりわけ中堅・中小企業においては、十分な体力がないこともあり、日々のオペレーションや突発対応に追われ、人的資本を戦略的に捉え直す余力を確保できていないケースが少なくない。 人的資本が企業価値の源泉であるという認識自体は、すでに広く共有されている。しかしながら、「人をどのように把握し、どのように投資し、どのように成果へ結びつけるのか」という問いに、明確な構造と共通言語をもって答えられている企業は、依然として少数派である。 感覚的判断が組織の誤診を招く 経営者が抱く「最近、かつての勢いがない、職場に元気がない」といった感覚は、重要な兆候ではある。しかし、それだけで的確な打ち手を導くことは難しい。 実際、若手社員の離職増加を「報酬水準の問題」と短絡的に捉え、一律昇給を実施したものの改善に至らず、後に調査を行った結果、真因が「上司との関係性」や「将来のキャリア視界の不透明さ」にあったという事例は珍しくない。感覚だけに頼った人事判断は、組織の誤診につながりかねないのである。 感覚的判断が誤りだと言いたいわけではない。正確に言えば、感覚的判断だけでは誤診に気づかないということである。経営者の感覚は、課題の存在を知らせる「センサー」として重要である。ただし、その感覚を意思決定に耐える判断へと昇華させるためには、測定や構造化による検証が不可欠となる。 PPフレーム――人事課題を構造的に捉える視点 トランストラクチャでは人事課題を整理・可視化するための基本的な枠組みとして「PPフレーム」を提示している。 PPとは、Portfolio(ポートフォリオ)とPerformance(パフォーマンス)の二軸から人事を捉える考え方である。 ポートフォリオとは、企業がどのような人材の構成で事業を遂行しているかを示す概念である。年齢構成、スキル、役割、人数といった人的属性に加え、それに紐づく人件費総額、単価水準などが含まれる。言い換えれば、経営戦略を実行するために、どのような布陣で戦っているのかを示す「人材の配置図」である。 一方パフォーマンスとは、そのポートフォリオから生み出される成果を指す。単なる結果指標ではなく、「人材の配置図」を成果へと結びつけるために管理・向上させるべき指標群である。生産性やROIといった財務指標に加え、行動発揮レベル、エンゲージメント、マネジメント品質など、非財務指標も含めて捉える必要がある。 重要なのは、ポートフォリオとパフォーマンスが相互に影響し合う関係にあるという点である。スキルが陳腐化した高齢化ポートフォリオは、パフォーマンスの低下を招く。また、マネジメントが機能不全に陥れば、個々の能力が高くとも成果は発揮されず、結果として離職率が上昇し、ポートフォリオ自体が毀損される。 スポーツチームの構成と成績を想像すると、PPフレームの本質は直感的に理解できる。チームにおけるポートフォリオとは、選手の年齢構成、ポジション配置、年俸水準、スター選手と若手選手の比率など、どのような布陣で戦っているかを示すものである。一方、パフォーマンスとは、その布陣が実際に生み出す成果であり、勝率や得点力、守備力に加え、選手のコンディションや連携の質も含まれる。これは企業における人材構成と成果の関係と本質的に同じである。 このように、ポートフォリオとパフォーマンスを切り分けて捉えることで、問題の所在は「人材そのもの」ではなく、「人材構成と成果の関係性」にあることが明確になる。 経営と人事をつなぐ「共通言語」としての効用 人事の課題や人材施策の是非を経営として判断する場面で、PPフレームは力を発揮する。 PPフレームを用いた可視化には、大きく三つの効用がある。 第一に、議論の起点が揃うことである。 課題をどの視点で捉えるのかという「地図」が共有され、属人的・感覚的な議論から脱却できる。 第二に、打ち手の漏れや偏りを防げる点である。 例えば人件費を「人数」「単価」「構成」「スキル」と分解し、パフォーマンスとの関係を整理することで、部分最適に陥らない検討が可能となる。 第三に、経営層への説明力が飛躍的に高まる点である。 なぜその施策が必要なのか、どの指標がどのように影響しているのかを論理的に示すことで、人事施策が経営の意思決定事項として扱われるようになる。 精度よりも「活かし続ける仕組み」を重視せよ 人的資本の開示要求への対応や、タレントマネジメントシステムの普及もあり、人事部門は情報収集に躍起になっている。しかし情報収集が目的化し、その活用にまで至らない状況の企業がほとんどであろう。人事の可視化は、最初から高度な分析を目指す必要はない。まずは自社の人材ポートフォリオとパフォーマンスを、3~5指標に絞って整理するだけでよい。これはあくまで可視化の入口であり、最初から投資回収までを精緻に示すことを求めるものではない。重要なのは、まず全体像を捉え、経営として議論できる土台をつくることである。 例えば、当社では多くの企業のサーベイや定量分析を行っているが、投資効果に与える因子は一定の傾向が見られ、人件費水準、単価、人員構成、生産性、エンゲージメント、上司への信頼度、評価の納得度といった基本指標を定点観測するだけでも、組織の体質は驚くほど明確になる。そしてそれを継続的に数値として推移を追うことで、問題は静かに、しかし確実に姿を現す。 可視化・定量化はゴールではなく、経営改善のスタートラインである。測定、診断し、打ち手を講じ、再び測定する。この循環が回り始めたとき、人事は初めて経営の戦略パートナーとして機能するのである。 トランストラクチャは、PPフレームを軸に、人事を経営の意思決定へとつなげる支援を行っているが、経営者が可視化された報告資料を見て「思っていた通りの結果だね」と感想をいただくことが多い。また「ここまでとは思っていなかった」という声も少なくない。PPフレームによる人事課題の可視化は、企業の未来を整えるための「定期健診」に他ならない。それは、感覚や経験則に依存してきた人事を、データを基盤とした経営判断の領域へと引き上げるための、不可欠な第一歩である。

「オキシトシン」で人手不足を解消!? | その他

「オキシトシン」で人手不足を解消!?

 近年、どの業界でも人手不足という最大の経営課題に直面しています。しかし、最新の科学がこの問題解決に一役買うかもしれません。その鍵となるのが、「オキシトシン」です。オキシトシンとは、脳内で生成され、主に社会的な絆や信頼感を高める物質です。「愛情ホルモン」などといわれるものですが、オキシトシンの効能を初めて聞いた方もいるでしょう。これは組織運営にも大きな影響を与えます。  例えば、スイスの研究者が行った実験では、オキシトシンを投与された被験者たちは、他者と協力しようとする行動が顕著に増加したと報告されています。これを職場で活用することで、チームのメンバー同士が互いに信頼し合い、助け合うことで、より生産性の高い環境を作り出すことができるということです。  しかし、ここで気を付けてほしいのは、オキシトシンの「副作用」です。仲間意識を高める一方で、自己防衛本能が強まり、他を排除する傾向も見られるのです。これは、例えば、ある部署だけが結束を高めすぎると、他部署との対立が生じたり、最悪の場合、企業全体の調和が乱れることにつながりかねません。この点を理解し、慎重に取り組む必要があります。  また、オキシトシンの効果は一時的なものです。そのため、持続的な効果を得るためには、定期的なアプローチが必要です。具体的な施策としては、定期的なチームビルディング活動や、クロスファンクショナルなプロジェクトを通じて、部門を超えた交流を促進することが有効です。これにより、全社的な一体感が生まれ、個々の社員が企業全体の目標に向かって協力する姿勢が養われます。  さらに、企業文化として「信頼」と「協力」を根付かせる取り組みも重要です。社員が安心して意見を述べられる環境を整えることで、オキシトシンを自然に分泌を促すことができます。例えば、オープンなコミュニケーションを奨励する社内制度や、定期的なフィードバックセッションを設けることが挙げられます。これにより、社員同士の信頼関係が強化され、職場の雰囲気も向上します。  そしてリーダーシップの役割も重要です。リーダーがオープンで信頼できる存在であることが、社員のオキシトシン分泌を促進します。リーダーは、日々の業務の中で信頼関係を築くための行動を意識的に取る必要があります。例えば、部下との一対一の対話を増やし、個々の意見や悩みに耳を傾けることが求められます。  オキシトシンをうまくコントロールすることで、組織の結束力を高め、人手不足という難題に立ち向かうことが可能だと思います。ただし、その副作用も理解し、バランスを保つことが肝要だということです。オキシトシンを測定するキットもあり、経営者や人事部長の皆さんが、科学の力を借りて、健康経営や人的資本の開示要求に応えていくなどしていくことで、明るい未来が築けるかもしれません。 以上

出社の是非が企業文化を語る | その他

出社の是非が企業文化を語る

 新型コロナウイルスのパンデミックは、私たちの働き方を劇的に変えました。オフィスに出社するかどうかの議論が、企業文化を浮き彫りにしています。このテーマについて考えるとき、オフィス出社を推進する人々は「会社こそが第二の家」と考え、一方でリモートワークを推進する人々は「私の家こそがオフィス」と考えているのかもしれません。    企業の視点から見れば、オフィス出社には確かに利点があります。対面でのコミュニケーションは、円滑な意思疎通やチームワークの向上に寄与します。ランチタイムやコーヒーブレイク中のカジュアルな会話から生まれるアイディアや、直接顔を合わせて行うミーティングの臨場感は、リモートワークでは再現しづらいものです。しかし、「見えないと管理できない」といった意見も聞かれますが、これは果たして本当にそうでしょうか?  一方、社員の視点に立つと、リモートワークには明らかな利点があります。まず、通勤時間が削減されることで、プライベートの時間が増えます。育児や介護などの個人的な責任を果たす時間も確保しやすくなります。通勤にかかる時間とエネルギーを節約できることは、生産性の向上にもつながります。つまり、リモートワークは「家族第一」を実現するための強力なツールとなるのです。  現在の人手不足の状況下で、企業が優れた人材を確保するためには、柔軟な働き方の導入が求められます。出社の是非を巡る議論は、このマッチングをどう進めるかに関わる重要なテーマです。ここで重要なのは、どちらが正しいかを一概に決めるのではなく、業務環境や顧客満足度などを総合的かつ客観的に評価し、合理的な解決策を見出すことです。  最終的な方針は、誰が決めるべきかという問題も重要です。トップマネジメントがこの前提を理解し、意思決定することが求められます。しかし、その際に忘れてはならないのは、世代によるITリテラシーの差や働く価値観の違いをしっかりと自覚することです。年齢が高いほどデジタルリテラシーが低い傾向があり、メールやチャットが苦手な社員もいます。一方で、働き盛りの世代は家庭や個人的な時間を重視し、もっと柔軟な働き方を求めています。  もし、会社の会議室に自動ドアが設置され、出社するたびに「ようこそ、未来のオフィスへ!」と歓迎されたらどうでしょうか?また、リモートワーク中に仮想現実のオフィス空間が提供され、バーチャルで同僚とコーヒーブレイクを楽しむことができたら?こうした未来の働き方も夢ではありません。  最終的には、企業と社員の双方が納得できる解決策を見つけることが大切です。オフィス出社とリモートワークのバランスをうまく取りながら、新しい働き方の文化を築いていくことが求められます。結局のところ、「家がオフィス」か「オフィスが家」かの議論は、私たちがどのように働き、生活するかを再定義する機会でもあるのです。さあ、あなたの会社はどちらを選びますか?

賃上げは企業の未来を変えられるか | 人事制度

賃上げは企業の未来を変えられるか

 「物価上昇以上の賃上げを!」をスローガンに賃上げ機運が高まっています。多くの大企業においては、かつてない強気な要求額があるにもかかわらず、満額で妥結が進んでいる企業も多い。円安による輸出企業の景気の良さなどが、その意思決定を後押ししていることもあろうかと思います。  大企業だけでなく、中小企業にもその効果を波及させるべく、賃上げによる税制優遇措置など、様々な政策が進んでいます。中小企業は大企業に比べて労働分配率が高く、生産性は低く、賃上げが利益への影響は大きい。よって様々な政策を駆使したとしても、その利益確保にかかる苦労は計り知れないものと思われます。日本の多くを占める中小企業にとって、容易で速攻性のある収益向上の施策は少なく、DXという「幻」に踊らされながらも、出来ることとして、恐る恐るそして必死に値上げ交渉を進めつつ、何とか賃上げの実現を目指している企業も多いと思います。社員の定着なき成長はあり得ない、人材確保という最大のミッションのもと、短期的な利益はいったん度外視し、株主への了承を取り付け、賃上げに踏み切る企業も多いと思います。  人的資源から人的資本への解釈が変わりつつあり、コストという短期的な視点から、投資という中長期的な視点が求められています。人材に対して労働力の対価は、賃金という意味合いだけでなく、将来に向けた投資という意味合いが強くなっていくことです。現在人的資本に関わる指標が多くありますが、人的資本ROIであろうと労働生産性や賃金生産性であろうとも、いずれにしても要素分解していくと、利益が最終的な指標の要素のひとつになってきます。当然ではありますが、人的資本経営において、利益を安定して確保、向上させていくことが条件ということです。  また今後「幻」では終わらせないようDXを推進する投資も積極的かつ継続的に挑戦し、飛躍的な成長や収益性の向上を実現させていかなければなりません。そういった挑戦の「果実」は短期的な指標だけではなく、3年や5年などの期間平均値やその期間の利益に影響を与える指標の決定係数など、中長期的な指標で見ることが有効になります。  非財務情報の開示が進んでいますが、指標をたくさん並べても、収益があがらなければ意味がありません。中長期的な指標の公開が進んでいくことが、イノベーションへの挑戦や人的投資に対する心理的なハードルを下げ、投資に対する積極性が高まっていく流れをつくっていくことはとても良いと思います。そして情報開示が進み、人的資本のPDCAサイクルをしっかり回すことで、収益向上と還元の好循環が多く生まれていかなければなりません。賃上げが企業の未来を変えるKPIとなるのかは分析や議論が必要なところですが、将来にわたり収益の安定した創出につながる企業独自の確からしい因子(KPI)が問われる時が、すぐ目の前に迫ってきています。あなたの会社の人的資本経営における最重要KPIは何ですか?

50年後、定年はなくなります | 人事制度設計

50年後、定年はなくなります

 わたしたちは何歳まで働かなければならないのでしょうか。老後をそれなりに過ごすための金銭的な事情もあるでしょう。ずっと好きな仕事を続けたい、引き継ぐ人がいないから、などなど、置かれている立場などにもよって、働く目的は様々だと思います。また中高年の方にとっては、来るべくしてきた親の介護、突然の病気など、働きたくても働けなくなることもあるでしょう。若い方にとってはそんな先のことは考えたことないし、考えられないという方もたくさんいることでしょう。そんな未来をおぼろげながら理解し、不安に感じながら働いている方がたくさんいることでしょう。  昨年、高年齢者雇用安定法改正に伴い、70歳までの雇用延長が努力義務となりました。そして人生100年時代とのことです。人生を謳歌するという意味でいえば、寿命より大事なのは健康寿命です。厚生労働省によると健康寿命は女性で75歳、男性で72歳です。そして2001年から2019年で約3歳延びており、健康志向、安定した社会環境など、様々な影響を受けていると思いますが、しばらくはこの寿命も延びていくでしょう。そう考えると70歳までの雇用延長は、みんな70歳はまだ元気だから働いてください、ということなのでしょう。  そういった背景も受けて、定年後の再雇用制度の改定を予定している企業が増えています。多様な社員側の働く事情と、企業側の働いてほしいという需給のバランスを保つ、企業独自のシステムを構築していく必要性が高まってきています。ただその際に思うのは、数年先の程度の短期的な目線では、本質的な解決はできないということです。だれも未来がどうなっているかなどはわからない、そんな未来に自分はいないと思うと無責任になりがちで、パッチワーク的な課題の解決になりがちです。若い世代にまで視野を広げ、将来目指す組織のあり様などをイマジネーションするなど、継続的に取り組んでいく姿勢が今まで以上に求められているように感じます。  社員の健康や家族の状況など、企業の取り巻く組織の状況は変化し続けるでしょう。そして70歳まで働くつもりもなかった世代と、75歳以上働く可能性が高い若い世代の双方の健康寿命や時間、金銭的な価値観は変化し、そのギャップの意味も変化していくことでしょう。この変化し続ける複雑で難解な状況を踏まえながら、需要と供給のバランスを絶妙に保つために、人事のファンクションの継続的な強化はやはり避けられません。そして強化していくうえで、真っ先にしなければないことは、やはり目先の定年再雇用制度の見直しだけではありません。社員にとって企業の中で働くことの目的や意義は何かということに、向き合い続ける企業の覚悟が求められているのかもしれません。