【アーカイブ配信】「今、経営に求められる人事制度」
ここ数年の人事は、グローバル競争下において柔軟に対応できる仕組みの構築、つまり人件費の変動費化と総額人件費の圧縮が求められてきました。他方、現下の環境を見ると、平均年齢の上昇及び人員構成の歪化、高齢者雇用義務化対応、非正規社員対応、働き方改革への対応等、極めて多様な変化が求められ、人事部門は過去経験のないほどの大きな変革への挑戦を迫られている状況です。 しかしながら、人事部門としては、どのような状況においても、環境変化を言い訳とせず、人事計画を確実に実行することが求められており、非常に高度な人事管理のレベルを要求されていると言えます。このような中、人事計画の達成を支援する人事の仕組みをこれまで以上に合理的かつ科学的に考えることが必要となってまいりました。 当セミナーでは、経営に連動した合理的な人事制度の考え方について事例を交えて解説します。 ■本アーカイブ配信は2025年4月開催のWEBセミナーで講演した内容です。
2026.04.23
第5回(最終回):動的ポートフォリオに耐える“人事制度” ―― 実装の要諦 ――
制度は“動かす前提”で設計されているか 本連載では、VUCA環境において企業が競争力を維持するためには、事業・組織・人材を固定的に捉えるのではなく、動的なポートフォリオとして管理することが不可欠であることを論じてきた。動的ポートフォリオとは、経営環境の変化に応じて、事業構成だけでなく、組織の形、人材の配置、求めるスキルの組み合わせを継続的に見直し、「経営計画を実現するための布陣」として構成されるものである。等級や役割はその結果として与えられるものである。したがって、人事制度とは本来、その布陣を実行し続けるための“装置”でなければならない。 ここで重要なのは、「動的ポートフォリオ」と聞いて想起されがちな誤解である。すなわち、毎年大きく人材構成が入れ替わるような、急激な変動を前提とするものではない。実際には、ポートフォリオの変化は連続的であり、構造は大きく変わらなくとも、個々の役割・配置・期待成果は常に微調整され続ける。この“継続的な再配置”に制度が耐えられるかどうかが、本質的な論点である。人事制度の実装においては、動的ポートフォリオに最も適した制度はジョブ型の人事制度であるが、多くの日本企業において、ジョブ型の人事制度をストレートに導入することは難易度が高いと想定し、ここでは、ジョブ型の制度でなくても対応しうる考え方の一例を紹介したい。 等級ポートフォリオの適正化~昇格・降格の“速度”を制度として内蔵できているか~ 等級別人数は経営戦略を短期・中長期の観点で実現するための役割や仕事に基づいて設定されるポートフォリオである。しかし、長期雇用を前提とした従来の人事管理では、等級は時間をかけて上がっていくものであり、人の序列であり、「早く上げないこと」が合理的であった。 しかし、VUCA環境においてはこの前提は成り立たない。役割を遂行できる能力があれば、登用し、仕事を任せていくべきであろう。これは言い換えれば、「昇格は機会に応じて前倒しされるべきである」ということである。 その一方で、見落としてはならないのは対称性である。昇格のスピードを上げるのであれば、降格(格付け見直し)のスピードも制度として許容されていなければならない。この機能を持たない制度は、結果として次のような歪みを生む。 • 一度上げた等級が固定化される • 役割と等級が乖離する • 配置の柔軟性が失われる 重要なのは、「上がる・下がる」が例外ではなく、経営合理に基づく通常の意思決定であるという認識を、制度と運用の両面で浸透させることである。 もっとも、現実には役割と処遇を完全に一致させた状態で、頻繁に昇降格を行うことは容易ではない。特に月給を中心とした処遇体系では、生活への影響も大きく、制度運用のハードルは高い。そのため重要になるのが、「役割付与」と「処遇確定」を分離する設計である。 例えば、①役割は先に任せる②成果が確認できてから昇格する、といった、“お試し期間”を制度として組み込むことである。また、この際のポイントは、処遇の設計ロジックである。 • 月給は安定性を担保する(生活給としての性格) • 役割に応じた上振れは賞与で調整する といった設計を取ることで、役割と処遇の整合性を保ちながらも、機動的な登用を可能にする。「役割=即月給反映」という硬直的な前提を崩すことが、動的運用の第一歩となる。 外部労働市場との接続をどう設計するか 動的ポートフォリオにおいて頻出する課題が、「社内に人材がいないため外部から調達するケース」である。このとき、多くの企業が直面するのが処遇水準の不整合である。 市場では高い報酬が求められる、しかし社内の賃金体系では許容できない。この矛盾を放置すると、採用ができない/既存社員との不公平感が増す/制度そのものへの不信につながる といった問題を引き起こす。したがって必要なのは、労働市場の違いを制度として織り込むことである。具体的には、職種別・専門領域別の報酬レンジ設計、専門職制度の拡張、市場連動型の処遇ロジックの導入 などが挙げられる。このように「一律の賃金体系」からの脱却を図る必要がある。 ここまではインフローにおける課題である。 一方アウトフローも外部労働市場の接点という観点では極めて重要である。事業ポートフォリオが変化し続ける以上、すべての人材を内部で再配置し続けることには限界がある。この現実を制度として織り込まなければ、役割と実態の乖離、処遇の固定化、配置の硬直化といった歪みが必ず生じる。また、それらが固定化することによる組織への悪影響も無視できない。 したがって、動的ポートフォリオに耐える制度とは、「どう配置するか」だけでなく、「どのように外に送り出すか」をあらかじめ設計している必要がある。例えば、早期定年制度やセカンドキャリア支援は、一定のキャリア段階における合理的な移行を支える仕組みである。また、PIP(Performance Improvement Program)のように、期待役割とのギャップに対して改善機会を明示し、それでもなお適合しない場合には配置見直しや退出を含めて判断するプロセスも重要となる。 これらは個別対応ではなく、制度として位置づけられていることに意味がある。アウトフローが制度化されて初めて、動的ポートフォリオは運用可能なものとなる。 評価は“変化に勝つための装置”になっているか 評価制度もまた、動的ポートフォリオに適応するためには再設計が必要である。本来、評価とは「成果が出たかどうか」を判断するものである。しかし現実には、評価のための評価に陥っているケースが少なくない。 動的環境において求められるのは、極めてシンプルである。「この変化の中で、勝つために何をやるべきか」を明確にし、その達成度を問うことである。 そのためには、 ・経営目標と自身の役割から導出されたストレッチした目標を設定する。 ・進捗は四半期・半期でレビューし、環境変化に応じて目標自体を修正する。 といった運用が不可欠である。逆に言えば、よく言われる、賞与配分を気にして達成しやすい目標をたてる、目標設定会議の場で、他の組織の目標のレベルに不満を持つ、目標の難易度係数の調整に時間を費やす といった行為は、ビジネスのスピードを阻害する制度的ノイズでしかない。 「全員同一制度」からの脱却こそが公平性である 最後に、動的ポートフォリオを前提とした制度設計において、最も重要な論点がある。 それは、「全員を同じ制度で管理しようとしない」ことである。現実の組織では、変化の激しい事業・職種、反対に安定的に運用される業務などが同時に存在する。さらに、短期で成果が出る役割、中長期で成果が顕在化する役割も混在する。これらを単一の制度で管理しようとすること自体が、無理を生む。したがって、職種、役割特性、成果創出サイクル等に応じて、制度の設計を変える必要がある。 これまで、メンバーシップ型の仕事の仕方を支えてきた日本の人事制度においては、公平とは「同じ制度を適用し、同じように運用すること」であった。しかし、昨今多くの企業で導入が進んでいる考え方でもある、役割や仕事を明確化してそれに応じた処遇を志向していく制度において、公平とは「異なる役割や仕事に対して、合理的に異なる仕組みを適用すること」である。 動的ポートフォリオとは、人材の動きだけではなく、制度そのものも複線化されている状態を意味する。 結びにかえて 動的ポートフォリオに耐える人事制度とは、特別な仕組みではない。むしろ、 • 昇降格が機動的に行われる • 役割と処遇の関係が柔軟に設計されている • 外部市場と接続されている • 評価がビジネスのスピードを阻害しない • 仕事の性質に応じて制度が分化している という、極めて合理的な設計の積み重ねである。 重要なのは、それらを「例外対応」としてではなく、制度として正当化し、運用し続けることである。人事制度とは、安定させるためのものではない。経営の意思を実現し続けるために、“動き続けることを前提に設計されるべきもの”なのである。 【完】
2026.04.16
第4回:動的ポートフォリオに耐える“人事制度” ――雇用、人件費、賃金をどう動かす会社なのか、という経営ポリシー
動的ポートフォリオを前提とした経営においては、事業構成も、人材構成も、固定された前提では成立しない。市場環境や競争条件が変化する中で、経営は常に「どの事業に、どの人材を、どれだけ張るのか」を継続的に見直すことを求められる。経営とは、一度定めた計画を実行する行為ではなく、資源配分を組み替え続ける意思決定の連続へと変化している。 この意思決定の帰結として、必ず問われるのが人件費である。 どの事業に、どの等級帯の人材を、何人配置するのか。その構成に単価を掛け合わせれば、人件費総額は自動的に算出される。人件費は経営判断の外側にある独立した数値ではない。事業構成と人材構成の選択を、そのまま写し取った結果である。したがって、人件費はもはや成り行きで受け止める「結果」ではない。経営としてどの水準を是とするのか、どの程度の変動を許容するのかを、あらかじめ前提として定めた上で管理すべき対象となる。 ここで重要なのは、人件費を「削るか、守るか」という二元論で捉えないことである。問われているのはコスト削減の巧拙ではない。変化の中で、人件費と賃金をどう動かす会社なのかという、より上位のスタンスである。 ■人件費は「制度の運用結果」ではなく「経営判断の帰結」 動的な事業運営を行えば、必要とされる役割は必ず変わる。新しい事業に人を張れば、相対的に役割が小さくなる領域が生まれる。役割の重心が移動すれば、期待される貢献も変わる。貢献が変われば、報酬が変わる。この構造自体から逃れることはできない。動的ポートフォリオを本気で回すとは、この因果関係を前提に経営を行うということである。問題は、役割や処遇が変わること自体ではない。その変動を、企業としてどのように引き受けるのかである。 ある企業は、役割がなくなれば人も代謝するという前提に立ち、変動を労働市場に委ねる。ある企業は、雇用の継続を重視し、変動を社内で引き受ける。また、短期的な変動は抑えつつ、時間をかけて調整するという判断もあり得る。さらには、すべての人材に同じ変動を引き受けさせるのではなく、役割や期待水準に応じて引き受け方を分けるという選択もある。重要なのは、どの選択が正しいかではなく、自社はどの前提に立つのかを自覚的に選び、その選択を人材マネジメントポリシーと人件費管理と賃金制度に一貫して反映させているかどうかである。 ■雇用・賃金・人件費をどう結びつけるのか 動的ポートフォリオを前提とする経営において、雇用、賃金、人件費管理は切り離して論じることができない。事業環境が変われば、役割が変わり、配置が変わり、人件費に変動圧力がかかる。企業は必ず、その変動をどこで引き受けるのかを決めなければならない。 雇用を維持することと、同一水準の賃金を維持し続けることは、本来、別の判断である。 役割が変わっても賃金を固定すれば、人件費は下方硬直化し、事業構成の変化に対応できなくなる。一方、役割の変化に賃金を連動させれば、人件費は事業構成に応じて調整可能な経営資源となる。ここで重要なのは、処遇の上下動そのものではない。処遇の上下動を、経営として前提条件とするのか、例外事象として扱うのかである。 一般に、給料が下がればモチベーションは下がる。これは個人の意識の問題ではなく、賃金が役割への期待や評価を象徴する以上、避けられない。したがって、「給料が下がってもモチベーションは下がらない」という前提で制度を設計することは現実的ではない。そのため、処遇が下がることによる組織への悪影響を避ける最も単純な解は、社外への移動を促すことである。とりわけ影響力の大きい層においては、この判断が合理的となる場面も少なくない。一方で、雇用維持を選択する企業においては、処遇が下がる人材を組織の中に抱える局面が必ず生じる。このとき賃金制度に求められるのは、処遇を固定することでも、下げることでもない。処遇が下がるという現実を、組織として管理可能な形に変換することである。 ‐処遇の変動理由を個人評価ではなく役割の変化に限定すること。 ‐賃金を「下げた」のではなく、「別の構成に移行した」と説明できること。 ‐変動が不可逆ではない構造を持ち、「戻る余地」を制度として残しておくこと。 これらはすべて、人件費を「最後に帳尻を合わせる数字」としてではなく、事業判断の前提条件として扱うための設計である。 ■経営として定めるべきこと 本稿で強調したいのは、制度の巧拙ではない。人件費と賃金を、どのように動かすことを是とする会社なのかという立ち位置を、経営として明確にすることである。この立ち位置が定まらないまま、等級を設計し、評価を整え、賃金制度を議論しても、それらは場当たり的な調整装置にしかならない。 人件費と賃金は、制度の問題である前に、経営判断の結果である。動的組織・動的ポートフォリオに耐える人事制度とは、制度が頻繁に変わることではない。人件費と賃金が、明確な人材マネジメントポリシーのもとで動く状態をつくることである。 その前提があって初めて等級制度、評価制度、賃金制度、キャリアマネジメントは、経営の意図と接続された形で機能し始める。
2026.02.26
第3回:VUCAに強い企業は「人材ポートフォリオ」で動く──動的組織を支える設計思想
VUCAの時代において、経営はもはや確度の高い長期計画を描くことができない。戦略は仮説と検証を繰り返しながら更新され、組織もまた、その変化に耐え続けることが求められる。しかし現実には、事業環境が変わっても、人と組織の構造は容易には変わらない。 本稿では、こうした矛盾に対し、「人材ポートフォリオ」という考え方を軸に、動的組織を現実のものとするための設計思想を整理する。鍵となるのは、等級制度の意味を捉え直し、キャリアの前提を転換することである。 ■動的ポートフォリオを前提にした人事制度の思想 動的ポートフォリオとは、人材を個人の集合としてではなく、役割・能力・価値創出の組み合わせとして捉える考え方である。誰がいるかよりも、どのような役割に、どの水準の人材が、どれだけ配置されているかを見る視点である。 この考え方には、三つの重要な前提がある。第一に、人材は固定的な属性ではなく、状況に応じて活かし方が変わる可変的な資源であるということ。第二に、重要なのは人数そのものではなく、どの役割にどれだけの資源が投下されているかという配分のあり方である。第三に、ポートフォリオは現状を説明するための概念ではなく、次にどう動かすかを判断するための意思決定の道具であるという点である。 この思想が欠けたまま制度を設計すると、等級や配置は必ず固定化し、組織は変化に耐えられなくなる。動的ポートフォリオは、経営の構えそのものであり、その構えを支える制度思想が不可欠となる。 ■等級制度は「人の序列」ではなく「資源配分の単位」である 動的ポートフォリオを制度に落とし込む際、最も重要な論点が等級制度である。多くの日本企業では、等級は長らく人の格付けとして扱われてきた。等級が上がることは成長の証であり、キャリアの進展を意味する。そのため、等級は基本的に不可逆であり、下がらないことが前提とされてきた。 しかし、動的ポートフォリオの視点に立つと、この前提そのものを問い直す必要がある。重要なのは、誰がどの等級にいるかではなく、どのレベルの役割に、どれだけの人的資源を配分しているかである。等級とは本来、どの水準の役割を、どの程度の裁量と期待値で任せるのかを定義する、経営の意思決定単位である。 このように捉え直すと、等級はキャリアのゴールではなくなる。等級の中で役割は変わり得るし、上下の移動よりも、役割間の移動こそが日常的に起きるべき事象となる。昇格とは能力の証明ではなく、経営がその領域に一時的に資源を厚く張るという判断に過ぎない。 等級を人の序列として扱い続ける限り、人材は動かず、役割は固定され、制度は硬直する。動的ポートフォリオを成立させるためには、等級の意味をこのレベルで変える必要がある。 ■従業員から見て、何が変わるのか 等級制度をこのように捉え直したとき、従業員から見える世界もまた変わる。従来の制度のもとでは、キャリアとはあらかじめ用意された階段を上ることだった。等級が上がることが成長であり、その道筋がキャリアとして想定されていた。 動的ポートフォリオを前提とする制度では、この前提は成り立たない。役割は変わり、期待値は揺れ動き、必ずしも一直線に上がっていくキャリアは描かれない。一見すると不安定な制度に映るかもしれないが、実際に変わるのはキャリアがなくなることではない。キャリアの意味が変わるのである。 重要になるのは、今どの等級にいるかではなく、どのような役割を担い、どのような経験を積んでいるかである。この構造は、特定の人だけに向けたものではない。探索・新規事業に関わる人にとっては、短期的な役割を通じて仮説検証の経験を積む機会が増える。成長事業に関わる人にとっては、役割の幅を広げながら次の領域に接続する選択肢が見える。成熟・安定事業に関わる人にとっても、これまでの役割に留まることと、新しい役割に踏み出すことの双方が、制度上の選択肢として並ぶ。 動的ポートフォリオを前提とした等級制度は、すべての人に変化を強いる制度ではない。しかし、どのステージにいる人に対しても、変化が可能な状態を開いておく制度である。 ■キャリアを保証しないが、形成し続けられる条件を示す ここで、キャリアという言葉の意味もまた変わる。従来の日本型人事は、年次を重ねれば等級が上がり、キャリアが積み上がっていくことを前提としてきた。いわば、キャリアを保証する人事である。しかし、VUCA環境下で経営自身が長期のミッションやポストを描けない以上、この保証は現実的ではない。 動的ポートフォリオ時代の人事が目指すのは、キャリアを保証することではなく、キャリアを形成し続けられる条件を提示することである。どの等級において、どのような役割経験を積めば、どのような機会につながるのか。その構造が制度として示されていれば、従業員は変化の中でも自らの立ち位置を理解し、次の選択を考えることができる。 会社はキャリアの答えを与えない。しかし、キャリアが閉じない状態を制度として用意する。この転換が必要となる。 ■動的ポートフォリオが経営に残すもの 動的ポートフォリオを実現する等級制度とは、完成形を描くための制度ではない。試しに任せ、見直し、差し替えることを前提に、変化を組織として受け止めるための制度である。経営のトライ&エラーを吸収し、人が挑戦し続ける余地を残すこと。そのための設計思想が、ここまで述べてきた人材ポートフォリオと等級制度の再定義である。 同時に、この設計思想は、経営にとってもう一つの重要な意味を持つ。それは、どのような布陣で事業を運営しているのかを、構造として把握できるようになるという点である。人材ポートフォリオを描くということは、どの役割に、どの水準の人材を、どれだけ配置しているかを可視化することにほかならない。そこに単価を掛け合わせれば、人件費の構造が見えてくる。 これは、人をコストとして切り詰めるという発想とは異なる。むしろ、どの領域に、どれだけ投資しているのかを経営として説明可能にするという意味で、極めて合理的な人件費マネジメントである。動的ポートフォリオを支える等級制度は、人を動かすための制度であると同時に、事業と人件費を一体で考えることを可能にする制度でもある。 次回は、この視点をさらに一歩進め、役割の変化や試行錯誤を前提としたとき、評価や報酬はどのように設計されるべきかを考えていく。動的な組織を支える人事制度は、どのようにして経営合理性と従業員の納得感を両立させるのか。その具体像に踏み込んでいきたい。
2026.02.26
第2回:動的組織に必要な「人事管理のパラダイム転換」
前回は、日本企業の生産性が長期にわたり低迷してきた本質として、「総人員や組織構成そのものを環境変化に応じて変えられてこなかった点」を指摘した。VUCAと呼ばれる不確実性の高い時代においては、事業環境の変化に合わせて組織や人材ポートフォリオを動かせるかどうかが、生産性を左右する決定的な要因となる。 そこで本稿では、その前提となる「動的組織」とは何かを定義したうえで、それを支える人事管理に求められるパラダイム転換について考えていく。 ■動的組織とは何か 動的組織とは、常にすべてが変わり続ける組織ではない。事業環境や戦略の変化に応じて、動かすべき部分を、動かすべき大きさと速度で動かせる組織である。 事業ポートフォリオが変われば、必要な機能やスキル、人員規模も変わる。動的組織とは、こうした変化を例外ではなく、前提として組み込んだ組織の在り方を指す。 重要なのは、動的組織を一律のモデルとして捉えないことである。組織や人材ポートフォリオをどの程度の周期で、どの規模まで動かすかは、企業のステージによって大きく異なる。成長途上にあり、事業モデルや競争優位が固まりきっていない企業では、比較的短いサイクルでの組織再編や人材の組み替えが合理的である。一方、成熟期に入り、収益基盤が安定している企業では、全社を頻繁に動かす必要はない。むしろ、事業の一部や特定機能に限定して変化を起こす方が、経営リスクの観点からも妥当である。 動的組織とは、「すべてを動かす組織」ではなく、企業のステージや事業特性に応じて、変化のサイクルと幅を使い分けられる組織だと言える。 ■動的組織がもたらす企業への「負荷」 動的組織は、環境変化に適応するための有効な組織形態である一方、企業にとって常に望ましい状態であるとは限らない。むしろ、動的であること自体が、企業に一定の負荷をもたらすという前提を置かなければ、議論は現実から乖離してしまう。 組織や役割が頻繁に変われば、社員は将来の見通しを描きにくくなる。短期的には学習コストや調整コストが増大し、業務効率が一時的に低下することも避けられない。また、組織改編や配置転換が繰り返されることで、「なぜ自分がこの役割なのか」「この先どう評価されるのか」といった不安や不満が蓄積しやすくなる。 経営やマネジメントの側にとっても、動的組織は容易な選択ではない。組織の安定性を犠牲にしてでも変化を選ぶという判断は、短期的な混乱や反発を引き受ける覚悟を伴う。特に日本企業では、長期雇用を前提としてきた歴史的背景から、組織を大きく動かすこと自体が「失敗」や「人を軽視している」と受け取られやすい。 さらに、動的組織は、人事制度との摩擦を必然的に生む。評価や処遇、昇格といった人事インフラは、安定した役割や組織を前提に設計されてきたため、役割が変わり続ける状態とは本質的に相性が悪い。結果として、組織を動かせば動かすほど、人事運用の複雑性と説明責任は増大していく。 それでもなお、変化を止めることが最大のリスクとなる時代において、動的組織を選択しないという判断は、長期的には企業の競争力を蝕む。動的組織とは、快適な状態を保つための処方箋ではなく、不確実性の中で生き残るために、あえて負荷を引き受ける経営判断なのである。 ■動く組織に人事を合わせようとしたときのジレンマ しかし、ここで必ず直面するのが人事管理上のジレンマである。 事業や組織は環境変化に応じて部分的・段階的に動かしたい。一方で、人事制度、とりわけ評価・昇給・賞与・昇格といった人事インフラは、事業年度と連動した一律運用を前提に設計されている。 事業や職種ごとに異なるスピードで人材を動かそうとすれば、評価の頻度や処遇反映のタイミングに差が生じる。それはすぐに「不公平」「恣意的」と受け取られやすく、説明責任の観点からもリスクが高い。結果として多くの企業では、「人事は一律でなければならない」という制約が優先され、組織の動きを人事が抑制する構図が生まれてきた。 さらに日本企業の場合、この問題は長期雇用という前提によって、より複雑になる。労働市場の流動性は高まりつつあるとはいえ、正社員は依然として無期雇用が原則であり、企業は人材に投資し、長く勤めさせることを前提としている。この構造は当面続くと考えるべきだろう。 その一方で、VUCA時代において、40年単位で同じ価値を提供し続けられるキャリアを企業が約束することは不可能である。結果として企業は、「雇用は守らなければならないが、キャリアは約束できない」という矛盾した状況に置かれている。 ■暗黙の約束がもたらす歪み このジレンマをさらに難しくしているのは、企業がこの現実を正面から語れていない点にある。制度としては何も約束していないにもかかわらず、「定年まで勤め上げれば報われる」「会社が面倒を見る」といった暗黙の期待が温存されてきた。その結果、人的資本経営を掲げつつ、必要な人材構成を追求しようとしたときに、不信や不公平感が一気に噴出する。 問題は、不義理かどうかではない。約束できなくなったにもかかわらず、それを明示してこなかったことにある。 ■目指すべき人事管理のパラダイム転換 動的組織に耐える人事管理とは、この矛盾を解消することではない。矛盾を前提としたうえで、どのようなスタンスで人と向き合うのかを明確にすることである。 これからの人事管理に求められるのは、「キャリアを保証する人事」から、「キャリアを形成し続けられる条件を提示する人事」への転換である。 企業が約束できるのは、特定のポジションや処遇ではない。どの事業に、どのような価値が、どの局面で求められるのか。その条件を示し、役割と期待が更新され続ける前提で人を扱うことこそが、動的組織における誠実な人事管理である。 動的組織とは、雇用を軽く扱うための概念ではない。長期雇用を前提としながらも、役割と価値を固定しないという、極めて高度な経営技術である。その覚悟と説明責任を引き受けられるかどうかが、人的資本経営を標榜する企業に問われている。
2026.02.26
第1回:VUCA時代の構造変化と、日本企業の「生産性低迷の本質」
日本経済は、この約30年という長い時間を、ほぼ一貫して「予測を下回る成長」の中で過ごしてきた。1990年代初頭、バブル崩壊後に描かれた回復シナリオの多くは実現せず、名目GDP、労働生産性、付加価値成長率といった主要指標はいずれも、主要先進国と比較して低迷を続けている。重要なのは、この状況が一時的な景気循環の問題ではなく、構造的な問題として固定化してきたという点である。 しばしば語られる要因として、少子高齢化、国内市場の縮小、デフレ、過度な規制などが挙げられる。これらはいずれも事実であり、無視できない制約条件である。しかし、それだけでは説明しきれない現象がある。同じ制約条件のもとでも、成長を続ける企業と、停滞から抜け出せない企業が明確に分かれているという事実だ。 特に近年、その差は「企業規模」によっても顕在化している。大企業の一部は、グローバル市場への展開、M&A、事業ポートフォリオの組み替えを通じて、一定の付加価値成長を実現している。一方で、多くの中小企業は、国内需要への依存度が高いまま、価格競争と人手不足に挟まれ、生産性向上の糸口を見いだせずにいる。今後の成長予測においても、この二極化はさらに進むと見られている。 ■日本企業の生産性低迷の「本質」はどこにあるのか。 それは単なる努力不足やIT投資の遅れではない。より根源的には、環境変化の質が変わったにもかかわらず、組織と人のマネジメントの前提が変わっていないことにある。では、なぜ日本企業は、環境変化の「質」がこれほど大きく変わったにもかかわらず、組織と人のマネジメントの前提を変えられなかったのか。それは、日本企業が怠慢だったからでも、変化を恐れたからでもない。むしろ、過去の成功体験に照らせば、変えないことのほうが合理的だったという側面が大きい。 高度成長期から安定成長期にかけて、日本企業は「長期雇用」「年功的処遇」「固定的な組織単位」を前提とした経営によって、高い競争力を発揮してきた。事業環境は比較的予測可能で、製品やサービスの改良は連続的に進み、組織は一度作れば長く機能した。この環境下では、人材を長期に育成し、内部で最適配置を行うマネジメントは、極めて効率的だった。 問題は、1990年代以降、環境が「変化した」だけでなく、「変化の性質そのもの」が変わったことにある。市場の変動は非連続になり、技術革新は加速し、事業の寿命は短くなった。しかし、組織と人のマネジメントは、依然として安定性と継続性を前提とした設計のまま維持された。その背景には、三つの構造的要因がある。 第一に、雇用を守ることが経営の最優先課題となり、組織や人材の大胆な組み替えが選択肢として取りづらかったこと。 第二に、人事制度が「成果創出のための仕組み」ではなく、「内部の公平性を保つための装置」として機能してきたこと。 第三に、環境変化への適応が、組織全体の再設計ではなく、現場の努力や個人の頑張りに委ねられてきたことである。 こうして、日本企業の多くは、環境変化に適応するために「組織と人の前提を変える」のではなく、「同じ前提のまま運用を工夫する」道を選び続けてきた。その結果として、環境変化のスピードと、組織・人材マネジメントの変化速度との間に、決定的なズレが生じていったのである。 現在の経営環境は、いわゆるVUCAと呼ばれる状態にある。変動性が高く、不確実で、複雑で、曖昧な状況が常態化し、技術革新は加速し、顧客価値は細分化され、事業のライフサイクルは短期化している。 この環境下で付加価値を生み続けるためには、単に効率を高めるだけでは不十分であり、「何に資源を配分するかを、いかに速く変えられるか」が決定的に重要になる。 ■「生産性」とは何か ここで改めて、「生産性」とは何かを整理しておきたい。生産性はしばしば、コスト削減や業務効率化の文脈で語られる。それらは重要な要素であるが、それだけでは、今日の経営課題を十分に捉えることはできない。 経営の視点で問われるべき生産性とは、投入している人・組織・資本の量そのものだけでなく、それらをどのような構成で組み合わせ、どれだけの付加価値を生み出せているかという関係性にある。 この視点に立てば、生産性低迷の本質は、単に「人が多すぎる」ことでも、「一人ひとりの能力が低い」ことだけでもない。問題は、事業環境の変化に対して、人・仕事・組織の構成が最適化されていないことにある。また、同時に見落としてはならないのは、この「構成」には、人材の配置や役割の組み合わせだけでなく、そもそもの人員規模の前提も含まれるという点である。 中長期の視点で企業価値を高めていくためには、現在の人員を所与とするのではなく、事業戦略と照らしながら、どの規模・どの構成で事業を運営するのが最適なのかを問い続ける必要がある。 ■動的な組織・人材管理 この問いに答えるために不可欠なのが、「動的である」という視点である。 VUCA環境下では、最適な組織構造や人材構成は固定解として存在しない。市場環境、技術、顧客価値の変化に応じて、事業の重心は移動し続ける。その変化に合わせて、組織と人材の構成もまた、継続的に組み替えられる必要がある。 ここで重要なのは、動的な人材管理とは、単なる配置転換や育成の話ではないという点である。経営の視点に立てば、生産性とは、どの領域にどれだけの人的資源を投下し付加価値を増大させるのか、そしてどの領域からは資源を引き揚げるのかという判断を含んでいる。場合によっては、人員規模そのものを調整するという意思決定も、避けて通ることはできない。 動的な人材ポートフォリオ管理とは、事業の新陳代謝に応じて、人材を再配置するだけでなく、役割が消失した領域では人員を縮小し、新たな価値創出領域には人材を集中させることを意味する。その過程には、採用、育成、外部化、役割転換、そして時に人員削減といった選択肢も含まれる。限られた人的資源を、付加価値創出に最も寄与する形で再構成し続けることにある。人員規模を固定したまま「組み合わせ」だけを工夫しても、環境変化が非連続に進む中では、生産性向上には限界がある。VUCAを前提とした「動的な組織」と「動的な人材ポートフォリオ管理」への転換が不可欠である。それは人事制度の部分的な改修ではなく、組織と人をどう捉えるかというパラダイムそのものの転換を意味する。 次回は、この構造変化を前提に、なぜ従来型の人事管理が機能しなくなっているのか、そして動的な組織・人材管理を支えるために、どのような考え方への転換が求められているのかを、より具体的に掘り下げていきたい。
2024.07.11
従業員満足度の真実
人的資本開示における代表的な項目である従業員満足度は、企業価値向上のための重要な指標の一つとされています。経営者も人事部も、企業価値向上のための一つの重要な指標としてとらえ、従業員満足度向上を目指していることでしょう。 従業員満足度が高いことが企業経営にもたらすメリットは多岐にわたります。仕事に対してのモチベーションが高ければ、効率的に働く傾向があり、生産性の向上が見込めます。顧客満足度の高さにも影響を与え、リピート率を上げることに繋がれば業績も上がります。また、満足度の高い従業員が多くいることで職場の雰囲気もよく、チームワークが強化される可能性も高いです。その先には、心理的安全性が確保された職場において安心して意見を言える環境が整い、新しいアイデアを出し合い創造性やイノベーションの促進にも繋がる可能性も高くなります。そのほかにも、離職率の低下やウェルビーイングの実現にもつながり、企業にとってはいいことずくめです。 それゆえに、従業員満足度が高い=望ましい人事施策が講じられている会社である、ととらえるのが一般的でしょう。 しかし、現実はそんなに単純なものではありません。経営計画を達成するための人事制度改革が、逆に従業員満足度を下げることもあります。 例えば、超高齢化している会社が若手の確保や成長を重視した施策を講じるとともに、高齢層の処遇を適正化することで従業員満足度が低下することがあります。早期定年制を導入し、高齢層の退職を促すと、特に高齢層からの不満が増加します。選挙と同じで票をもっているのは高年齢層が多いので、従業員満足度は大きく下がり得るでしょう。 また、実力主義を導入することで、ハイパフォーマーは満足度が上がりますが、アベレージパフォーマーやローパフォーマーは不満を抱く可能性があります。実力主義に大きく舵をきればきるほど、会社として投資対象にしたい人とそうではない人に歴然とした差が生まれるので、そこから漏れる人は不満をもちます。2:6:2の理論でいえば、半分以上の人が不満に転じる可能性があります。 従業員満足度は、冒頭に記載したとおり、重要な指標であることは確かです。従業員満足度が常に高い状態が続いている場合、企業が必要な改革を怠っている可能性もありえます。重要なのは、満足度の高低ではなく、経営計画を達成するための人事施策をしっかりと講じて、組織に浸透させていくことです。実力主義を導入して、ローパフォーマーが厳しさを感じていなければ、運用がうまくいっていないのではないかと疑わなくてはなりません。人事施策を講じたら、どの層にどのような影響が出て然るべきかの予測を立て、継続的に調査を行い、適宜調整を加えていくことが不可欠です。 企業が真に持続的成長を遂げるためには、従業員満足度を適切に管理しながら(単に高いことだけを目指すのではなく)、柔軟かつ迅速に改革を進める姿勢が求められます。これこそが、変動する市場環境においても競争力を維持し続けるためのキーポイントです。
2023.10.30
人的資本経営と人事の反省会
「人的資本経営」は、ここ数年人事の世界においては最も注目されている言葉の一つである。2020年に出された経済産業省 の 「人材版伊藤 レポート 」 、2022年に政府が「人的資本可視化指針」の中で、人的資本の開示項目を示していることなどの 影響 もあって、近年急速に議論が進み、経営課題として議論されるようになっている。 近年急速に発展した議論ではあるが、長らく人事の世界に身を置いていると、実はそれほど目新しい考え方ではない。人材を資源としてみるのではなく、資本として捉えるという概念整理には新鮮さを感じつつも、経営における人事の機能は今も昔も変わらないし、経営計画を実現するために極めて重要であることも変わらない。昔から我々は多くの企業と経営と人事の連動性や経営計画を実現できる人事管理を目指して議論をしてきたことを考えると、人的資本という言葉に代わったところで目指している姿にそう大きな差を感じていない。(もちろん様々な発展はあるが)また、多くの日本企業は長期雇用を前提とし、「企業は人なり」といって、人材を大切にし、長期的に人材を育成してきた。「投資」という言葉は使わないものの、人を育て、短期・中長期の観点から会社を発展につなげていくことの重要性は経営者であれば皆考えてきていることだろう。「無形資産」とはあえて言わないが、そう考えてきた人も多いはずだ。 だとすると、今も昔も変わらず、目指している人事のありようがあるが、そこに到達していない原因を認識しておく必要があるだろう。 そもそも、人事の世界はあるべき姿が曖昧で議論がしづらいと言われてきた。「人」に対する施策の効果測定は難しい。「人」に関する情報が可視化されていないので、人事について議論しようとしても同じ情報量で話をすることも難しく、議論がかみ合いづらい。故に経営と人事が連動しているかもわかりづらく、どう経営として実のある議論となっているのか自信も持てず、もやもやする。結果として、経営の議論として人事は後回しにされやすいのではないかと思う。また、仮に議論していたとしても経営目標達成のための人事全体としての大局的な議論ではなく、個別性の高い、ないしは個別課題に対する局所的議論であったりして、経営に資する人事という観点では本質的ではなかったりすることもあるのではないか。もっと個別に考えてみたらいろいろ出てくるだろう。人事基盤の設計の問題か運用の問題か。様々な施策の効果が測定できないからか。それとも人事機能の経営上の重要性を軽視していた、というスタンスの問題か。振り返っていただきたい。多くの企業が経営目標達成には、「変革人材が必要だ」「自律型人材は必要だ」といって人事基盤を整備して10年以上たつが、なぜ企業に変革がおきなかったのか。。 つまりは、「人的資本」という新しい概念が立ち上がったところで、議論の本質は変わらないし、また人事の領域の議論の難しさも変らない。よって、人的資本の観点で一生懸命議論しても、これからも目指している人事のありように到達しないかもしれない、ということだ。昔から人事が重要な機能であるということをわかりながらも、うまく経営と連動させることができなかったということに対して、まずはしっかり向き合う、ということが必要なのではないだろうか。 経営として人事について活発に議論されるようになったのは、人事としては好機である。伊藤レポートが「人事・人材変革を起こすのに、資本市場の力を借りようと試みた。」ということは確実に効果があったのではないかと思う。機関投資家や欧米の外圧によって、人事課題が検討せざるをえない経営課題になってきているのだ。今こそ経営としてしっかりと人事の反省会を開き、目指すべき人事のありようの実現の一歩を踏み出していただきたい。
不退転の覚悟のしどころ
多くの企業が中期経営計画の中に、人事基盤の刷新、人事制度の見直し、経営計画と連動した人材戦略確立など、人事施策を中計の主要な柱に掲げている。しかし、3~5年の中期経営計画の中で、それこそ「基盤」が変わるほどの変化を遂げた会社はそう多くないと感じている。それは一重に、人事の変革において、経営が覚悟を以て取り組むべき所が実は人事施策の方針策定や制度設計の先にもある、ということの認知がされていないからなのではないかと思うのだ。ビジネスのステージや置かれている環境が異なり、改革に対する慎重度や見直しの必要性の度合い、求めているスピードの違いがあるので、大きな変化の有無を良い悪いと評価するつもりはない。ただ、大きな改革をやり遂げた企業の特徴をいえば、「最初から最後まで」経営が不退転の覚悟を以て取り組んでいると感じる。 最初から最後まで、とは大きくいうと、①方針・制度策定時、②制度導入時(社員説明を行う段)③制度運用時(毎年の配置変更、昇格・降格を見据えた評価時、もしくは格付け見直しの時)である。①においては、経営メンバーで議論をし、経営としての重要な施策であることから、経営、もしくは現場を巻き込みながら、各施策の必要性の検証やリスク分析などを行い、かなり慎重に重要な決断を下している。もちろん議論をつくし、大きな改革を行う必要があるのであれば、覚悟を経営メンバーで共有し、意思決定がなされる。これはよく見かける光景だ。しかし、実は人事の改革で極めて重要なのは②と③であるが、この重要性が意外と経営に認識されていないのではないかと思う。 人事制度は全ての社員にとって身近であり、処遇に関わることから、非常に注目度が高い。だからこそ、人事基盤の見直しをするときにはその改定の目的、社員に期待すること、もしくは変わってもらいたいこと、を理解させることが重要である。等級・給与・教育・評価、さらには人事部の在り方まで、しっかり議論がつくされ、合理的に設計されたのであれば、それを理解してもらうために、言葉を尽くす必要があるし伝えるための工夫が必要だ。 しかし、出来上がった制度をどう伝えるか、どのような布陣で社員説明の場に臨むかは、あまり議論されずに進んでいる会社をよく見かける。制度の伝え方についていえば、厳しさがあると受け入れられづらいのではないか、という配慮や質問されることをリスクととらえ、リスク回避の結果、本来実現したい改革の本質を「ぼかす」説明会にしてしまったケースもある。 また、直接社員に言葉で語りかける絶好の機会であるため、本来であれば、社長(経営)の口から強烈なメッセージを発信してほしいところだが、実際は「人事部長・人事課長の制度設計最後の仕事」となっており、テクニカルな仕組みについて理解させることに終始していることも多い。確かにそこも重要だが、経営の想い、考えは結局伝わらずに終わっているケースも多い。制度のエンドユーザーに直接触れる機会こそ、不退転の覚悟をもって、経営の目指す世界と制度のつながりをしっかり落とし込んで頂きたい。それがしっかり伝わったかが説明会の良しあしの判断基準でもよいくらいだ。 ここまでの話は②の代表的な制度導入時の話であるが、実はもう一つ覚悟をもって臨むべきは③の、制度の運用である。方針議論の際に、必ずといってよいほど、パフォーマンスの割に処遇(等級)の高い社員に対しての問題認識や、優秀な若手登用の話が語られる。優秀な人材であれば年齢に関係なく登用し、パフォーマンスが高くなければ適正な格付けにする。これをやりたいがための制度を目指して設計しても、いざ運用してみるとそのような対象者が一人も出ていない。登用のケースにおいては、象徴的な人を一人は出そう、という考えのもと、導入時に数名登用したりするが、その後が続かない、もしくはその真逆で、登用しすぎて、本来の人材イメージに合っていない人材が登用され、制度の狙いを大いにぼかしてしまっている。 中計実現のために成しえたかったことは制度設計だけでなく、運用を以て実現できるのだが、もはや運用の段になると経営の目も届きづらい。細かな人事運用の結果は経営報告されていないことも多いだろう。制度導入を経たら、経営も、もはや中計の柱である人事基盤の構築という仕事が終わったと思われているかもしれない。しかし、基盤は制度設計と運用で出来上がるものである。経営として、目指す世界を実現するための覚悟を持った運用を先陣きって進め、運用の指導して頂きたいと思う。加えていえば、人事や管理職に「不退転の覚悟をもった運用」をさせることが、経営として覚悟をもって進めなくてはならない仕事なのではないだろうか。
