久保 博子 |1 |執筆者|㈱トランストラクチャ

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久保 博子

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第1回:VUCA時代の構造変化と、日本企業の「生産性低迷の本質」 | 人材ポートフォリオ

第1回:VUCA時代の構造変化と、日本企業の「生産性低迷の本質」

日本経済は、この約30年という長い時間を、ほぼ一貫して「予測を下回る成長」の中で過ごしてきた。1990年代初頭、バブル崩壊後に描かれた回復シナリオの多くは実現せず、名目GDP、労働生産性、付加価値成長率といった主要指標はいずれも、主要先進国と比較して低迷を続けている。重要なのは、この状況が一時的な景気循環の問題ではなく、構造的な問題として固定化してきたという点である。 しばしば語られる要因として、少子高齢化、国内市場の縮小、デフレ、過度な規制などが挙げられる。これらはいずれも事実であり、無視できない制約条件である。しかし、それだけでは説明しきれない現象がある。同じ制約条件のもとでも、成長を続ける企業と、停滞から抜け出せない企業が明確に分かれているという事実だ。 特に近年、その差は「企業規模」によっても顕在化している。大企業の一部は、グローバル市場への展開、M&A、事業ポートフォリオの組み替えを通じて、一定の付加価値成長を実現している。一方で、多くの中小企業は、国内需要への依存度が高いまま、価格競争と人手不足に挟まれ、生産性向上の糸口を見いだせずにいる。今後の成長予測においても、この二極化はさらに進むと見られている。 ■日本企業の生産性低迷の「本質」はどこにあるのか。 それは単なる努力不足やIT投資の遅れではない。より根源的には、環境変化の質が変わったにもかかわらず、組織と人のマネジメントの前提が変わっていないことにある。では、なぜ日本企業は、環境変化の「質」がこれほど大きく変わったにもかかわらず、組織と人のマネジメントの前提を変えられなかったのか。それは、日本企業が怠慢だったからでも、変化を恐れたからでもない。むしろ、過去の成功体験に照らせば、変えないことのほうが合理的だったという側面が大きい。 高度成長期から安定成長期にかけて、日本企業は「長期雇用」「年功的処遇」「固定的な組織単位」を前提とした経営によって、高い競争力を発揮してきた。事業環境は比較的予測可能で、製品やサービスの改良は連続的に進み、組織は一度作れば長く機能した。この環境下では、人材を長期に育成し、内部で最適配置を行うマネジメントは、極めて効率的だった。 問題は、1990年代以降、環境が「変化した」だけでなく、「変化の性質そのもの」が変わったことにある。市場の変動は非連続になり、技術革新は加速し、事業の寿命は短くなった。しかし、組織と人のマネジメントは、依然として安定性と継続性を前提とした設計のまま維持された。その背景には、三つの構造的要因がある。 第一に、雇用を守ることが経営の最優先課題となり、組織や人材の大胆な組み替えが選択肢として取りづらかったこと。 第二に、人事制度が「成果創出のための仕組み」ではなく、「内部の公平性を保つための装置」として機能してきたこと。 第三に、環境変化への適応が、組織全体の再設計ではなく、現場の努力や個人の頑張りに委ねられてきたことである。 こうして、日本企業の多くは、環境変化に適応するために「組織と人の前提を変える」のではなく、「同じ前提のまま運用を工夫する」道を選び続けてきた。その結果として、環境変化のスピードと、組織・人材マネジメントの変化速度との間に、決定的なズレが生じていったのである。 現在の経営環境は、いわゆるVUCAと呼ばれる状態にある。変動性が高く、不確実で、複雑で、曖昧な状況が常態化し、技術革新は加速し、顧客価値は細分化され、事業のライフサイクルは短期化している。 この環境下で付加価値を生み続けるためには、単に効率を高めるだけでは不十分であり、「何に資源を配分するかを、いかに速く変えられるか」が決定的に重要になる。 ■「生産性」とは何か ここで改めて、「生産性」とは何かを整理しておきたい。生産性はしばしば、コスト削減や業務効率化の文脈で語られる。それらは重要な要素であるが、それだけでは、今日の経営課題を十分に捉えることはできない。 経営の視点で問われるべき生産性とは、投入している人・組織・資本の量そのものだけでなく、それらをどのような構成で組み合わせ、どれだけの付加価値を生み出せているかという関係性にある。 この視点に立てば、生産性低迷の本質は、単に「人が多すぎる」ことでも、「一人ひとりの能力が低い」ことだけでもない。問題は、事業環境の変化に対して、人・仕事・組織の構成が最適化されていないことにある。また、同時に見落としてはならないのは、この「構成」には、人材の配置や役割の組み合わせだけでなく、そもそもの人員規模の前提も含まれるという点である。 中長期の視点で企業価値を高めていくためには、現在の人員を所与とするのではなく、事業戦略と照らしながら、どの規模・どの構成で事業を運営するのが最適なのかを問い続ける必要がある。 ■動的な組織・人材管理 この問いに答えるために不可欠なのが、「動的である」という視点である。 VUCA環境下では、最適な組織構造や人材構成は固定解として存在しない。市場環境、技術、顧客価値の変化に応じて、事業の重心は移動し続ける。その変化に合わせて、組織と人材の構成もまた、継続的に組み替えられる必要がある。 ここで重要なのは、動的な人材管理とは、単なる配置転換や育成の話ではないという点である。経営の視点に立てば、生産性とは、どの領域にどれだけの人的資源を投下し付加価値を増大させるのか、そしてどの領域からは資源を引き揚げるのかという判断を含んでいる。場合によっては、人員規模そのものを調整するという意思決定も、避けて通ることはできない。 動的な人材ポートフォリオ管理とは、事業の新陳代謝に応じて、人材を再配置するだけでなく、役割が消失した領域では人員を縮小し、新たな価値創出領域には人材を集中させることを意味する。その過程には、採用、育成、外部化、役割転換、そして時に人員削減といった選択肢も含まれる。限られた人的資源を、付加価値創出に最も寄与する形で再構成し続けることにある。人員規模を固定したまま「組み合わせ」だけを工夫しても、環境変化が非連続に進む中では、生産性向上には限界がある。VUCAを前提とした「動的な組織」と「動的な人材ポートフォリオ管理」への転換が不可欠である。それは人事制度の部分的な改修ではなく、組織と人をどう捉えるかというパラダイムそのものの転換を意味する。 次回は、この構造変化を前提に、なぜ従来型の人事管理が機能しなくなっているのか、そして動的な組織・人材管理を支えるために、どのような考え方への転換が求められているのかを、より具体的に掘り下げていきたい。

【アーカイブ配信】「今、経営に求められる人事制度」 | 関連制度設計

【アーカイブ配信】「今、経営に求められる人事制度」

ここ数年の人事は、グローバル競争下において柔軟に対応できる仕組みの構築、つまり人件費の変動費化と総額人件費の圧縮が求められてきました。他方、現下の環境を見ると、平均年齢の上昇及び人員構成の歪化、高齢者雇用義務化対応、非正規社員対応、働き方改革への対応等、極めて多様な変化が求められ、人事部門は過去経験のないほどの大きな変革への挑戦を迫られている状況です。 しかしながら、人事部門としては、どのような状況においても、環境変化を言い訳とせず、人事計画を確実に実行することが求められており、非常に高度な人事管理のレベルを要求されていると言えます。このような中、人事計画の達成を支援する人事の仕組みをこれまで以上に合理的かつ科学的に考えることが必要となってまいりました。 当セミナーでは、経営に連動した合理的な人事制度の考え方について事例を交えて解説します。 ■本アーカイブ配信は2025年4月開催のWEBセミナーで講演した内容です。

従業員満足度の真実 | 調査・診断(組織分析)

従業員満足度の真実

 人的資本開示における代表的な項目である従業員満足度は、企業価値向上のための重要な指標の一つとされています。経営者も人事部も、企業価値向上のための一つの重要な指標としてとらえ、従業員満足度向上を目指していることでしょう。  従業員満足度が高いことが企業経営にもたらすメリットは多岐にわたります。仕事に対してのモチベーションが高ければ、効率的に働く傾向があり、生産性の向上が見込めます。顧客満足度の高さにも影響を与え、リピート率を上げることに繋がれば業績も上がります。また、満足度の高い従業員が多くいることで職場の雰囲気もよく、チームワークが強化される可能性も高いです。その先には、心理的安全性が確保された職場において安心して意見を言える環境が整い、新しいアイデアを出し合い創造性やイノベーションの促進にも繋がる可能性も高くなります。そのほかにも、離職率の低下やウェルビーイングの実現にもつながり、企業にとってはいいことずくめです。    それゆえに、従業員満足度が高い=望ましい人事施策が講じられている会社である、ととらえるのが一般的でしょう。  しかし、現実はそんなに単純なものではありません。経営計画を達成するための人事制度改革が、逆に従業員満足度を下げることもあります。  例えば、超高齢化している会社が若手の確保や成長を重視した施策を講じるとともに、高齢層の処遇を適正化することで従業員満足度が低下することがあります。早期定年制を導入し、高齢層の退職を促すと、特に高齢層からの不満が増加します。選挙と同じで票をもっているのは高年齢層が多いので、従業員満足度は大きく下がり得るでしょう。 また、実力主義を導入することで、ハイパフォーマーは満足度が上がりますが、アベレージパフォーマーやローパフォーマーは不満を抱く可能性があります。実力主義に大きく舵をきればきるほど、会社として投資対象にしたい人とそうではない人に歴然とした差が生まれるので、そこから漏れる人は不満をもちます。2:6:2の理論でいえば、半分以上の人が不満に転じる可能性があります。    従業員満足度は、冒頭に記載したとおり、重要な指標であることは確かです。従業員満足度が常に高い状態が続いている場合、企業が必要な改革を怠っている可能性もありえます。重要なのは、満足度の高低ではなく、経営計画を達成するための人事施策をしっかりと講じて、組織に浸透させていくことです。実力主義を導入して、ローパフォーマーが厳しさを感じていなければ、運用がうまくいっていないのではないかと疑わなくてはなりません。人事施策を講じたら、どの層にどのような影響が出て然るべきかの予測を立て、継続的に調査を行い、適宜調整を加えていくことが不可欠です。    企業が真に持続的成長を遂げるためには、従業員満足度を適切に管理しながら(単に高いことだけを目指すのではなく)、柔軟かつ迅速に改革を進める姿勢が求められます。これこそが、変動する市場環境においても競争力を維持し続けるためのキーポイントです。

人的資本経営と人事の反省会 | 調査・診断(組織分析)

人的資本経営と人事の反省会

 「人的資本経営」は、ここ数年人事の世界においては最も注目されている言葉の一つである。2020年に出された経済産業省 の 「人材版伊藤 レポート 」 、2022年に政府が「人的資本可視化指針」の中で、人的資本の開示項目を示していることなどの 影響 もあって、近年急速に議論が進み、経営課題として議論されるようになっている。 近年急速に発展した議論ではあるが、長らく人事の世界に身を置いていると、実はそれほど目新しい考え方ではない。人材を資源としてみるのではなく、資本として捉えるという概念整理には新鮮さを感じつつも、経営における人事の機能は今も昔も変わらないし、経営計画を実現するために極めて重要であることも変わらない。昔から我々は多くの企業と経営と人事の連動性や経営計画を実現できる人事管理を目指して議論をしてきたことを考えると、人的資本という言葉に代わったところで目指している姿にそう大きな差を感じていない。(もちろん様々な発展はあるが)また、多くの日本企業は長期雇用を前提とし、「企業は人なり」といって、人材を大切にし、長期的に人材を育成してきた。「投資」という言葉は使わないものの、人を育て、短期・中長期の観点から会社を発展につなげていくことの重要性は経営者であれば皆考えてきていることだろう。「無形資産」とはあえて言わないが、そう考えてきた人も多いはずだ。  だとすると、今も昔も変わらず、目指している人事のありようがあるが、そこに到達していない原因を認識しておく必要があるだろう。  そもそも、人事の世界はあるべき姿が曖昧で議論がしづらいと言われてきた。「人」に対する施策の効果測定は難しい。「人」に関する情報が可視化されていないので、人事について議論しようとしても同じ情報量で話をすることも難しく、議論がかみ合いづらい。故に経営と人事が連動しているかもわかりづらく、どう経営として実のある議論となっているのか自信も持てず、もやもやする。結果として、経営の議論として人事は後回しにされやすいのではないかと思う。また、仮に議論していたとしても経営目標達成のための人事全体としての大局的な議論ではなく、個別性の高い、ないしは個別課題に対する局所的議論であったりして、経営に資する人事という観点では本質的ではなかったりすることもあるのではないか。もっと個別に考えてみたらいろいろ出てくるだろう。人事基盤の設計の問題か運用の問題か。様々な施策の効果が測定できないからか。それとも人事機能の経営上の重要性を軽視していた、というスタンスの問題か。振り返っていただきたい。多くの企業が経営目標達成には、「変革人材が必要だ」「自律型人材は必要だ」といって人事基盤を整備して10年以上たつが、なぜ企業に変革がおきなかったのか。。  つまりは、「人的資本」という新しい概念が立ち上がったところで、議論の本質は変わらないし、また人事の領域の議論の難しさも変らない。よって、人的資本の観点で一生懸命議論しても、これからも目指している人事のありように到達しないかもしれない、ということだ。昔から人事が重要な機能であるということをわかりながらも、うまく経営と連動させることができなかったということに対して、まずはしっかり向き合う、ということが必要なのではないだろうか。  経営として人事について活発に議論されるようになったのは、人事としては好機である。伊藤レポートが「人事・人材変革を起こすのに、資本市場の力を借りようと試みた。」ということは確実に効果があったのではないかと思う。機関投資家や欧米の外圧によって、人事課題が検討せざるをえない経営課題になってきているのだ。今こそ経営としてしっかりと人事の反省会を開き、目指すべき人事のありようの実現の一歩を踏み出していただきたい。

不退転の覚悟のしどころ | 人事制度設計

不退転の覚悟のしどころ

 多くの企業が中期経営計画の中に、人事基盤の刷新、人事制度の見直し、経営計画と連動した人材戦略確立など、人事施策を中計の主要な柱に掲げている。しかし、3~5年の中期経営計画の中で、それこそ「基盤」が変わるほどの変化を遂げた会社はそう多くないと感じている。それは一重に、人事の変革において、経営が覚悟を以て取り組むべき所が実は人事施策の方針策定や制度設計の先にもある、ということの認知がされていないからなのではないかと思うのだ。ビジネスのステージや置かれている環境が異なり、改革に対する慎重度や見直しの必要性の度合い、求めているスピードの違いがあるので、大きな変化の有無を良い悪いと評価するつもりはない。ただ、大きな改革をやり遂げた企業の特徴をいえば、「最初から最後まで」経営が不退転の覚悟を以て取り組んでいると感じる。  最初から最後まで、とは大きくいうと、①方針・制度策定時、②制度導入時(社員説明を行う段)③制度運用時(毎年の配置変更、昇格・降格を見据えた評価時、もしくは格付け見直しの時)である。①においては、経営メンバーで議論をし、経営としての重要な施策であることから、経営、もしくは現場を巻き込みながら、各施策の必要性の検証やリスク分析などを行い、かなり慎重に重要な決断を下している。もちろん議論をつくし、大きな改革を行う必要があるのであれば、覚悟を経営メンバーで共有し、意思決定がなされる。これはよく見かける光景だ。しかし、実は人事の改革で極めて重要なのは②と③であるが、この重要性が意外と経営に認識されていないのではないかと思う。  人事制度は全ての社員にとって身近であり、処遇に関わることから、非常に注目度が高い。だからこそ、人事基盤の見直しをするときにはその改定の目的、社員に期待すること、もしくは変わってもらいたいこと、を理解させることが重要である。等級・給与・教育・評価、さらには人事部の在り方まで、しっかり議論がつくされ、合理的に設計されたのであれば、それを理解してもらうために、言葉を尽くす必要があるし伝えるための工夫が必要だ。  しかし、出来上がった制度をどう伝えるか、どのような布陣で社員説明の場に臨むかは、あまり議論されずに進んでいる会社をよく見かける。制度の伝え方についていえば、厳しさがあると受け入れられづらいのではないか、という配慮や質問されることをリスクととらえ、リスク回避の結果、本来実現したい改革の本質を「ぼかす」説明会にしてしまったケースもある。  また、直接社員に言葉で語りかける絶好の機会であるため、本来であれば、社長(経営)の口から強烈なメッセージを発信してほしいところだが、実際は「人事部長・人事課長の制度設計最後の仕事」となっており、テクニカルな仕組みについて理解させることに終始していることも多い。確かにそこも重要だが、経営の想い、考えは結局伝わらずに終わっているケースも多い。制度のエンドユーザーに直接触れる機会こそ、不退転の覚悟をもって、経営の目指す世界と制度のつながりをしっかり落とし込んで頂きたい。それがしっかり伝わったかが説明会の良しあしの判断基準でもよいくらいだ。  ここまでの話は②の代表的な制度導入時の話であるが、実はもう一つ覚悟をもって臨むべきは③の、制度の運用である。方針議論の際に、必ずといってよいほど、パフォーマンスの割に処遇(等級)の高い社員に対しての問題認識や、優秀な若手登用の話が語られる。優秀な人材であれば年齢に関係なく登用し、パフォーマンスが高くなければ適正な格付けにする。これをやりたいがための制度を目指して設計しても、いざ運用してみるとそのような対象者が一人も出ていない。登用のケースにおいては、象徴的な人を一人は出そう、という考えのもと、導入時に数名登用したりするが、その後が続かない、もしくはその真逆で、登用しすぎて、本来の人材イメージに合っていない人材が登用され、制度の狙いを大いにぼかしてしまっている。  中計実現のために成しえたかったことは制度設計だけでなく、運用を以て実現できるのだが、もはや運用の段になると経営の目も届きづらい。細かな人事運用の結果は経営報告されていないことも多いだろう。制度導入を経たら、経営も、もはや中計の柱である人事基盤の構築という仕事が終わったと思われているかもしれない。しかし、基盤は制度設計と運用で出来上がるものである。経営として、目指す世界を実現するための覚悟を持った運用を先陣きって進め、運用の指導して頂きたいと思う。加えていえば、人事や管理職に「不退転の覚悟をもった運用」をさせることが、経営として覚悟をもって進めなくてはならない仕事なのではないだろうか。