書籍
books
- 『新版 人事の定量分析』
中央経済社・共著 (2016.9)
©️ Transtructure Co.,Ltd.All Rights Reserved.
©️ Transtructure Co.,Ltd.All Rights Reserved.
取締役パートナー
PROFILE
国内大手生命保険会社を経て、現職。
取締役パートナーとして組織・人事コンサルティング業務に携わる。
人事制度設計を始め、グループ人事管理の仕組みやセカンドキャリア制度、研修企画等、数多くの企業の人事改革プロジェクトを担当。
他方、自社内の商品開発業務や、管理部門の実務責任者として全社の基盤構築業務にも従事。
常識にとらわれず
人事の変革に挑戦したい
2026.08.13
経営人材育成の取り組みが加速するなかで、候補者の選抜は避けて通れないプロセスである。限られた経営ポストに対し、誰に重点投資するかを決めることは、企業として極めて合理的な判断だ。しかし、人事の現場では常に一つの懸念がつきまとう。「選ばれなかった人への配慮」である。モチベーションの低下や離職を恐れるあまり、日本企業の多くは、選抜という行為に伴う摩擦を極端に回避しようとする。 私自身、コンサルティングをする中で、その配慮に対する議論はこれまでも数多く経験してきた。最初は「経営人材選抜研修」として開始したものの、選ばれなかった人への配慮を重ねた結果、数年後には管理職全員を対象とした研修に変わってしまったケースもある。 この「配慮」こそが、日本企業が長年抱えてきた構造的課題の象徴ではないだろうか。 新卒一括採用、横並びの昇進、一律の給与体系。こうした「差をつけない」ことを前提とした日本型雇用の体質において、選抜は異物となる。人事担当者が「選ばれなかった人にも期待している」と説くとき、そこには多分に、現状の平等主義を維持したいという妥協が混ざっている。 実際、選ばれなかった側が「自分はこの会社では期待されていない」と受け取るのは、必ずしも誤解ではない。企業側が特定の数名に経営資源を集中させる決断をした以上、相対的に他の社員への期待の質が変わるのは事実だからだ。それを曖昧なメッセージで包み隠すことは、本人のキャリア自律を妨げるだけでなく、選抜された側の覚悟をも鈍らせることになる。 本来、選抜とは「非連続な差」をつける行為である。それまで明文化されずに漂っていた「なんとなくの将来の見通し」に、明確な区切りを引くことだ。この区切りによって、選ばれなかった人が「では、自分はこの先どこに向かえばよいのか」と自問し、社外に新天地を求めることは、市場原理から見れば極めて健全な反応である。 真に避けるべきリスクは、選ばれなかった人材の離職そのものではない。むしろ、摩擦を恐れて選抜の基準を曖昧にし、誰にでも「期待している」という顔をすることで、組織全体のプロフェッショナリズムを損なうことにある。 経営人材育成とは、一部の候補者を育てる施策であると同時に、組織全体に対して「この会社では、何をもって価値とするのか」という過酷な問いを突きつける行為である。選抜に伴う痛みを恐れ、事なかれ主義的な配慮を優先している限り、日本企業が「差をつけること」から脱し、真の競争力を手に入れることはできない。 選抜の後に、社員が自分の次の役割を主体的に描ける環境を整えることは重要だ。しかしそれは、決してショックを和らげるための「なだめ」であってはならない。企業には今、選抜という決断に伴う責任を直視し、プロとしての実力主義を徹底する「選ぶ覚悟」が問われている。
2024.07.11
人的資本開示における代表的な項目である従業員満足度は、企業価値向上のための重要な指標の一つとされています。経営者も人事部も、企業価値向上のための一つの重要な指標としてとらえ、従業員満足度向上を目指していることでしょう。 従業員満足度が高いことが企業経営にもたらすメリットは多岐にわたります。仕事に対してのモチベーションが高ければ、効率的に働く傾向があり、生産性の向上が見込めます。顧客満足度の高さにも影響を与え、リピート率を上げることに繋がれば業績も上がります。また、満足度の高い従業員が多くいることで職場の雰囲気もよく、チームワークが強化される可能性も高いです。その先には、心理的安全性が確保された職場において安心して意見を言える環境が整い、新しいアイデアを出し合い創造性やイノベーションの促進にも繋がる可能性も高くなります。そのほかにも、離職率の低下やウェルビーイングの実現にもつながり、企業にとってはいいことずくめです。 それゆえに、従業員満足度が高い=望ましい人事施策が講じられている会社である、ととらえるのが一般的でしょう。 しかし、現実はそんなに単純なものではありません。経営計画を達成するための人事制度改革が、逆に従業員満足度を下げることもあります。 例えば、超高齢化している会社が若手の確保や成長を重視した施策を講じるとともに、高齢層の処遇を適正化することで従業員満足度が低下することがあります。早期定年制を導入し、高齢層の退職を促すと、特に高齢層からの不満が増加します。選挙と同じで票をもっているのは高年齢層が多いので、従業員満足度は大きく下がり得るでしょう。 また、実力主義を導入することで、ハイパフォーマーは満足度が上がりますが、アベレージパフォーマーやローパフォーマーは不満を抱く可能性があります。実力主義に大きく舵をきればきるほど、会社として投資対象にしたい人とそうではない人に歴然とした差が生まれるので、そこから漏れる人は不満をもちます。2:6:2の理論でいえば、半分以上の人が不満に転じる可能性があります。 従業員満足度は、冒頭に記載したとおり、重要な指標であることは確かです。従業員満足度が常に高い状態が続いている場合、企業が必要な改革を怠っている可能性もありえます。重要なのは、満足度の高低ではなく、経営計画を達成するための人事施策をしっかりと講じて、組織に浸透させていくことです。実力主義を導入して、ローパフォーマーが厳しさを感じていなければ、運用がうまくいっていないのではないかと疑わなくてはなりません。人事施策を講じたら、どの層にどのような影響が出て然るべきかの予測を立て、継続的に調査を行い、適宜調整を加えていくことが不可欠です。 企業が真に持続的成長を遂げるためには、従業員満足度を適切に管理しながら(単に高いことだけを目指すのではなく)、柔軟かつ迅速に改革を進める姿勢が求められます。これこそが、変動する市場環境においても競争力を維持し続けるためのキーポイントです。
2023.10.30
「人的資本経営」は、ここ数年人事の世界においては最も注目されている言葉の一つである。2020年に出された経済産業省 の 「人材版伊藤 レポート 」 、2022年に政府が「人的資本可視化指針」の中で、人的資本の開示項目を示していることなどの 影響 もあって、近年急速に議論が進み、経営課題として議論されるようになっている。 近年急速に発展した議論ではあるが、長らく人事の世界に身を置いていると、実はそれほど目新しい考え方ではない。人材を資源としてみるのではなく、資本として捉えるという概念整理には新鮮さを感じつつも、経営における人事の機能は今も昔も変わらないし、経営計画を実現するために極めて重要であることも変わらない。昔から我々は多くの企業と経営と人事の連動性や経営計画を実現できる人事管理を目指して議論をしてきたことを考えると、人的資本という言葉に代わったところで目指している姿にそう大きな差を感じていない。(もちろん様々な発展はあるが)また、多くの日本企業は長期雇用を前提とし、「企業は人なり」といって、人材を大切にし、長期的に人材を育成してきた。「投資」という言葉は使わないものの、人を育て、短期・中長期の観点から会社を発展につなげていくことの重要性は経営者であれば皆考えてきていることだろう。「無形資産」とはあえて言わないが、そう考えてきた人も多いはずだ。 だとすると、今も昔も変わらず、目指している人事のありようがあるが、そこに到達していない原因を認識しておく必要があるだろう。 そもそも、人事の世界はあるべき姿が曖昧で議論がしづらいと言われてきた。「人」に対する施策の効果測定は難しい。「人」に関する情報が可視化されていないので、人事について議論しようとしても同じ情報量で話をすることも難しく、議論がかみ合いづらい。故に経営と人事が連動しているかもわかりづらく、どう経営として実のある議論となっているのか自信も持てず、もやもやする。結果として、経営の議論として人事は後回しにされやすいのではないかと思う。また、仮に議論していたとしても経営目標達成のための人事全体としての大局的な議論ではなく、個別性の高い、ないしは個別課題に対する局所的議論であったりして、経営に資する人事という観点では本質的ではなかったりすることもあるのではないか。もっと個別に考えてみたらいろいろ出てくるだろう。人事基盤の設計の問題か運用の問題か。様々な施策の効果が測定できないからか。それとも人事機能の経営上の重要性を軽視していた、というスタンスの問題か。振り返っていただきたい。多くの企業が経営目標達成には、「変革人材が必要だ」「自律型人材は必要だ」といって人事基盤を整備して10年以上たつが、なぜ企業に変革がおきなかったのか。。 つまりは、「人的資本」という新しい概念が立ち上がったところで、議論の本質は変わらないし、また人事の領域の議論の難しさも変らない。よって、人的資本の観点で一生懸命議論しても、これからも目指している人事のありように到達しないかもしれない、ということだ。昔から人事が重要な機能であるということをわかりながらも、うまく経営と連動させることができなかったということに対して、まずはしっかり向き合う、ということが必要なのではないだろうか。 経営として人事について活発に議論されるようになったのは、人事としては好機である。伊藤レポートが「人事・人材変革を起こすのに、資本市場の力を借りようと試みた。」ということは確実に効果があったのではないかと思う。機関投資家や欧米の外圧によって、人事課題が検討せざるをえない経営課題になってきているのだ。今こそ経営としてしっかりと人事の反省会を開き、目指すべき人事のありようの実現の一歩を踏み出していただきたい。