第5回:動的ポートフォリオに耐える“人事制度” ―― 実装の要諦 ―― - 株式会社トランストラクチャ

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第5回:動的ポートフォリオに耐える“人事制度” ―― 実装の要諦 ――

制度は“動かす前提”で設計されているか

本連載では、VUCA環境において企業が競争力を維持するためには、事業・組織・人材を固定的に捉えるのではなく、動的なポートフォリオとして管理することが不可欠であることを論じてきた。動的ポートフォリオとは、経営環境の変化に応じて、事業構成だけでなく、組織の形、人材の配置、求めるスキルの組み合わせを継続的に見直し、「経営計画を実現するための布陣」として構成されるものである。等級や役割はその結果として与えられるものである。したがって、人事制度とは本来、その布陣を実行し続けるための“装置”でなければならない。

ここで重要なのは、「動的ポートフォリオ」と聞いて想起されがちな誤解である。すなわち、毎年大きく人材構成が入れ替わるような、急激な変動を前提とするものではない。実際には、ポートフォリオの変化は連続的であり、構造は大きく変わらなくとも、個々の役割・配置・期待成果は常に微調整され続ける。この“継続的な再配置”に制度が耐えられるかどうかが、本質的な論点である。人事制度の実装においては、動的ポートフォリオに最も適した制度はジョブ型の人事制度であるが、多くの日本企業において、ジョブ型の人事制度をストレートに導入することは難易度が高いと想定し、ここでは、ジョブ型の制度でなくても対応しうる考え方の一例を紹介したい。

等級ポートフォリオの適正化~昇格・降格の“速度”を制度として内蔵できているか~

等級別人数は経営戦略を短期・中長期の観点で実現するための役割や仕事に基づいて設定されるポートフォリオである。しかし、長期雇用を前提とした従来の人事管理では、等級は時間をかけて上がっていくものであり、人の序列であり、「早く上げないこと」が合理的であった。

しかし、VUCA環境においてはこの前提は成り立たない。役割を遂行できる能力があれば、登用し、仕事を任せていくべきであろう。これは言い換えれば、「昇格は機会に応じて前倒しされるべきである」ということである。

その一方で、見落としてはならないのは対称性である。昇格のスピードを上げるのであれば、降格(格付け見直し)のスピードも制度として許容されていなければならない。この機能を持たない制度は、結果として次のような歪みを生む。

• 一度上げた等級が固定化される
• 役割と等級が乖離する
• 配置の柔軟性が失われる

重要なのは、「上がる・下がる」が例外ではなく、経営合理に基づく通常の意思決定であるという認識を、制度と運用の両面で浸透させることである。

もっとも、現実には役割と処遇を完全に一致させた状態で、頻繁に昇降格を行うことは容易ではない。特に月給を中心とした処遇体系では、生活への影響も大きく、制度運用のハードルは高い。そのため重要になるのが、「役割付与」と「処遇確定」を分離する設計である。

例えば、①役割は先に任せる②成果が確認できてから昇格する、といった、“お試し期間”を制度として組み込むことである。また、この際のポイントは、処遇の設計ロジックである。

• 月給は安定性を担保する(生活給としての性格)
• 役割に応じた上振れは賞与で調整する

といった設計を取ることで、役割と処遇の整合性を保ちながらも、機動的な登用を可能にする。「役割=即月給反映」という硬直的な前提を崩すことが、動的運用の第一歩となる。

外部労働市場との接続をどう設計するか

動的ポートフォリオにおいて頻出する課題が、「社内に人材がいないため外部から調達するケース」である。このとき、多くの企業が直面するのが処遇水準の不整合である。

市場では高い報酬が求められる、しかし社内の賃金体系では許容できない。この矛盾を放置すると、採用ができない/既存社員との不公平感が増す/制度そのものへの不信につながる といった問題を引き起こす。したがって必要なのは、労働市場の違いを制度として織り込むことである。具体的には、職種別・専門領域別の報酬レンジ設計、専門職制度の拡張、市場連動型の処遇ロジックの導入 などが挙げられる。このように「一律の賃金体系」からの脱却を図る必要がある。

ここまではインフローにおける課題である。

一方アウトフローも外部労働市場の接点という観点では極めて重要である。事業ポートフォリオが変化し続ける以上、すべての人材を内部で再配置し続けることには限界がある。この現実を制度として織り込まなければ、役割と実態の乖離、処遇の固定化、配置の硬直化といった歪みが必ず生じる。また、それらが固定化することによる組織への悪影響も無視できない。

したがって、動的ポートフォリオに耐える制度とは、「どう配置するか」だけでなく、「どのように外に送り出すか」をあらかじめ設計している必要がある。例えば、早期定年制度やセカンドキャリア支援は、一定のキャリア段階における合理的な移行を支える仕組みである。また、PIP(Performance Improvement Program)のように、期待役割とのギャップに対して改善機会を明示し、それでもなお適合しない場合には配置見直しや退出を含めて判断するプロセスも重要となる。

これらは個別対応ではなく、制度として位置づけられていることに意味がある。アウトフローが制度化されて初めて、動的ポートフォリオは運用可能なものとなる。

評価は“変化に勝つための装置”になっているか

評価制度もまた、動的ポートフォリオに適応するためには再設計が必要である。本来、評価とは「成果が出たかどうか」を判断するものである。しかし現実には、評価のための評価に陥っているケースが少なくない。
動的環境において求められるのは、極めてシンプルである。「この変化の中で、勝つために何をやるべきか」を明確にし、その達成度を問うことである。

そのためには、

・経営目標と自身の役割から導出されたストレッチした目標を設定する。
・進捗は四半期・半期でレビューし、環境変化に応じて目標自体を修正する。

といった運用が不可欠である。逆に言えば、よく言われる、賞与配分を気にして達成しやすい目標をたてる、目標設定会議の場で、他の組織の目標のレベルに不満を持つ、目標の難易度係数の調整に時間を費やす といった行為は、ビジネスのスピードを阻害する制度的ノイズでしかない。

「全員同一制度」からの脱却こそが公平性である

最後に、動的ポートフォリオを前提とした制度設計において、最も重要な論点がある。

それは、「全員を同じ制度で管理しようとしない」ことである。現実の組織では、変化の激しい事業・職種、反対に安定的に運用される業務などが同時に存在する。さらに、短期で成果が出る役割、中長期で成果が顕在化する役割も混在する。これらを単一の制度で管理しようとすること自体が、無理を生む。したがって、職種、役割特性、成果創出サイクル等に応じて、制度の設計を変える必要がある。

これまで、メンバーシップ型の仕事の仕方を支えてきた日本の人事制度においては、公平とは「同じ制度を適用し、同じように運用すること」であった。しかし、昨今多くの企業で導入が進んでいる考え方でもある、役割や仕事を明確化してそれに応じた処遇を志向していく制度において、公平とは「異なる役割や仕事に対して、合理的に異なる仕組みを適用すること」である。

動的ポートフォリオとは、人材の動きだけではなく、制度そのものも複線化されている状態を意味する。

結びにかえて

動的ポートフォリオに耐える人事制度とは、特別な仕組みではない。むしろ、

• 昇降格が機動的に行われる
• 役割と処遇の関係が柔軟に設計されている
• 外部市場と接続されている
• 評価がビジネスのスピードを阻害しない
• 仕事の性質に応じて制度が分化している

という、極めて合理的な設計の積み重ねである。

重要なのは、それらを「例外対応」としてではなく、制度として正当化し、運用し続けることである。人事制度とは、安定させるためのものではない。経営の意思を実現し続けるために、“動き続けることを前提に設計されるべきもの”なのである。
【完】