第5回:不確実性と“真実の揺らぎ”の時代に、人事は「信頼」と「意思決定力」を支える - 株式会社トランストラクチャ

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第5回:不確実性と“真実の揺らぎ”の時代に、人事は「信頼」と「意思決定力」を支える

第1回では、企業経営の前提を大きく変える5つのトレンドを整理し、第2回から第4回では、AIの進化、データ資本主義、労働力制約社会という、比較的「構造」と「仕組み」に関わるテーマを扱ってきた。本稿で取り上げるのは、残された2つのトレンド――「不確実性(VUCA)の時代」と「ポスト真実社会」である。これら2つは、企業経営、とりわけ“人と組織”に、これまで以上に繊細で根源的な問いを突きつけるものである。

いま、企業を取り巻く環境は、かつてないほど不安定である。市場変化のスピードは速まり、テクノロジーは次々と常識を塗り替え、地政学リスクは企業活動に直接影響を与える。いわゆる「VUCA」と呼ばれる状況の中で、事前に「正解」を描いて完璧な計画を作るという従来型の経営スタイルは、明らかに限界を迎えつつある。求められているのは、変化をコントロールすることではなく、「変化の中で適応し続け、学び続ける力」である。

同時に、もう一つの大きな潮流が存在する。それが「ポスト真実社会」である。情報があふれ、誰もが発信でき、感情や印象が事実以上に力を持つ世界。SNSをはじめとした情報環境の変化により、「何が正しいのか」「何が信頼できるのか」という基盤そのものが揺らいでいる。企業が何を言うか以上に、「どう語られるか」「どう感じられるか」が、ブランドや信頼に大きく影響する社会に、私たちは生きている。
この2つの潮流が重なると、企業は非常に難しい課題に直面する。それは、
「正解の見えない世界で、どう意思決定し、どう人を動かすのか」
「信頼が揺らぎやすい社会で、どう“信頼される組織”であり続けるのか」
という問いである。そして、この問いの中心に位置するのが、他ならぬ“人と組織”であり、まさに人事の領域である。

では、この時代において、人事はどのような役割を担うべきなのか。
ここでも、人事の役割は大きく三つに整理できる。

第一に、「変化に適応し続ける“学習する組織”をつくること」である。
VUCAの時代において重要なのは、完璧な戦略を描くことではない。変化に反応し、試行錯誤し、学びを蓄積し、それを次の挑戦につなげる“組織としての学習能力”である。失敗から学べる風土、挑戦を歓迎する文化、柔軟な意思決定プロセス。これらは偶然に生まれるものではなく、人材マネジメントの設計と運用によって意図的につくられるものだ。人事は、単なる制度の運営者ではなく、「学習し続ける組織を設計し、支える存在」へと役割を広げる必要がある。

第二に、「社員が安心して力を発揮できる“心理的安全性”を担保すること」である。
変化が激しく、将来が読みづらい環境では、人はどうしても防御的になりがちだ。失敗を恐れ、新しい挑戦を避け、周囲の様子をうかがいながら動くようになる。しかしそれでは、変化適応力は生まれない。多様な意見が出され、違いが尊重され、率直な議論ができる組織こそが強い。その前提となるのが心理的安全性であり、その基盤を制度・マネジメント・文化の両面から支えるのは、まさに人事の重要な使命である。

第三に、「企業の価値観・姿勢を明確にし、社員との“信頼関係”をつくること」である。
ポスト真実時代において、企業は「何をするか」だけでなく、「どのような存在でありたいのか」「どのような姿勢で社会と向き合うのか」を問われる。給与や条件だけではない。社員は、“この会社で働く意味”を求めている。企業目的(パーパス)、価値観、倫理観、社会との関係性――これらが曖昧な企業は、社内外の信頼を失いかねない。そしてその価値観を社員に伝え、体験として根づかせる役割の中心にいるのが、人事である。

もちろん、ここには難しさもある。スピードと慎重さのバランス、多様性と一体感のバランス、柔軟性と一貫性のバランス――そのいずれもが簡単ではない。しかし、人事がこの難しさから逃げることはできない。
なぜなら、VUCAとポスト真実の時代において、“人と組織”こそが最大の競争力だからである。

不確実性と“真実の揺らぎ”という時代の只中にあって、企業にとって最大の競争力は、やはり“人と組織”である。AIの進化、データ資本主義、労働力制約社会、そしてVUCAとポスト真実――本シリーズで取り上げてきたすべての潮流は、人事を「管理部門」から、「価値創出と意思決定を支える中核機能」へと押し上げる方向に収れんしている。人事は、制度を回す部署ではなく、人的資本を最大化し、組織の学習力と信頼をつくり、企業の未来を形づくる戦略機能である。いま、人事の役割はこれまでになく大きく、そして本質的になっている。人事がどこまでその責任を引き受け、進化できるか――それこそが、これからの企業の競争力と持続性を大きく左右することになるだろう。

【完】