第2回:人件費を経営資源として扱う ~コストと投資の二項対立を超えて~ - 株式会社トランストラクチャ

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第2回:人件費を経営資源として扱う ~コストと投資の二項対立を超えて~

人件費の判断を誤った企業は、二つの末路を辿る。
それは、予算編成、賃上げ判断、採用計画の見直しといった「よくある経営判断」の積み重ねの中で、静かに起きる。一つは、数字を守った結果、人が去り、競争力を失う企業。
もう一つは、人を守ったつもりで、意思決定が鈍り、成長機会を逃す企業である。

「人件費が重い。何か手を打たなければならない。」
経営者やCHROの頭の中には、どのような判断軸が存在しているだろうか。人件費は、削減すべきコストなのか、それとも、将来の成長を支える投資なのか、この問いに、即答できる経営者は意外に少ない。

ひと昔前にあったよくある失敗の一つは、利益を圧迫する「コスト」として目を奪われることである。人件費率が上昇しているという理由だけで、採用抑制や一律のコストカットに踏み切る。しかし数か月後、現場では決まって「忙しさが増しただけ」「優秀な人ほど先に疲弊し、このままで辞めてしまうのではないか」などいった声が上がる。

また別の失敗は、「理念」に寄りすぎることである。昨今人的資本という言葉が浸透してきたが、日本は従前ずっと人財(人は財産)と造語をつくるほどその思想を貫いてきた企業もある。結果として人件費は“聖域”となり、経営判断の対象から外れてしまう。

削減に寄れば組織が痩せ細り、保護に寄れば経営が鈍る。問題は、どちらを選ぶかではない。人件費を、経営としてどう判断するか、その「物差し」を持っていないことにある。もし今、「なぜこの人件費水準なのか」「この投資は、いつ・どのように回収されるのか」という問いに、言葉で答えられないとすれば、それは意思決定の構造そのものが曖昧になっているサインである。

会計上の「費用」と、経営上の「意味」の乖離

企業経営において、人件費は損益計算書上「費用」として計上される。この会計上の扱いが、人材を“コスト”として認識する思考を生んできたことは否定できない。

一方で、昨今多くの経営者は、人件費を抑えれば必ずしも企業が強くなるわけではないことを、経験的に理解している。むしろ、拙速なコスト削減が現場の疲弊や競争力低下を招き、後になってより大きな代償を払うケースも少なくない。

では、人件費は「コスト」なのか、それとも「投資」なのか。結論から言えば、そのいずれでもある。重要なのは、どちらか一方に割り切ることではない。コストであるという現実と、投資であるという可能性を同時に引き受けたうえで、どう意思決定するかである。

第1回で提示したPPフレームは、人材をポートフォリオ(構成)とパフォーマンス(成果)の関係として捉え、人事課題を感覚論から経営の意思決定へと引き上げる視点であった。本稿ではその延長として、人件費を理念や感情論から切り離し、経営判断の俎上に載せるための視座を整理していく。

人件費を「額」ではなく「構造(ポートフォリオ)」で捉える視点

人件費は、「人数」と「単価」に分解できる。多くの議論はここで止まってしまう。人件費を「多い・少ない」「高い・安い」といった表層的な尺度でのみ捉えてしまうと、賃上げ、採用、育成、配置といった重要な意思決定が、場当たり的な対応に陥る。

投じた人件費がどの程度の価値を生み出しているかという問いこそが、経営にとって本質的な議論につながる。またこの価値創出というのは、個人の問題というより、「構造(ポートフォリオ)」の問題として現れることの方が圧倒的に多い。価値創出は、組織や機能、役割や業務、配置、マネジメントなど、複合的な要因の結果として生じる。したがって、人件費や生産性を扱う際の単位は、個人ではなく、組織や機能、役割といったポートフォリオ単位で管理するのが望ましい。たとえば、
・営業人員への投資であれば、受注単価や継続率として
・プロダクト人材であれば、開発リードタイムや品質安定性として
・間接部門であれば、意思決定速度や現場負荷の低減として
価値はそれぞれ異なる形で現れる。同じ「人件費」でも、回収のされ方は一様ではないため、構造的に分析していくことが有効である。

「人を数値で見る」ことへの懸念と、その越え方

ここで必ず生じる懸念がある。「人を数字で見ることが、現場の信頼を損なうのではないか」「生産性やROIで語ると、人が消耗品のように扱われるのではないか」この懸念は正当であり、軽視されるべきではない。だからこそ、強調しておきたい点がある。

第一に、ここで扱っている指標は、人を評価・選別するためのものではないという点である。判断の対象は“人”ではなく、“投資配分と構造(ポートフォリオ)”である。PPフレームにおいても同様に、評価の対象は人そのものではなく、人材構成と価値創出との関係性である。

第二に、人件費ROIは、精密な測定を目的としたものではない。広告投資や研究開発投資と同様、「どこに重点的に資源を配分すべきか」を考えるための思考の補助線として位置づけるべきものである。

第三に、短期と中長期を切り分けて捉える必要がある。育成投資やエンゲージメント向上施策は、短期的にはコストとして現れる。しかし、中長期で見れば、離職防止、暗黙知の蓄積、生産性の安定といった形で回収される。

人件費を投資として捉えるとは、「すべてを数値で管理する」ことではない。人に関する意思決定を、説明可能な形に近づけることである。人件費を数値で捉えることは、人を管理するためではない。経営が、自らの資源配分という意思決定に責任を持つためである。

人件費を語れることが、経営の成熟度を示す

第1回で扱った可視化は、人事課題を把握するための出発点である。本稿で扱うのは、その中でも経営判断の対象となった人件費について、どのような前提で意思決定すべきかという次の段階の話である。

経営者に求められているのは、人件費を単純に削る判断でも、無条件に守る判断でもない。いずれかに寄った意思決定は短期的には分かりやすいが、長期的には必ず歪みを生む。重要なのは、人件費を経営資源として捉え、その配分と回収を「構造的かつ合理的に」語れる状態をつくることである。