第3回:VUCAに強い企業は「人材ポートフォリオ」で動く──動的組織を支える設計思想 - 株式会社トランストラクチャ

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第3回:VUCAに強い企業は「人材ポートフォリオ」で動く──動的組織を支える設計思想

VUCAの時代において、経営はもはや確度の高い長期計画を描くことができない。戦略は仮説と検証を繰り返しながら更新され、組織もまた、その変化に耐え続けることが求められる。しかし現実には、事業環境が変わっても、人と組織の構造は容易には変わらない。
本稿では、こうした矛盾に対し、「人材ポートフォリオ」という考え方を軸に、動的組織を現実のものとするための設計思想を整理する。鍵となるのは、等級制度の意味を捉え直し、キャリアの前提を転換することである。

■動的ポートフォリオを前提にした人事制度の思想

動的ポートフォリオとは、人材を個人の集合としてではなく、役割・能力・価値創出の組み合わせとして捉える考え方である。誰がいるかよりも、どのような役割に、どの水準の人材が、どれだけ配置されているかを見る視点である。
この考え方には、三つの重要な前提がある。第一に、人材は固定的な属性ではなく、状況に応じて活かし方が変わる可変的な資源であるということ。第二に、重要なのは人数そのものではなく、どの役割にどれだけの資源が投下されているかという配分のあり方である。第三に、ポートフォリオは現状を説明するための概念ではなく、次にどう動かすかを判断するための意思決定の道具であるという点である。
この思想が欠けたまま制度を設計すると、等級や配置は必ず固定化し、組織は変化に耐えられなくなる。動的ポートフォリオは、経営の構えそのものであり、その構えを支える制度思想が不可欠となる。

■等級制度は「人の序列」ではなく「資源配分の単位」である

動的ポートフォリオを制度に落とし込む際、最も重要な論点が等級制度である。多くの日本企業では、等級は長らく人の格付けとして扱われてきた。等級が上がることは成長の証であり、キャリアの進展を意味する。そのため、等級は基本的に不可逆であり、下がらないことが前提とされてきた。
しかし、動的ポートフォリオの視点に立つと、この前提そのものを問い直す必要がある。重要なのは、誰がどの等級にいるかではなく、どのレベルの役割に、どれだけの人的資源を配分しているかである。等級とは本来、どの水準の役割を、どの程度の裁量と期待値で任せるのかを定義する、経営の意思決定単位である。
このように捉え直すと、等級はキャリアのゴールではなくなる。等級の中で役割は変わり得るし、上下の移動よりも、役割間の移動こそが日常的に起きるべき事象となる。昇格とは能力の証明ではなく、経営がその領域に一時的に資源を厚く張るという判断に過ぎない。
等級を人の序列として扱い続ける限り、人材は動かず、役割は固定され、制度は硬直する。動的ポートフォリオを成立させるためには、等級の意味をこのレベルで変える必要がある。

■従業員から見て、何が変わるのか

等級制度をこのように捉え直したとき、従業員から見える世界もまた変わる。従来の制度のもとでは、キャリアとはあらかじめ用意された階段を上ることだった。等級が上がることが成長であり、その道筋がキャリアとして想定されていた。
動的ポートフォリオを前提とする制度では、この前提は成り立たない。役割は変わり、期待値は揺れ動き、必ずしも一直線に上がっていくキャリアは描かれない。一見すると不安定な制度に映るかもしれないが、実際に変わるのはキャリアがなくなることではない。キャリアの意味が変わるのである。
重要になるのは、今どの等級にいるかではなく、どのような役割を担い、どのような経験を積んでいるかである。この構造は、特定の人だけに向けたものではない。探索・新規事業に関わる人にとっては、短期的な役割を通じて仮説検証の経験を積む機会が増える。成長事業に関わる人にとっては、役割の幅を広げながら次の領域に接続する選択肢が見える。成熟・安定事業に関わる人にとっても、これまでの役割に留まることと、新しい役割に踏み出すことの双方が、制度上の選択肢として並ぶ。
動的ポートフォリオを前提とした等級制度は、すべての人に変化を強いる制度ではない。しかし、どのステージにいる人に対しても、変化が可能な状態を開いておく制度である。

■キャリアを保証しないが、形成し続けられる条件を示す

ここで、キャリアという言葉の意味もまた変わる。従来の日本型人事は、年次を重ねれば等級が上がり、キャリアが積み上がっていくことを前提としてきた。いわば、キャリアを保証する人事である。しかし、VUCA環境下で経営自身が長期のミッションやポストを描けない以上、この保証は現実的ではない。
動的ポートフォリオ時代の人事が目指すのは、キャリアを保証することではなく、キャリアを形成し続けられる条件を提示することである。どの等級において、どのような役割経験を積めば、どのような機会につながるのか。その構造が制度として示されていれば、従業員は変化の中でも自らの立ち位置を理解し、次の選択を考えることができる。
会社はキャリアの答えを与えない。しかし、キャリアが閉じない状態を制度として用意する。この転換が必要となる。

■動的ポートフォリオが経営に残すもの

動的ポートフォリオを実現する等級制度とは、完成形を描くための制度ではない。試しに任せ、見直し、差し替えることを前提に、変化を組織として受け止めるための制度である。経営のトライ&エラーを吸収し、人が挑戦し続ける余地を残すこと。そのための設計思想が、ここまで述べてきた人材ポートフォリオと等級制度の再定義である。
同時に、この設計思想は、経営にとってもう一つの重要な意味を持つ。それは、どのような布陣で事業を運営しているのかを、構造として把握できるようになるという点である。人材ポートフォリオを描くということは、どの役割に、どの水準の人材を、どれだけ配置しているかを可視化することにほかならない。そこに単価を掛け合わせれば、人件費の構造が見えてくる。
これは、人をコストとして切り詰めるという発想とは異なる。むしろ、どの領域に、どれだけ投資しているのかを経営として説明可能にするという意味で、極めて合理的な人件費マネジメントである。動的ポートフォリオを支える等級制度は、人を動かすための制度であると同時に、事業と人件費を一体で考えることを可能にする制度でもある。

次回は、この視点をさらに一歩進め、役割の変化や試行錯誤を前提としたとき、評価や報酬はどのように設計されるべきかを考えていく。動的な組織を支える人事制度は、どのようにして経営合理性と従業員の納得感を両立させるのか。その具体像に踏み込んでいきたい。