第2回:動的組織に必要な「人事管理のパラダイム転換」 - 株式会社トランストラクチャ

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第2回:動的組織に必要な「人事管理のパラダイム転換」

前回は、日本企業の生産性が長期にわたり低迷してきた本質として、「総人員や組織構成そのものを環境変化に応じて変えられてこなかった点」を指摘した。VUCAと呼ばれる不確実性の高い時代においては、事業環境の変化に合わせて組織や人材ポートフォリオを動かせるかどうかが、生産性を左右する決定的な要因となる。
そこで本稿では、その前提となる「動的組織」とは何かを定義したうえで、それを支える人事管理に求められるパラダイム転換について考えていく。

■動的組織とは何か

動的組織とは、常にすべてが変わり続ける組織ではない。事業環境や戦略の変化に応じて、動かすべき部分を、動かすべき大きさと速度で動かせる組織である。
事業ポートフォリオが変われば、必要な機能やスキル、人員規模も変わる。動的組織とは、こうした変化を例外ではなく、前提として組み込んだ組織の在り方を指す。
重要なのは、動的組織を一律のモデルとして捉えないことである。組織や人材ポートフォリオをどの程度の周期で、どの規模まで動かすかは、企業のステージによって大きく異なる。成長途上にあり、事業モデルや競争優位が固まりきっていない企業では、比較的短いサイクルでの組織再編や人材の組み替えが合理的である。一方、成熟期に入り、収益基盤が安定している企業では、全社を頻繁に動かす必要はない。むしろ、事業の一部や特定機能に限定して変化を起こす方が、経営リスクの観点からも妥当である。
動的組織とは、「すべてを動かす組織」ではなく、企業のステージや事業特性に応じて、変化のサイクルと幅を使い分けられる組織だと言える。

■動的組織がもたらす企業への「負荷」

動的組織は、環境変化に適応するための有効な組織形態である一方、企業にとって常に望ましい状態であるとは限らない。むしろ、動的であること自体が、企業に一定の負荷をもたらすという前提を置かなければ、議論は現実から乖離してしまう。
組織や役割が頻繁に変われば、社員は将来の見通しを描きにくくなる。短期的には学習コストや調整コストが増大し、業務効率が一時的に低下することも避けられない。また、組織改編や配置転換が繰り返されることで、「なぜ自分がこの役割なのか」「この先どう評価されるのか」といった不安や不満が蓄積しやすくなる。
経営やマネジメントの側にとっても、動的組織は容易な選択ではない。組織の安定性を犠牲にしてでも変化を選ぶという判断は、短期的な混乱や反発を引き受ける覚悟を伴う。特に日本企業では、長期雇用を前提としてきた歴史的背景から、組織を大きく動かすこと自体が「失敗」や「人を軽視している」と受け取られやすい。
さらに、動的組織は、人事制度との摩擦を必然的に生む。評価や処遇、昇格といった人事インフラは、安定した役割や組織を前提に設計されてきたため、役割が変わり続ける状態とは本質的に相性が悪い。結果として、組織を動かせば動かすほど、人事運用の複雑性と説明責任は増大していく。
それでもなお、変化を止めることが最大のリスクとなる時代において、動的組織を選択しないという判断は、長期的には企業の競争力を蝕む。動的組織とは、快適な状態を保つための処方箋ではなく、不確実性の中で生き残るために、あえて負荷を引き受ける経営判断なのである。

■動く組織に人事を合わせようとしたときのジレンマ

しかし、ここで必ず直面するのが人事管理上のジレンマである。
事業や組織は環境変化に応じて部分的・段階的に動かしたい。一方で、人事制度、とりわけ評価・昇給・賞与・昇格といった人事インフラは、事業年度と連動した一律運用を前提に設計されている。
事業や職種ごとに異なるスピードで人材を動かそうとすれば、評価の頻度や処遇反映のタイミングに差が生じる。それはすぐに「不公平」「恣意的」と受け取られやすく、説明責任の観点からもリスクが高い。結果として多くの企業では、「人事は一律でなければならない」という制約が優先され、組織の動きを人事が抑制する構図が生まれてきた。
さらに日本企業の場合、この問題は長期雇用という前提によって、より複雑になる。労働市場の流動性は高まりつつあるとはいえ、正社員は依然として無期雇用が原則であり、企業は人材に投資し、長く勤めさせることを前提としている。この構造は当面続くと考えるべきだろう。
その一方で、VUCA時代において、40年単位で同じ価値を提供し続けられるキャリアを企業が約束することは不可能である。結果として企業は、「雇用は守らなければならないが、キャリアは約束できない」という矛盾した状況に置かれている。

■暗黙の約束がもたらす歪み

このジレンマをさらに難しくしているのは、企業がこの現実を正面から語れていない点にある。制度としては何も約束していないにもかかわらず、「定年まで勤め上げれば報われる」「会社が面倒を見る」といった暗黙の期待が温存されてきた。その結果、人的資本経営を掲げつつ、必要な人材構成を追求しようとしたときに、不信や不公平感が一気に噴出する。
問題は、不義理かどうかではない。約束できなくなったにもかかわらず、それを明示してこなかったことにある。

■目指すべき人事管理のパラダイム転換

動的組織に耐える人事管理とは、この矛盾を解消することではない。矛盾を前提としたうえで、どのようなスタンスで人と向き合うのかを明確にすることである。
これからの人事管理に求められるのは、「キャリアを保証する人事」から、「キャリアを形成し続けられる条件を提示する人事」への転換である。
企業が約束できるのは、特定のポジションや処遇ではない。どの事業に、どのような価値が、どの局面で求められるのか。その条件を示し、役割と期待が更新され続ける前提で人を扱うことこそが、動的組織における誠実な人事管理である。
動的組織とは、雇用を軽く扱うための概念ではない。長期雇用を前提としながらも、役割と価値を固定しないという、極めて高度な経営技術である。その覚悟と説明責任を引き受けられるかどうかが、人的資本経営を標榜する企業に問われている。