第4回:把握の方法②:定性分析 ― 数値の裏側にある「社員の実感」を読み解くー - 株式会社トランストラクチャ

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第4回:把握の方法②:定性分析 ― 数値の裏側にある「社員の実感」を読み解くー

エンゲージメントサーベイは、組織の状態を客観的に把握するための有効な手段であると前稿でも申し上げているが、数値として示されるスコアは、組織全体の傾向や部門間の差異、経年変化を把握するうえで非常に有用であり、人的資本経営を推進するうえでも重要な指標となっている。しかし一方で、サーベイ結果を数値だけで理解しようとすると、どうしても見えにくくなるものがある。それが、社員一人ひとりが組織に対して抱いている実感や、その背後にある文脈である。

例えば、ある部門でエンゲージメントスコアが低下していたとする。その事実自体は定量データから容易に把握することができる。しかし、その原因が何であるのかは、数値だけでは明らかにならない。業務負荷の増加なのか、組織再編による役割の不明確さなのか、あるいはマネジメントスタイルの変化なのか。場合によっては、評価制度への不信感や、将来のキャリアに対する不安といった要因が関係していることもある。こうした背景を理解するためには、数値の裏側にある社員の声に目を向ける必要がある。

ここで重要になるのが、定性分析である。定性分析とは、自由記述コメントやインタビューなどの言語情報を整理・解釈し、そこに含まれる意味や傾向を読み解く分析手法である。エンゲージメントサーベイにおいては、サーベイの自由記述欄や追加ヒアリングなどを通じて収集された社員の声をもとに、組織の状態をより立体的に理解するために用いられる。

定量データは、組織全体を俯瞰する力に優れている。部門ごとの傾向や属性別の違いを把握し、どこに問題があるのかを示す「地図」のような役割を果たす。一方で、定性データは、その場所で何が起きているのかを具体的に理解するための「現場の声」を提供してくれる。つまり、定量データが「どこに注目すべきか」を示すのに対し、定性データは「そこで何が起きているのか」を説明してくれるのである。

エンゲージメント分析における定性情報の代表例が、自由記述コメントである。サーベイの自由記述欄には、社員が日頃感じていることや、組織に対する率直な意見が表れやすい。そこには、数値だけでは捉えきれない不満や期待、あるいは具体的な改善提案が含まれていることも多い。例えば、「評価基準が分かりにくい」「上司との対話が少ない」「挑戦する機会が増えている」といったコメントは、スコアの背景を理解するための重要な手がかりとなる。

ただし、自由記述コメントを単に読み流すだけでは、組織全体の傾向を把握することは難しい。そのため、コメントを一定の観点で整理することが重要となる。例えば、ポジティブ・ネガティブの傾向、頻出キーワード、特定の設問や属性との関連などを整理することで、組織に共通する課題や期待の方向性を抽出することができる。近年では、テキストマイニング、共起ネットワークに加え、AIによる自然言語解析を活用することで、より体系的に定性情報を分析する取り組みも広がっている。

また、定性分析の手法として有効なのが、インタビューやフォーカスグループである。サーベイ結果を踏まえて特定の層や部門にヒアリングを行うことで、数値の変化の背景にある構造的な要因をより深く理解することができる。特に、スコアが急激に変化した部門や、部署ごとの差が大きい場合には、インタビューを通じて現場の状況を把握することが重要になる。こうした対話のプロセスを通じて、組織の課題はより具体的な形で見えてくる。

一方で、定性分析を行う際には注意すべき点もある。それは、一部の強い意見に過度に引きずられないことである。定性情報は具体性が高く印象に残りやすいため、個別の強いコメントが組織全体の傾向であるかのように感じられることがある。しかし、それが必ずしも多数派の意見とは限らない。そのため、定性分析は単独で用いるのではなく、必ず定量データと照らし合わせて解釈することが重要である。

例えば、自由記述コメントで「評価制度への不満」が多く見られた場合、そのテーマが実際にどの設問スコアと関連しているのか、どの属性層に集中しているのかを確認することで、問題の構造をより正確に理解することができる。定量と定性を組み合わせることで、主観的な解釈に偏ることなく、より信頼性の高い分析が可能になるのである。

定性分析の最大の価値は、改善施策の精度を高める点にある。数値だけをもとに施策を設計すると、「コミュニケーションを強化する」「研修を増やす」といった抽象的な対応にとどまりがちである。しかし、社員の声を踏まえて分析することで、「どの場面で」「何が」「どのように不足しているのか」が具体的に見えてくる。その結果、より実効性の高い施策設計が可能になる。

さらに、定性分析には、経営と現場の対話を促進する効果もある。社員の声を整理した形で経営層に共有することで、現場の実感と経営の認識との間にあるギャップが明確になる。これは、人的資本経営を単なる理念やスローガンではなく、実際の組織運営に結びつけていくうえで非常に重要なプロセスである。

人的資本経営の実装において重要なのは、定量か定性かのどちらかを選ぶことではない。定量データで組織全体の構造と傾向を把握し、定性データでその背景にある文脈や意味を理解する。この両者を組み合わせることで、エンゲージメントは初めて経営に活かせる情報となるのである。

定性分析とは、エンゲージメントを「測る」段階から、「理解し、動かす」段階へと進めるための重要なプロセスである。数値の裏側にある社員の実感に丁寧に向き合うことこそが、人的資本経営を実効性のあるものにする鍵と言えるだろう。

~次回第5回 要因分析のアプローチ ― エンゲージメントを「改善できる指標」に変えるためにー