第1回:人的資本経営時代における「企業価値」を映す指標 - 株式会社トランストラクチャ

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第1回:人的資本経営時代における「企業価値」を映す指標

近年、「人的資本経営」という言葉が急速に浸透している。
それは、人材を単なるコストとして管理するのではなく、企業価値を生み出す“資本”として捉え、その価値を中長期的に最大化していこうとする経営への転換である。
この流れを後押ししているのが、非財務情報の開示義務化をはじめとした制度・市場環境の変化だ。特に2023年以降、日本の上場企業においては、有価証券報告書に人的資本に関する情報を開示することが本格的に求められるようになった。
そこでは、単に「人材に投資しているかどうか」ではなく、「どのような人材を、どのように活かし、どのような成果につなげているのか」というストーリーそのものが問われている。

こうした文脈の中で、社員のエンゲージメントが「企業価値の一部」を構成する重要指標として注目を集めている。
実際、エンゲージメントスコアを投資家向けの説明指標として活用する企業や、経営KPIに「離職率」や「エンゲージメント」を明示的に組み込む企業も増えてきた。
人と組織の関係性そのものが、経営の成果を左右する時代に入ったと言えるだろう。
この変化は、調査の現場にも表れている。
従来は社員満足度調査(ES調査)を実施してきた企業が、より経営との接続を意識し、エンゲージメントサーベイへと切り替える動きが広がっている。当社においても、社員満足度調査からエンゲージメントサーベイに変更するクライアントが年々増えてきている。

では、改めてエンゲージメントとは何なのか。
それは決して新しい概念ではないが、人的資本経営という文脈において、その意味合いは大きく進化している。

満足度との違い

エンゲージメントは、しばしば「従業員満足度」と混同される。しかし両者は本質的に異なる概念である。
満足度は、「待遇に不満がない」「職場環境が快適である」といった、比較的受動的な評価を含む指標だ。言い換えれば、「社員が与えられている条件にどれだけ不満がないか」を測るものと言える。
一方でエンゲージメントとは、社員が自らの意思で組織や仕事に関与し、期待以上の貢献をしようとする状態を指す。
たとえ満足度が高くても、「言われたことはこなすが、それ以上は踏み込まない」という状態であれば、企業の成長力や競争力は高まらない。
人的資本経営が目指しているのは、社員一人ひとりが自律的に考え、行動し、価値を生み出す状態である。その“質”を測る指標こそが、エンゲージメントなのである。

エンゲージメントを構成する3つの要素

エンゲージメントは、単一の感情や行動で成り立つものではない。一般的には、次の三つの要素が重なり合うことで形成されると考えられている。
第一に、感情的要素である。
自社の理念や事業に共感し、「この会社で働くことに意味がある」「ここで成果を出したい」と感じられているかどうか。
これは、企業文化の一貫性や経営メッセージの透明性、日常の意思決定の積み重ねと密接に関係している。
第二に、行動的要素である。
期待される役割を果たそうとする姿勢や、主体的に工夫・改善を行おうとする意欲があるかどうか。
単なる長時間労働や忙しさではなく、「自ら考え、価値を生み出そうとしているか」が問われる点が重要だ。
第三に、成長・将来要素である。
この会社で働き続けることで、自身のスキルやキャリアがどのように広がっていくのか。その見通しが描けているかどうかは、エンゲージメントに大きな影響を与える。
目の前の仕事と将来の自分がつながっていない状態では、持続的な関与は生まれにくい。

エンゲージメントとは、これら三要素の「掛け算」であり、いずれか一つが欠けても高まりにくい。
制度や報酬を整えるだけでは十分ではなく、「働く体験」そのものをどう設計しているかが問われる所以である。

なぜ今、エンゲージメントなのか

エンゲージメントが人的資本経営の中核指標として注目される理由は明確だ。
エンゲージメントの高低は、離職率、生産性、顧客満足度、さらにはイノベーション創出力といった経営成果と強い相関を持つことが、国内外の調査で示されている。
つまりエンゲージメントは、「現在の人事施策の成果」を示す指標であると同時に、「企業の将来価値」を先行して映し出す指標でもある。
投資家がエンゲージメントに関心を寄せるのも、そこに中長期的な成長力や持続可能性の兆候を読み取ろうとしているからに他ならない。

エンゲージメントは「経営の姿勢」を映す鏡

エンゲージメントは、決して社員個人の問題ではない。
その水準は、経営の意思決定、マネジメントの在り方、制度と運用の整合性といった、企業側の姿勢の結果として現れる。
人的資本経営においてエンゲージメントを重視するということは、「人をどう管理するか」ではなく、「人とどう向き合うか」を経営として問い直すことに他ならない。
エンゲージメントとは、企業が人をどう捉え、どのような関係性を築こうとしているのかを映し出す、経営そのものの指標なのである。

~次回 第2回 現状と課題―エンゲージメントは「測られている」が「活かされていない―