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無知は哀しい

執筆者: 吉岡 宏敏 人材育成

 恥ずかしながら40歳になるまで、ザルそばの薬味のワサビは、直接そばにつける、あるいは口直しにちょっと舐めるものだとは知らなかった。あるとき、池之端藪の小上がりで独り菊正宗ぬる燗をやりながら、隣の初老の客を見るともなく見ていたら、ワサビをちょんちょんと蕎麦につけると、その部分はつけ汁につけずに手繰った蕎麦の下だけ蕎麦猪口に入れてズズッとすすっている。

 真似をしてみたら、その旨いことといったら堪らない。ワサビが引き立て役になって蕎麦の味が香り高く際立ち、口腔をうならせる。後で調べてみたら、薬味のワサビは本来そのためのもので、つけ汁に溶いたらまったく意味がない、と知った。なぜ誰も教えてくれなかったのか、とその時、くやしさに身もだえしたものだった。若い時から蕎麦好きで、たいていの老舗蕎麦屋には通っていた、この20年間は、蕎麦の味を十全には味わえていなかったということなのだから。

 なんともったいない時を過ごしたことか。無知のせいで、蕎麦喰いの快楽を実に20年間も味わっていなかったとは。大げさに言えば、食という人生の愉しみについて取り返しのつかない損失である。おそらくは、蕎麦喰いとしては、薬味のインパクトを知っている人が味わう蕎麦の60〜70%の堪能レベルだったに違いない。なぜワサビがそこにあるのかをよく考えもせずに、つけ汁に溶いていた自分が実に情けない。

 かくのごとく、無知は哀しい。無知はその本人にとって、豊かになるはずの人生を阻害する。たとえば、歴史の知識がある人とない人では、NHK大河ドラマを面白がる度合いが違うだろう。それもささやかだけれども、人生の豊かさの違いである。知らないからわからない面白さや醍醐味は、きっとあらゆる事柄にある。無知ゆえに、そのこと自体にすら気づかないのだ。

 逆にいえば、知識は人の人生を豊かにする。よく研いだ包丁で長葱を切ると細胞をつぶすことがないので、くさみのない、格段に旨い刻み葱になる、あるいはボンゴレビアンコの旨さはちょっと煮立て“乳化”させたソースにあるとか、理屈がわかればしみじみと料理が愉しくなる。漢字や言葉の由来を知れば、それだけで人々の知恵の連鎖に触れ世界は深まる。

 どんな事柄でも、理由がわかれば、物事はより面白くなる。企業の階層別研修では、よく、WHY思考というものをテーマとする。WHY=なぜ〜〜を問うことで、たとえば、目の前の業務の意味や、ルールの意味を考える。それが仕事の有意義感や面白さにつながり、また、何をなすべきかがわかる。そうしたWHY思考は、仕事の場だけでなく、実は日常のすべて、生活のすべてのことわりに向けて働かせるべき態度として重要なのである。

 「なぜ、この仕事をするのか」、「この仕事の意味は何か」を問うことは、イノベーションの源泉といわれる。ひたすらWHYを突き詰めることで本質まで立ち返って初めて、新しい視点やアプローチ、アイディアが生まれるからだ。もちろん、蕎麦のワサビの意味に気づいたからと言って、生活のイノベーションはうまれない。しかし、暮らしの中のささやかな革新の契機にはなるのではないか。

 すくなくとも私はそれ以来、「薬味の効用」に目を開かれ、ステーキを焼くときも、辛子、ワサビ、柚子胡椒、大根おろし、ディル、クミン、ガラムマサラ、梅肉、練唐辛子、晒し玉ねぎ、海苔佃煮、、等々を合わせてみるという、小さなイノベーションに挑戦し続けているのだった。

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プロフィール

吉岡 宏敏 (よしおか ひろとし)

シニアパートナー

東京教育大学理学部応用物理学科卒業。ベンチャー企業経営、ウィルソンラーニング・ワールドワイド株式会社コーポレイト・コミュニケーション事業部長等を経験後、株式会社ライトマネジメントジャパンに入社。人材フローマネジメントとキャリアマネジメントの観点から、日本企業の組織人材開発施策の企画・実行支援に数多く携わる。ライトマネジメントジャパン代表取締役社長を経て、現職。

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