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黒船来航
執筆者:安藤 浩平

定年年齢が65歳になろうとしている。大多数の社員が65歳まで雇用されるようになれば、企業の平均年齢は上がるわけだが、そのまま適用されれば、総額人件費も増加することになる。今後、公的年金制度の行き詰まりから70歳定年も視野に入ってきているので、企業の負担は大きくなり、この問題をどう乗り越えるかは企業にとって近未来の大きな課題となっている。この課題の解決方法として、年功的処遇の完全撤廃がある。


処遇を決める評価要素にはいくつかあるが、大きく分けると能力と職務に分けられる。日本の会社では、伝統的に、理解力とか企画力などに代表される能力に比重を置いた評価制度が採用されてきた。近年、この中に職務の評価要素が加味され、能力と職務の評価要素がブレンドされる傾向にある。評価の精度を上げることが主たる目的であるが、この制度の変更は、近未来のドラスティックな制度改革への要素を秘めている。


年功的処遇の完全撤廃は、完全な職務型処遇を意味する。完全職務型処遇とは、100%仕事で処遇が決定するシステムである。例えば、人事部において、給与計算をする社員は、50歳であろうが22歳であろうが、月給25万円で決まるという制度である。これは、海外の企業によく見られるジョブグレード制にほぼ近い。その決定要素には、年齢的要素も、勤続年数的要素も一切ない。ひとたびこのシステムになれば、定年年齢が65歳になろうが70歳になろうが、経営における人件費の年齢的課題は一切なくなる。あるのは必要人員の管理のみである。コンサルティングをしていると「うちの会社は職務型です」といわれることが時々あるが、本当の意味での職務型ではなく、能力型と職務型のブレンド型の場合がほとんどである。外資系の日本法人でさえ、そういうケースが多い。


嘗て日本の企業では、終身雇用制度のもと、定年まで右肩上がりに給与が上がっていった。現在でも、給与は50代半ばあたりから低下する場合はあるが、全体の賃金カーブは右肩上がりである。これは、どんなパフォーマンスの社員も毎年昇給するという意味ではないが、能力やパフォーマンスによって昇給、昇格が止まるにしても、標準的な能力の伸長が認められれば、昇給し、標準以上のパフォーマンスが発揮されれば昇格して行くというシステムである。この場合、その評価要素には能力要素が含まれ、ある程度の処遇差を設けても、経験年数による能力の習熟度合いは加味され、大枠では一定の年齢までは給与が上がっていくことになる。長らく、この賃金カーブによって、退職金の設計や年金の設計もされてきた。


日本の会社では、20歳前後で会社に入り、給与をもらうようになり、標準的には勤続年数を重ねて処遇が上がっていく。そのピークは、通常、50代前半である。しかしながら、最前線でハードに職務をこなしているのは、30代前半から40代前半の社員ではないだろうか。役職でいえば、係長から課長クラスである。この年齢は、プライベートでも扶養家族が増え、生計費が大きく増加する年代である。実務においては、この年代が会社を支えているので、この層の社員のモティベーションが低い会社は、総じて生産性が低い。マネージメントは別として、日本の会社では、50代のほうが30代よりも、一部のローパフォーマーを除いて、処遇が高い場合がほとんどである。30代の社員は、40代後半から50代の社員に対して、実際には、自分たちの方が高く処遇されてしかるべきだと思っていることが多々あるのではないだろうか。


実は、現在50歳前後の人たちも、30代の頃にはそう思っていた。しかし、自分たちが50代になったら、今より高い給与をもらえることが、予定調和として存在していた。だからがんばれたのである。しかし、公的年金の崩壊と同様、この予定調和が崩れれば、若年層の不満が爆発することも大いに予感される。


仕事帰りに、30代の同僚と酒席を共にした時、公的年金の支給について話がおよんだ。前後の経緯は不鮮明であるが、この同僚が「中高年の貯金は没収しろ」と過激なことを言いだした(ちなみに私は55歳です)。もちろん冗談であるが、自分たちは年金がもらえるかどうかわからないこと、企業の終身雇用もなくなり、年功的に給与が上がる保証もないこと、などがその発言の背景にあることはよく理解された。また、別の30代の同僚と完全職務型の話をしていた折、「いいじゃないですか、完全職務型で」とあっさり言われてしまった。


しかし、日本の会社で100%職務型の制度を導入することは、大変なインパクトのあることであると思う。退職金の設計も年金の設計等諸制度も変更しなければならない。私は、このことは、日本の会社にとって、中世ヨーロッパにおける天動説から地動説への変更、あるいは、幕末の黒船来航くらいのインパクトがあると思うのだが言い過ぎだろうか。


私は、日本では完全職務型による処遇は当分ないだろうと思っている。コンサルティングをしていても、クライアントに完全職務型を推奨する勇気はまだない。しかし、年金制度の崩壊が進み、若年層が、給与の後払い的要素に不満を募らせ、もし何万人かのデモが国会に押し寄せるようになったら、企業における完全職務型による処遇が一般的になる日が一挙に来るかもしれない。人事制度における黒船来航である。



(2011年11月16日 安藤 浩平

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