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先生と…
執筆者:林 明文
“先生と呼ばれるほどの馬鹿じゃなし”という川柳があります。できない専門家を揶揄する時に使います。企業のリストラの仕事をするに際によく弁護士の方とご一緒することがあります。経営の施策の企画や運営のサポートは私どものようなコンサルティング会社が行いますが、法律的に見てリスクがないかを検証したいということで弁護士も参画する事があります。多くの弁護士の方と仕事をさせてもらいましたが、よい弁護士とよくない弁護士がはっきりわかれるという印象です。
よい弁護士とは、会社が行おうとしている経営施策について、法律的な視点でのアドバイスを自身の経験も踏まえて話します。その分野の専門家としての事例や実体験に基づく話は迫力や説得力があります。深刻な経営問題を論じることに対する責任ある回答をすることが任務と強く認識し雑念がない人が多いと感じます。他人の意見もよく聞いた上で、はっきりとしたスタンスでYESNOを言います。
よくない弁護士は、まず威張ります。なにを威張っているのかわからないのですが、まず弁護士という立場を重く見て“先生”と呼ばれないと気に入らないようですね。アドバイスが正しく鋭い人もいますが、はっきりしない人も多いです。自説に固執するタイプが多く、経営陣や我々含めて議論するということに主眼がおかれていません。その時の議論に負けたくない、負けてはいけないと言う意識なのでしょうか。難しい試験を合格した特別な存在と思っているのかわかりませんが、まあ扱いが面倒な人もいます。こういう人にはわざと“先生”ではなく“さん”付けで呼ぶようにしています。さん付けで呼ばれるとさらに“よくない部分”がはっきりします。
我々のように経営コンサルティングも弁護士も会計士もクライアントの利益のために助言やサポートを行います。依頼される内容の深刻さや重要性から、分析などの作業や施策の企画設計、準備に至るまで、自分の見られ方を意識する暇も必要もありません。提供する価値がその人の評価ですので“等身大”であることが重要です。
よく社内の意見をまとめるのに権威としてコンサルタントや弁護士を利用する会社があります。様々な立場の人の意見を集約するために、その分野の専門家の意見を求めると言うことです。意見の内容などは最初からわかっていることですが、権威ある人が話すことによってまとまるということです。これはこれで価値のあることだと思います。
しかし環境変化の激しい中、高度な意志決定や経営管理を求められることが多く、専門分野で経験や事例、ノウハウ、知見を提供することが“最も重要な価値”であると思います。よくない弁護士に会うと、人物観察としておもしろいのですが、同時に反面教師ではないですが、決して“専門○○”と言われないように、高い価値の提供のできる要請に応えていかなくてはならないと痛感します。
以上
(2010年06月21日 林 明文)
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