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ローパフォーマー
執筆者:林 明文
ある製造業での話です。私がその会社に訪問したのはかなり以前なのですが、非常に衝撃的な情景で今でも鮮明に覚えています。受付に行くと担当の女性が座っています。受付自体は特段変わっていないのですが、受付の後ろに3名の初老の社員のデスクがあります。受付の後ろに2つずつの机を向き合わせて4人の島に座っています。その周りには島を取り囲むように机が配置されていますが、皆その4人の島に背を向けています。4人の島から見ると受付も背を向けていますので、4方向すべて背を向けて社員が座っているということです。
この会社の総務担当の取締役に呼ばれて伺ったのですが、相談の内容は実はこの“島”の件でした。この3名の社員は業務の成績が長年振るわず会社側からの退職勧奨にまったく耳を貸さないということでした。会社側も数年前から頭を抱えており、最近では一種の見せしめとして、受付の後ろの島に座らせているということです。よく見ると島を取り囲む社員と3人の社員にコミュニケーションはなく、見えない壁があるように思えます。取締役はなんとかこの3人に円満に退職してほしいということです。
3人はこの会社の新卒で入社して以来、約35年ほど勤務しているということです。3人にはそれぞれ個別の事情があるのですが、そのうちの一人の事情は次のようなものでした。A氏は55歳で新卒で入社して当初は営業部門に配属されました。営業としては可もなく不可もなく業務をこなしてきましたが、30歳を越したあるときのトラブルからA氏と会社に距離が出始めました。当時A氏が担当していた顧客からクレームがあり、上司と共にその収拾に当たったときのことです。納品された商品の一部に不具合があり、早急に不具合の商品の回収と不具合の原因の報告を求めました。長年担当してきた顧客からのクレームでありA氏はあわてて上司に報告をしたそうです。上司はこの報告をあまり重大な問題と捉えませんでした。そもそもこの上司が担当してきた顧客ですので、最後は自分が行けば事態を収拾できると思っていたそうです。上司は他の都合もあり3日後にA氏と訪問するアポイントをとるように指示をしました。しかし、この緩慢な対応に顧客の怒りが爆発したそうです。すぐにA氏が顧客に出向きましたが顧客の責任者に面会すらできません。顧客はA氏では埒が明かないと判断し、上司の上司、関東営業部の部長に直接連絡しました。営業部長はすぐに顧客に訪問し、結果は大事に至らなかったということです。しかし、クレームに対する対応の遅さや状況判断の甘さをA氏は詰問されました。この小さな事件はA氏の社内の立場に大きな影響を与えます。
この年のA氏の評価は極めて厳しいものでした。この年人事では評価の適正化ということで評価の結果を一定の分布にすることにしました。営業部門でも一定の人数について悪い評価をつけざるを得ず、結果としてA氏の評価が極めて悪くなったということです。また、このクレームの件ではA氏のみが悪い評価であり、直属の上司は評価に影響を受けずに昇格をしました。もともと上司との人間関係も良好でないところにこの件が発生したため上司との関係はさらに悪化しました。以降は上司の明確な指示を受けないと積極的に行動しなくなりました。積極性を失ったA氏は、営業としての成績が上がらなくなりました。上がらない理由も上司の指示が明確でないからと周りにも言うようになり、さらに職場で孤立していきます。その後営業部門から他の部門へ異動になります。A氏は自分では営業の適性があると思っていたようですが、営業から外され、さらに積極性がなくなっていきます。その後のA氏は細かな指示がなければ仕事をしません。職場での協調性もないため重要な仕事は与えられません。以降20年間はいろいろな部署へたらい回しになります。
この会社は年功的な人事制度であり、毎年給与が上がる仕組みです。A氏は評価が悪いため同期よりも昇格が遅れたり賞与が多少少ないということはありますが、現在年収は900万円程度です。部下もいない定型的な業務を担当している社員の年収としては異常な高さです。
A氏のようなケースは他の企業でも散見されます。ある時期より仕事に対するモチベーションを失い積極的に業務に取り組まなくなります。しかし、給与は労働市場から見ると非常に高く、他の会社に転職する発想がありません。また、この20年間A氏に対する会社からのコミュニケーションが極めて少なかったと言えます。会社からのコミュニケーションは50歳を過ぎたあたりからの退職の勧奨くらいなものです。定年間近のA氏にとっては小額の割増金で退職する意思はまったくありません。
振り返ってみますと、A氏が現在のような中途半端な悲惨な状況にならない可能性はいくつかありました。営業時代の営業部長や上司の指導や評価が適正に行われていれば、また配属後の部署での新たな上司による指導、人事部による直接の相談などです。900万円のローパフォーマーを生み出さないチャンスが会社側の努力としても大いにあったと思います。A氏自身の職業に対する考え方に問題がないわけではありません。そもそもは個人責任でありますが、人事管理の甘さがあったといわざるを得ません。
このケースは有効な解決策がない出口のない問題です。高額のローパフォーマーという異常な人材を生み出してしまった人事管理のあり方が根本的な原因で、20年のさまざまな経過を短期間で綺麗に解決することなどできないやりきれない問題です。
(2010年04月27日 林 明文)
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