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企業人材の賞味期限
執筆者:大矢 哲夫
適切な例えではないかも知れないが、食べ物に賞味期限があるように企業で働く人材にも賞味期限がある。ここで言う人材の賞味期限とは定年のことではなく、もっと短いスパンでのことを指している。どんなに美味しい食べ物であっても時間の経過とともに酸化し、あるいは空気中の菌類が付着したりして徐々に味が落ち、最後には食べ物ではなくなってしまう。これと同じで学校を卒業したばかりのフレッシュで有能な人材も、そのまま放置すれば企業の中の様々な軋轢の中で徐々に劣化が進み、モチベーションは低下し、能力も衰えてしまう恐れがある。
実際にはせっかく採用した有為の人材をみすみす劣化させることがないように企業の中では人材育成のための研修やOJTによる人材開発を行うし、評価制度において適切な評価とフィードバックを行うことで本人のモチベーションを高める仕組みも構築されていることが多い。しかしこうした仕組みはあっても十分機能している企業は多くないし、そもそも同一の仕事を同一の職場環境で継続するにはどこかで飽きが来るのも事実だろう。結果として経年による人材の劣化(モチベーション、能力の低下)は避けられない宿命にあると言える。感覚的な物言いで恐縮だが、モチベーションを維持しながら同一の仕事を同一の職場環境で続けられるのは長くて10年程度ではないだろうか。
人が組織において働き甲斐を感じるのは「将来の夢が感じられる」、「自分の成長を支援してくれる」、「仕事の達成感が感じられる」あるいは「会社の中で認めてもらえる」、等を実感できる場合であると一般的には言われている。しかし長引く経済環境の悪化を背景に「将来の夢が感じられる」ような企業ビジョン、展望を経営者が語っても、その実現性に疑問の念を抱く社員の方が多いだろう。また事業環境の悪化を受けて教育研修の機会が減った企業も多い。さらに評価制度が適切に機能し、その中で高い評価を受けても組織内での管理職ポジション数の制限から昇格の機会が減少してしまっている企業が多く、「仕事の達成感が感じられ」、「会社の中で認めてもらえる」と感じられるのは限られた少数の人材になりがちである。かくして多くの社員は会社の中での働き甲斐を徐々に失い、劣化して行くのである。
もちろん、これを防ぐ手立てがないわけではない。例えば人材のローテーションを定期的に行い、新たな職場環境を社員に与えることによって、社員はそれまで発揮できなかった潜在能力を発揮して心機一転活躍することがあるだろう。また管理職や専門職への登用によって、一般職の段階で必要だったスキルとは異なるスキル(マネジメントスキルやより高度な専門スキル)が必要になった時点で新たな活躍の場を得ることも可能だろう。
しかしこうした機会をうまく作り出し社員の再活性化が図れている企業は必ずしも多くないかと思われる。金融機関のように人材のローテーションを定期的に実施している(ローテーションの目的は必ずしも社員の活性化だけではないが…)企業がある一方で、ローテーションがほとんど行われず長年部長を務める自分の上司が異動しない限り、自分は部長に昇格できないと言う、笑うに笑えない話が散見される企業もある。人材のローテーションは中長期的に見れば組織活力を維持し、人的資源活用の最大化を図る手段であるが、短期的には組織のパフォーマンスを低下させるリスクがあるためローテーション実施を躊躇する企業が少なくないのである。
また管理職に求められる役割が明確でない、あるいは役割が社員に周知徹底されていないことから、管理職に昇格した社員が管理職の仕事はいわゆる業務の「管理」であると誤解し、既存のビジネスモデルを打破し新たなビジネスチャンスを創出しようとすることなく守りの姿勢に徹するケースも見受けられる。会社側も管理職に必要なのは業務の管理能力であると決めつけ、革新性や改革能力を持った人材を積極的に管理職に登用していないケースもある。これでは社員に新たな活躍の場を与えたことにはならないだろう。
多くの社員がこうしたローテーションや管理職登用と言った新たなステージへの挑戦機会を生かし、生まれ変わってくれれば完全に賞味期限が切れる前に賞味期限を新たにリセットすることができる。しかし現実にはこうした機会があってもこれを生かして賞味期限をリセットできる社員の方が少ないのではないだろうか。せっかく管理職登用の機会があっても、「自分は今のまま仕事がしていたい」と断る社員も昨今は少なくないらしい。また同様に異動を打診しても異動を断る社員も多く、企業によっては地域限定社員を制度化して異動が可能な全国区社員のモチベーションを維持しようとしている。こうした動きは新たなステージへの挑戦をしないことが自分のライフスタイルや価値観に合っているとの判断からなのだろうが、私見ではあるがそれは自分の賞味期限を自ら短くしているようなものと言えないだろうか。
「慣れている仕事を今のまま続ける」ことには限界がある。言いかえれば働き甲斐を持ち、高いモチベーションを維持しつつ同じ仕事を長年に亘って継続することには限界があり、その結果として生産性低下や業務品質の低下につながるのである。これを企業の経営サイドは看過することはできず、その時、人材の賞味期限が来るのである。
人間が一生の間に成し得ることには限界がある以上、人材の賞味期限が来る前にローテーションや管理職登用と言った新たなステージへの挑戦機会を活用して社員が常に輝いて仕事に取り組めることが望ましいのは言うまでもない。社員側も企業側もこれを強く意識して積極的に「人材の賞味期限」到来を防止すべきであろう。
(2010年04月21日 大矢 哲夫)
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