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2010年、人事の構造改革を本気で進めよう
執筆者:芝沼 芳枝
2010年元旦。
大晦日に大雪が降った地方もあるようだが、今見えている景色はすっきりと晴れ渡った青空である。どうか今年1年、社会全般が晴天続きでありますように。
人事面から2009年を振り返ると、混迷を極めた年であったように思う。
リーマン・ショック以降、景気回復の見通しがなかなかつかない中、経営からのコスト削減要請に対して、人事は人件費削減に向けた取り組みに向き合わざるを得なくなった。個人的には、リーマン・ショック以前から人事は既に人件費改善に対する課題認識を持っていたと認識している。例えば、・・・・・・高コスト構造の源泉とも言える高止まりの賃金水準、評価の甘さがもたらす本来配分すべき成果配分がなされないという成果主義の中途半端さ、採用や昇格運用がもたらした人員構成の歪さ、業務や機能重複にメスを入れられないがために起こる感覚的社内余剰、等々。
向き合わざるを得なくなったというのは、既に黄色だったアラームがリーマン・ショックをきっかけに赤に変わり余剰人件費対応を迫られた、ということである。
感覚的には、夏くらいまでは、各施策をどの時点で打つべきか、また、なんらか施策を実行したにせよ果たして効果があったのか、判断や評価に迷う企業が多かったように思う。景気の確たる見通しは誰に聞いても定かではなく、混沌としていて漠然と不安であった。今はどちらかと言うと、景気の二番底に対する警戒感を強めている時期にあたる。
これらの環境変化に対応できる筋肉質の組織への転換、というのがここしばらくのキャッチフレーズであったが、年が押し迫った頃になって、そのことに対して本気で取り組んできた企業と、いまだに認識で止まっている企業とで、変化対応の度合いに差がついてきたように思う。
本気で取り組んできた企業を見ると、二つの取り組みが行われている。
一つは、まさに筋肉質の組織へと転換するための“構造改革”に向けた取り組みである。自社が抱えている人事上の課題を整理し、投下すべき項目に対して優先的に施策を打つというアプローチがなされている。目下、人事の構造改革の中心は、やはり人件費削減であろう。人件費削減施策は雇用調整や賃金カット等を伴うため、実行する上で高度な判断と確実な遂行が求められる。そのために取り得る施策の列挙と効果やリスクの検証、手順や担当の明示、株主や従業員等のステークホルダーへの開示等、十分に検討して準備する必要がある。このような企業は、いつでも施策に着手できるよう幾つかのシナリオを準備し、何かのトリガーが引かれようとする前に体制を整えることができているため、実行がスムーズでその後の効果も検証できているように見える。
もう一つは、構造的な改革を下支えする上で重要な役割を担う“現場強化”を行っていることである。現場強化は常に疎かにしてはならない古くて新しいテーマと言えるが、生産性向上のスローガンの下、投下時間の効率化と付加価値業務への配分に向けて、事業モデルの見直しも含めた取り組みが進行中である。あわせて、アウトプットを向上するために、部下の業務と時間、能力・スキルをコントロールするキーマンである上長の指導力を一層強化するよう努めている。
2009年は、環境が厳しかっただけに、これらのことを当たり前に実行できるよう段取りに苦心した企業が多かったであろう。しかし、苦心しつつも歩を前に進めたことが成果として表れてくる、2010年はそういう年になるのではないか。
年末年始に中島 敦の『山月記』(新潮文庫)を20年ぶりに読んだ。動機は単純で、今年が寅年であったため、久しぶりに読み返してみようかと思い立っただけのことである。
「詩人になりそこねて虎になった哀れな男の物語」と評される本書の中で、象徴的な文言はやはり、詩人を虎に変えてしまった“臆病な自尊心と尊大な羞恥心”=“口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰が己のすべて”という下りだろう。
この下りを今の人事の状況にあてはめて考えると、何らかの示唆が得られるのではないだろうか。
どうか、施策の検討不足が暴露するかもしれないという危惧に苛まれたり、施策の困難さを厭うことがないよう、2010年、人事の構造改革に向けて、各社が今年1年本気で取り組むことを願ってやまない。
(2010年01月01日 芝沼 芳枝)
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