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人事部門の戦略的役割
執筆者:大矢 哲夫
会社組織における人事部門のミッション(本来果たすべき戦略的役割)は何かと問われた時に本稿をお読みの人事部門の皆様方は「弊社人事部のミッションは○○です。」と即座に答えることができるだろうか。「業務分掌規程を見れば、人事部が現在所掌している業務項目一覧は出ていますが・・・」と言う返事が多いのではないだろうか。これまでの私の経験からしても現在遂行されている業務を挙げることはできるものの、会社の事業戦略から導かれる人事部門のミッションについては明確な答えが返ってこないケースが多いようである。
ここで部門ミッションの定義をしておくと、部門ミッションとは会社の事業戦略を実現するために各部門が果たすべき使命であり、戦略的にどのような役割を果たすのかを定義したものとも言える。部門ミッションが明確であれば、それを達成するためにどの業務に集中して人事部門所属社員を配置するか、外注化する業務は何か、止めてしまう業務は何かを明確化することができる。また同時に人事部門所属社員はどの業務に注力すれば自らが会社の事業戦略実現、業績向上に貢献できるかを知ることができ、彼らのモチベーション向上に大いに役立つのである。
しかしながら、現実には前述のとおり人事部門のミッションが明確でなく、結果として過去の延長線上で業務が遂行されているケースが多い。特に会社の歴史が長ければ長いほど、それを遂行することが人事部門の常識となってしまっている業務が多いのが一般的である。つまりこれまで長年遂行してきたから今年も同様に無条件で遂行するという業務が多くなるのである。また、この結果として人事部門所属社員には「人事部門は管理間接部門であるから、定められた業務をできるだけ効率的に実施していれば良い」と言う意識が芽生えてくる。よって各人の担当業務への取り組みが会社業績や事業戦略実現へどのように関連しているのか見えないため彼らのモチベーションは高まらないことになる。
部門ミッションは事業戦略に依存するので、当然会社ごとに異なるものであり、かつ時間経過とともに変化するものである。例えば新規事業を近い将来立ち上げることを計画している会社であれば、新規事業を担う人材の採用あるいは内部での育成を図ることが大切なミッションとなるであろうし、また業績悪化に伴い人件費の圧縮が求められる会社であれば、人事制度の見直しによる給与水準改訂や場合によっては雇用調整の実施がミッションとなるであろう。
このように事業戦略は各社ごとに異なるため、これに基づくミッションも当然各社で異なるものである。しかし事業戦略は各社異なっても民間の営利企業であれば「会社業績向上に貢献する」ことが人事部門においても最も重要なミッションの一つであると考えることは当然だろう。
人事部門は管理間接部門ではあるが、以下の視点から「会社業績向上に貢献する」ことができる。
(1)総額人件費を適切にコントロールする仕組みを作り、適切に運用する
(2)適切な評価、給与資源の適切な配分により社員、特にハイパフォーマーのモチベーションを向上させ、リテンション(雇用維持)を図る
(1)に関しては、人事制度における評価制度ならびにそれに基づく昇格・昇給の仕組み、賞与配分の仕組みを適切に設計し、かつ運用を厳格に行うことで会社業績に連動して設定された総額人件費(目標)の維持を目指すことを意味している。?に関しては?で説明したように総額人件費をコントロールし上昇を抑制しつつも、社員への配分を適切に行うことで、少なくともハイパフォーマー(将来会社を担うことが期待されるコア人材)には水準以上の処遇を実現し、将来にわたって継続的に勤務してもらうことへの期待を意味している。
(1)(2)を実現するには人事制度(資格等級制度、賃金制度、評価制度)の設計見直しや運用面での改善、等の手間がかかるが、実現すれば人事部門の大きなミッションの一つである「会社業績向上に貢献する」ことができるのである。
次に事業戦略から導かれるミッション(これは各社ごとに異なる)及び各社共通であることが想定される上述の「会社業績向上に貢献する」ミッションが明確になったとして、ミッション達成に結びつく高付加価値な業務、すなわち正社員が直接携わるべき付加価値業務はどのように考えるべきだろうか。「会社業績向上に貢献する」ミッションを例にこれを考えてみる。
ここで人事部門における1年間の業務を考えれば、年度初めの昇格・昇給、異動、採用から始まって、半期ごとの評価、賞与計算、毎月の勤怠管理、月次給与計算、そして教育・研修、等の業務があり、さらにそれに先だってこれらを実施するための計画を立てることも必要であることが思い浮かぶだろう。これらの業務は確かに会社組織を運営する上で不可欠な業務であり、必要ないと切り捨てることはできない業務ばかりである。しかしながら問題はこれらの業務が不可欠だとしても、正社員が直接業務遂行に携わることが適切なのかと言う点にある。
1番目の例として月次給与計算業務について考えてみよう。月次給与計算は社員の給与に関わる間違いが許されない重要な業務であることに異存がある人はいないだろう。だが、だからと言って正社員が携わるべき業務だろうか。月次給与計算業務は当然毎月の後半に業務量が集中する特性があり、それに合わせて社員を配置すれば、月の前半はマンパワーが余剰してしまう可能性があるため、人材資源の最適活用の視点からしてそもそも問題を孕んでいる。しかしさらに問題なのは、月次給与計算を間違いなく正社員が遂行したところで、会社に対して本当に価値を提供したのかと言う点にある。言いかえると100%の精度で月次給与計算業務が遂行されても、会社業績に直接的に貢献はできないのである。もちろん間接的には計算を間違えれば社員のモチベーションが下がる等の問題がないわけではないが、100%の精度を達成しても社員のモチベーションが上がるわけではないことに注意が必要である。
こうした状況の中で実際のところ既に給与計算のアウトソーシングや派遣社員の活用、等の施策を講じている会社も少なくない。しかし多く会社の場合、その施策選定の理由は前述の人材資源の最適活用の視点からではなく、コスト削減に主眼が置かれているケースがほとんどであろう。
次に2番目の例として評価の事例を考えてみよう。評価に関する人事部門の役割としては、評価方針設定、評価対象者・評価者の選定、評価票準備、評価実施依頼、評価実施状況フォロー、評価票回収、集計、フィードバック準備、フィードバック実施状況フォロー、等が想定される。
評価対象者を適切に評価し、結果をフィードバックすることは社員モチベーションの維持向上を図る上で極めて重要である。社員のモチベーションを維持向上させることは会社業績向上に貢献するので、その意味からして評価は全体として会社に対する価値を生んでいると判断される。しかしながら適切に実施される評価が会社に対して価値を生み出しているとしても、それを構成するサブプロセス、例えば評価表準備、評価表回収、集計、等は本来正社員が遂行すべき業務なのだろうか。答えは否であろう。これも1番目の月次給与計算の例と同じく100%の精度で間違いなくこれらの業務を遂行すること自体が会社業績に直接的に貢献している訳ではない。その意味で先に挙げたサブプロセス群の多くは正社員が直接業務遂行に携わる必然性が低いと言わざるを得ない。
では評価の全体プロセスの中で価値を生んでいる部分は一体どこなのか。それは「評価が適切に実施される」ことを担保するための業務であろう。つまり、社員のモチベーション維持向上に繋がるような適切な評価体系、評価項目を設定し、それが適切に運用されていることを確認し、場合によっては必要なフォローを行う一連の業務こそが価値を生んでいると考えられ、正社員が担当するに相応しい業務と言えよう。
このように事業戦略から導かれるミッションを定義し、ミッションに基づく付加価値業務を遂行することによって管理間接部門である人事部門が初めて戦略的な役割を果たすことができるのである。
(2009年12月11日 大矢 哲夫)
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