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エンゲージメントを考える
執筆者:清田 綾子
「エンゲージメント(Engagement)」とは一般に「約束」や「婚約」の意であるが、ビジネスの世界では、関係者が意図や愛着を持って積極的に何かに関わろうとする態度や行動、ないしはこれ(engage)を得ることの意で用いられ、注目を集めている。
マーケティングにおける「エンゲージメント」は、商品、サービス、ブランドなどに対する消費者の積極的な関与や行動のことを指す。顧客との心理的なつながりを重視し、商品やサービスに対する親しみを抱かせ、必要としてもらうための取組みはこれに着目したものである。また、狭義には指標の意で使用される。これは、米国の広告関連業界団体が、従来の効果指標に替わる新しい指標として「エンゲージメント」を提唱したことによる。消費者に商品やサービスを認知させるのみならず、購買に至る能動的行動を呼ぶ心理を消費者に抱かせ、実際に表面化した行動により効果を測るというものである。メディアの多様化等により従来型の広告効果が低下する中で、マーケティングは、一方的に露出する形式から、消費者サイドからのコンタクトをベースにした双方向の形式へとシフトしており、企業と顧客の関係性はより対等なものへと確実に変化している。
人事の世界では、社員の会社に対する愛着心や思い入れ、及びこれに根ざした行動・状態などを言う。個人の自己実現と組織の成長が整合しており、「理想の自分に近づくための努力が、組織の業績向上にもつながっている」という実感と共に、個人が周囲と一体感を持って仕事に邁進している状態であり、更に言えば、これを通じて実際に高い業績を得ている状態である。「ロイヤルティ」に似た概念だが、「個人と組織が双方の成長に互いに貢献し合う」という、より対等な関係性が前提となっており、「忠誠」ではない点で根本的な違いがある。また、所属組織に対する愛着というものが根底にあり、単なる仕事に対する「モチベーション」とも異なるとされている。これは、「会社に対する愛着心」という、より個人的で多様性に富み、より感情的で、それゆえに人の行動により強く作用するだろうものを重視する概念であり、所定事項を調査して、集団としてポイントの低い部分を強化しようという従来型の社員意識調査や満足度調査等の考え方を超えた思想である。
昨今の成果主義の流れの中で、終身雇用や年功序列が見直され、働くことに対する価値観や働き方は多様化し、企業は短期的な成果をより強く求めるようになった。これにより、高いパフォーマンスを発揮できない人材の代謝が加速する一方で、優秀な人材もまた、あらゆる意味でより良い環境を求めるようになった。仕事が面白い、報酬が良いということは多くの個人にとって重要なファクターであるが、企業がこぞってこれを実現しようという中にあっては、もはやそれは必要最低限であり、それだけでは優秀層を「ひきつける」には不十分だと言えるだろう。この会社であれば、自分が理想とする自分に近づける、こう在りたいと望む状態でいられる―何が決定打になるかは千差万別だが、そういう想いを持てるかどうかが、意思決定に大きく作用するのではないだろうか。つまり、企業が優秀な人材、必要な人材を獲得、維持していく上で、「エンゲージメント」の視点がより重要になってきていると思われる。
では、このような大きな流れの中で、企業は、管理職は、個人は、何ができるか。まず、企業は、多様性の存在を認め、より多くのものを許容する文化や体制を志向することが重要であろう。企業の人事が、個別具体的なケースの全てに対応することは難しい。ある程度の規模になれば、全社的な施策は仕組み化せざるを得ず、仕組み化する以上は、どうしても最大公約数や最小公倍数に依る画一的なものにならざるを得ない。しかし、「エンゲージメント」のキーとなるところは、個人の「感じ方」である。指向性も様々であれば、組織の現状(あるいは将来)に対する感じ方も多様なのである。エンゲージメントを高める施策も、会社、職場ひいては個人によって異なって然るべきである。そして、エンゲージメントが個別対応を志向するものである限り、現実問題として、その対応は現場に頼らざるを得ない。積極策ばかりが施策ではない。一歩引いた立場でのアプローチが有効な場合もある。所詮全てに対応することは不可能であると割り切り、会社としては、「多くの人が望むもの」を与えるのではなく、「多くの人が望まないもの」をなくす努力をしてみてはどうだろうか。
次に、現場のマネージャーは、メンバーの指向性や感じ方を良く理解することが重要である。個人の指向性に合った仕事の提供も、職場環境の整備も、キャリア以外の諸々を含めた対応も、おそらく「エンゲージメント」に直結するような具体的な対応は、現場のマネジメントによるところが大きい。どこまで対応できるかは別として、一人一人の望むこと、望まないことを把握することは不可欠である。また、「組織と個人のベクトルを合わせる」という従来の考え方を一歩進めて、両者の中に接点を見出す仲介者として、意識を改める必要があるだろう。個人の指向性を変えるのは至難の業であるし、個人のために仕事があるのでもない。しかし、指向性を理解して、メンバーが共鳴できるポイントを共に見出す努力をすることや、譲れないポイントを尊重してやるくらいの工夫は出来るのではないだろうか。このような能力は、マネージャーとしての要件の一つとして、益々重要性が高まっていくと考えられる。
そして、対等な関係にシフトする以上、個人も、より自立することが必要である。組織の中で、自己の指向性に合った仕事が常に提供されることは、極めて稀である。しかし、与えられた仕事の中に、自分なりの意義を見出すことは比較的容易なはずである。職場環境にしても、全ての要望が叶うことはなかなかない。しかし、絶対に譲れない部分は何かを自覚して、周りに協力を求めることくらいは出来るのではないだろうか。
個人にとって何が大切か、どうあることが理想的か、組織との間で共有できるものは何か。組織としての絶対要件は何で、何は許容できて、何は許容できないのか―自立した一個のものとして両者が対峙し、互いに一定の割り切りを持ちながら、接点を見出す―エンゲージメントは、実はそんなところにポイントがあるのではないだろうか。
(2009年11月02日 清田 綾子)
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